第10話 もしもギルドの受付嬢がドラッグめいた触手使いのマネジメントを聞いたら
入ってみると、いわゆる典型的な――というような酒場であった。
胸当てを付けた男たちが丸机を囲んで酒を飲んでいるかと思えば、腕を組んだまま目を閉じて壁に寄り掛かる青年もおり、逆に女の子を侍らせている美形の剣士もいる。
ちらと見たが、エルフだとかドワーフとやらはいないらしい。いるとしても、大きめの酒場などになのだろう。
物珍しそうに見回していれば、シラノのことを鼻で笑う連中もいた。
「駄目だよシラノくん。こういうときは堂々としてた方がいいんだ」
そう、服の端を引いたフローが囁きかけていた。そういう彼女はフードを目深に被っている。やはり、人混みは慣れないのだろうか。
とはいえ、流石の年上で先輩であった。新人のシラノにとっては非常に頼りになる。流石だ――――……と思ったが手と足を同じ方を出しながら歩いていた。やはり、緊張しているようだった。
「二人とも、こっちこっち!」
大振りで手を振ったアンセラの机には、それなりの料理が並べられている。
ニンニクの芽が乗った肉の片面焼き。刻んだ山わさびと和えてある肉のタタキ。香草と一緒に料理された肉の包み焼に、色鮮やかな野菜に挟み込まれた肉の串焼き――……。
肉ばっかりだった。
敬虔な肉食教徒と卓を囲んでしまったらしい。
「……シラノくん、シラノくん」
「なんスか?」
「もっと……果物とかないか聞いてくれないかな? ほら、ボクも女の子だからね……肉とかちょっと――」
「普段は俺の倍食ってるじゃないですか、肉」
今すぐこの場で触手まみれにしてやる――みたいな涙目で睨まれた。怖いというよりかわいらしいというか、だがやはり所業を考えると恐ろしい。公開羞恥触手緊縛プレイは人として大切な何かを失う。
「ええと、その……アンセラさん?」
「
「口のタレ拭いてから取り繕ってください」
せっかくの美貌が台無しである。
一連の流れでなんとなくアンセラの立ち位置が分かったシラノは、正直不安が隠せなかった。
「……それで、この街はどんな状況なんですか?」
「昔はそれなりに平和だったわ。……って言っても、あたしが来たのは三年くらい前だけど。近くに山道があるから、それなりに冒険者とか用心棒の需要もある街だったわね」
「今は?」
「……最近、どこもかしこも小競り合いだって物騒でしょ? 死体が放置されたら魔物も増える……そういう意味もあって、商人もあまり出歩かなくなったのよ」
なるほど、と頷いてシラノは続きを促す。
「正直、城塞都市なんてのは商人がいないと成り立たないわ」
「元が砦だからスか?」
「そう。駐留を前提にしたところなら、近くに農村や農場も多い。……ただここは、本当に大昔は前線基地とか観測所みたいな立ち位置だったみたいね。
つまり大本からの補給を頼りにしてた。で、今の補給ってのは――」
「商人だ、と」
「そーゆーこと」と指を逸らしながらアンセラが杯を煽った。
正直軍事だのは不得手なシラノでも、補給が如何に大事かというのは何となく知っている。それがましてや戦闘の為の軍団の駐留ではない。そこで市民が暮らしているのだ。
乾パンや缶詰を配ってハイ終わりとはいかないのが現状だろう。
「まぁ、あたしたちは森に入って獲物を捕ってくればいいけど……今は冬だしね。それでもそれなりに集めたと思うけど、これじゃあ冒険者なのか狩人なのかが分からなくなっちゃうわよ」
「……だからこの食卓も、肉ばかりなんですね」
「いやそれは好きだからだけど?」
「……」
「あ、いや……あなたが好きそうだったからだけど?」
確かに男の子は肉が大好きだ。ソースと肉は男の子の味だ――ということにして、シラノは続きを求めた。
なおフローは物欲しそうに肉を眺めている。
「で、商人からの流通が悪いところにきて……あいつらが居座った」
「居座った、ですか?」
「ええ。いつの間にか増えてたって言ってもいいけど……少なくとも昔は少数だったけど、ある日急に一定の数を持ち始めた。そして、街の一角を……南東側の一部を占拠した」
「占拠……」
それがあの、シラノがフローを人攫いや女衒同然に担いで入った入口だろう。
確かに占拠としか言うほかない。或いは、実効支配か。常識的に考えても、あのようなはみ出し者たちに街の出入り口の一つを任せるまともな市民などはいない。
「困るなら、追い出せばいいんじゃないスか? それか、寝込みを焼き討ちとか……」
「それはあたしたちも考え――――……いや、焼き討ちは考えてないわよ? あんた怖いわね……。
ええと……まぁ、少しは考えた。街で自警団を組むなり、或いはあたしたちを雇うなりすればと思ったわ」
過去形ということは、答えは極めて単純だ。
失敗したか――或いはその提案は拒否されたのだ。市民は、街は、武力による排除を望まなかったのだ。
「まず、この街の統治議会からの許可は下りなかった。つまり、大口であたしたちの戦力を雇う先の半分が潰れた」
「……もう半分は? 市民が少しずつお金を出し合えば、それなりの額にはなるんじゃ?」
「三つ理由があるわ。一つ――まだあいつらは、そこまでこの街に被害を出したわけじゃなかった。すくなくとも市民に、目に見えた被害は起きてない」
「……」
「二つ目。もし戦うとなったら、戦場になるのは街よ。……やりたがる人、いると思う?」
焚きつけて全員が乗ってしまえば、起こらなくはない――。
元の世界の歴史を振り返りつつそうは思ったが、シラノは口を噤んだ。アンセラの言うように市民がそこまで加熱するほどの害が起きていないのだ。
逆に、だ。
今までの彼女の口ぶりでは――正直一区画に治安の悪い場所ができただけで、彼女がここまで顔を顰める事態にはなっていないと思えた。
住んでいるものからしたら嬉しくないだろうが、明確に差し迫った危機とは思えない。
「三つ目。あいつらはあいつらで独自の手段で食料を得ている……らしいわ」
「独自に? 周りに気付かれずに運び込んでる? ……そんなことできるんですか?」
「詳しくは分からないわ。あいつらに入る食料を襲ったり確かめたりするわけにもいかないから……。ただ、この補給が途絶えがちな城塞で一定数の食料を持っている……その意味は分かる?」
無論だとシラノは頷いた。
金銭が役に立つのは、その共同体が満たされているからだ。前世の記憶にも新しいが、得てして破綻した国家においては貨幣よりも食料の方が価値を持つ。
そして、それらの融通を利かせられる勢力がどうなるか――と言えば。
「実際のところ、あいつらの報復とか戦いの火を恐れてるって言うより、あいつらから食料を貰えなくなることを怖がっているフシがあるわ。……噂によると密告制みたいのもあるらしいし」
「……うわあ」
具体的に言うとかつての東欧の秘密警察とか。凍える国の鉄の男とか。もっと分かりやすく言うなら、魔女狩りなんかも密告制と言っていい。つまり、本当に厄介すぎる制度だ。
隣人が隣人を監視して、ちょっとした利益や悪感情欲しさに他人を牢獄や処刑に追い込む――そういう街ができつつあるのだ。
「……ん? どう不味いんだい?」
「ご飯欲しさに裏切り者や罪人をでっち上げる可能性があるってことっスよ」
「あとは……今聞いている限りの被害が、本当の被害でない可能性もね。隠蔽されているかもしれない……街の人たち自身の手で」
正直、単なる治安の悪さを超えつつある――シラノはそう思った。
あくまでも権力者――統治者ではなくならず者がやっている為に投獄や処刑は起こりえないだろうが、それでも疑心暗鬼や、或いは私刑がはびこる可能性がある。
確かに、話を聞いてしまってはおいそれと見逃せない。そんな、得体のしれない不気味さがあるのだ。単なる乱暴や狼藉の域を超えている。
「それで……具体的にはどう解決するつもりなんですか? 剣で倒してハイ終わり……とはいかないですよね?」
「そうよ。……まぁ、答えは簡単なの。あいつらが権力者同然に振舞っているのは食料という後ろ盾があるから。つまり――」
「なるほど、畑を耕すんスね」
「なんでそこで平和的な考えになるのあんた!?」
「俺の力が役に立つかと思って……」
百人力の触手。やろうと思えば桑とか鋤とか作り放題。
馬がいなくても木の根を掘り出し、牛がいなくても雑草を取り除ける。悪い話ではなかった。
というか、これでは触手剣豪ではなく触手農家の方がイメージの改善に努められたか――とシラノが真顔で考え始める一方、
「まあ、役に立ってもらうけど……いや農業じゃなくてね? 農家の皆さんは偉いと思うけど……」
「となると……」
「そう。まずは外の補給の安定よ? 具体的に言うと、近隣の治安を維持してもっと商人が来れるようにする」
なるほど。
話は随分と回りくどかったが、つまりは如何にも冒険者らしい仕事――というわけだ。
「なので、冒険者登録――しよっか?」
登録するらしい。
◇ ◆ ◇
「それじゃあ、この板にお名前と生まれ……あとは簡単な経歴や持っているなら勲章、それと貴方ができる特技を書いて下さいね? もし文字が書けないなら、言ってくれればこちらで書類を作ります」
渡された石板――石板というか砂板だろうか。
魔法タッチパネルというか――魔法タブレットだった。ここにきて凄いものと出会ってしまったとシラノは感心した。ファンタジー世界は伊達ではない。
「あ、嘘は駄目ですよ? 生まれが判らなきゃ亡くなったときにお墓を作る村も分かりませんし、できることを偽ったらもっと大変なことになります」
「大変なことですか?」
「身の丈に合わない仕事は、仲間の命だけじゃなくて何よりも貴方自身の命も脅かします。……くれぐれも嘘はないようにお願いしますね」
「なるほど……命懸けスか……」
やんわりとした笑顔だったが、その裏には有無を言わさぬ強制の雰囲気が滲み出ていた。任意という名の強制という奴だ。
そう言われては仕方あるまい。
元より人の命がかかっている事だ。ここは、嘘や偽りなく書く他はあるまい。
「『荷物運び』『
「できることを書けって言われたんで……」
「ここには剣豪……剣士ってありますけど」
「俺は剣豪です」
嘘は何一つ言っていない。心の底から大真面目だった。
胸を張ってシラノは言える。自分は剣豪としてこの世界で生きるのだ――と。
「……本当に剣士なんですか?」
「勿論です。それと剣豪です」
「剣が見えませんけど……そういう魔剣使いなんですか?」
「え、ええ……魔剣とは少しやりあって――まぁ、一応倒したぐらいなんで……その、多少は信頼してもらえれば……」
「……」
叩き斬ったり斬られたりした間柄だと素直に言いたかったが、そんなことを到底言い出せそうもない雰囲気に言葉を飲んだ。
何かがおかしい。
いつの間にか、雲行きが怪しくなってきている。
「……念のために聞きますけど、どんな魔剣なんですか?」
「どんなって……」
受付嬢は笑みを浮かべてそこにいるだけだ。だが、貼り付くような業務用笑顔が心なしか威圧感を放っている気がする。
どうしたものかと焦る。だが、嘘はよくない。思わず吐いた嘘というのはその後を火の車に変えるのだ。嘘の為に更に嘘を重ねることとなり、そうした嘘の借金で首が回らなくなり破産する。
何より、この街の現況を変えるのに一役買うと決めたのだ。ここで全体を危険に晒すことはできない。
「ええと……相手の魔剣を真っ二つにできる……」
「真っ二つにできる?」
心なしか、その上品な笑顔が近付いてきている気がした。
駄目だ、潰される――――そう判断したシラノは咄嗟に口に出していた。
「……た、食べられる魔剣です!」
「食べられる魔剣」
「た、食べられる魔剣です……。ひ、非常食にも……なるんで……」
「非常食」
「え、ええ……味は――――……最悪ですけど」
触手ステーキ。
真っ先にそれが思い浮かぶぐらい、シラノの記憶を占拠していた。
撤回しようにも時すでに遅し。吐いてしまった言葉は取り戻せない。
「……その、他には?」
「ほ、他スか……!?」
「はい。……その、他には? できることを全部教えてもらえますか?」
「ええと……形が自由自在に変えられて……コリがほぐれるぐらいに電気とか出せて……ええと……百人力スね」
「……」
「あ、あと……水も出ます……その、飲めますよ……? 洞窟潜ってて非常時とか、砂漠とかなら……役に立つ、かも?」
「……」
沈黙が満ちる。冷や汗を流したシラノと、笑み以外の何もかもを手放した受付嬢。
どれほどそうして見合っていただろうか。
ぽつりと、受付嬢が口を開いた。
「……それ、あの、ひょっとして触手ですか?」
「……」
「触手使い、なんですね……?」
「…………………………………………ハイ」
困ったように彼女が目を伏せれば、酒場の空気が停止した。
静寂。
そして、笑いが巻き起こる。
「剣豪じゃなくて性豪じゃねえか!」
「ハ、ハハハハ! 触手が剣ってか! そいつぁ俺も股間に一本持ってるぜ!」
「そりゃあ女を斬ることは大得意だな! 夜の千人斬りの大剣豪だってか!」
聞き耳を立てていたのだろうか。酒場に集まった男たちが両手を叩きながら下品な大声で囃し立てる。
見れば大方の人間は笑い飛ばし、いくらかの人間はシラノを指差しながら眉を顰めていた。大きな笑い声に包まれているというのに、酷く遠ざけられて押し潰される錯覚すら覚える。
「……ほら、だから言ったんだ。これだから嫌なんだよ」
「すみません……こうなるなら、嘘でも書けばよかった……」
完全に失敗した。
馬鹿正直に、他の人間の命に関わるという言葉を信じすぎた。
そう肩を落とすシラノへ、
「……いいよ。キミなりに、他の人のことを考えたんでしょ? この街の人の力になろうと……なって、触手使いへの印象を変えてくれようとしたんでしょ?」
「それは……」
「なら、ボクはお姉ちゃんだからいいよ。お姉ちゃんだから、これぐらいへっちゃらなんだ」
呟いてフードを被りなおすフローの小さな指先は、震えていた。
大盛り上がりの酒場の歓声を前に、その肩は酷く小さい。
「……ヤダー、絶対アレ私たちのこと襲いに来たんだってー」
「えー、最悪ー! 絶対うちのこと狙ってるじゃん! 怖いんですけどー!」
美男子の取り巻きの女たちは囁き合い、
「ひょっとしたら、あいつの近くにいたらおこぼれに預かれるかもしれねえぜ! 仲良くなって損はねえよ!」
「ちょ、大声で言うのはやめろって! ま、まぁほら……やめろって!」
年若い冒険者たちからは意味深な目線を送られる。
向けられる軽蔑の目、嫌悪の視線、好奇の瞳――触手使いが嫌われ者だというのは、紛れもない事実だった。それを今、シラノは自覚した。
フローも今までこんなものに耐えていたというのか。
拳を握り締め、奥歯を噛み締める。だが、ここからだ。ここから変えていけばいい。ここから変えていくしかない。
彼女が耐えると言ってくれたのだ。我慢すると言ってくれたのだ。ならば、その心意気に応えぬほかはない。
そうフローの傍にもっと寄ろうとしていた時だった。
「ハハ、一体触手使いがこんな場所まで何しに来たってんだ? 頑張る俺たちの為に、その隣の女を俺たちに貸してくれに来たってのか?」
その言葉を聞いた瞬間、シラノは決断的に歩み出していた。
数は四人。兜を椅子の骨木に噛ませて、酒や肉などを摘まんでいる男が四人。
獲物は剣に槌、槍に弓と――それぞれの傍に侍らせながら厳めしい肉体の男たちが輪になって杯を煽っている。
「あ、なんか文句でもあるのか? 淫魔のつがい風情が、俺たちに何か用か?」
「……」
「ここはね、冒険者が集まるお店で風俗店じゃないの。判る? そういうことはね、別のお店でやるんだよ? それともあのお嬢ちゃんとかな?」
そう嘲る口調で話す男とその仲間たちはまた盛り上がった。
下劣な笑声が響く。だが、対するシラノは無言だ。無言を保っていた。
「大体なあ、剣士ってのは俺みたいに立派な剣の持ち主がなるもんなんだよ。冗談とか酔狂で言われたらバカにされてるみたいで感心せんのよ。わかる?」
「……」
「夜にね、女の子相手に精を出してるのとは違うの。俺たちは戦いに精を出してるわけよ。なあ?」
「そうだそうだ」と声を上げる男を前に、更に一歩。
「お前みたいななよっちい触手野郎はね、さっきのお嬢ちゃんとよろしくやってれば――」
「――イアーッ!」
一閃だった。
強烈な風と破裂音に酒場が静まり返る。瞬く間に生じた深紫の触手刀が振り抜かれていた。
力を失った男の手から杯が落ちて、砕けて床に染みを作る。
触手を燐光に散らしたシラノは、
「……確かに立派な剣なんだな。礼儀知らずの不名誉な主になんて、よほど抜かれたくねえらしい」
鞘に納まったまま立てかけられた剣を見ながら、両目を見開いて硬直する男目掛けてそう言った。
半ばまで形成した触手刀。半ばで止めた。男の首は繋がっている。
だが、酒場から笑みが消えた。今の一合の意味が分からぬものなど、この場にはいなかった。
ぎろりとその場を睥睨する。視線に合わせて、刃先を突き付けられたように客たちの顔に汗が浮かぶ。
背を向けて歩き出すシラノに声をかける者はいない。いや――一人を除いては。
「ちょっ、い、いきなり何してるんだいシラノくん!?」
「いや……まあ……その……あー、ここにどの程度の腕前の人がいるのか、その……気になって」
「え?」
「あのとき、あの距離まで近付いた俺のことを止めに入ろうとしたのは三人です。……きっとできる人っスよ、あの人たち」
カウンターで杯を傾けている桃色髪の女剣士。
女を侍らせている美形の剣士。
そして、シラノたちを呼びつけたアンセラ・ガルー。
この三人――この三人だけは、男を殺意の制空権に収めたシラノを酷く警戒していた。それこそ、本当に男の首が落ちていたら次の瞬間に肉塊になったのはシラノの方であったろう。
この集会所の程度は分かった。それだけで随分と収穫があったと軽く顎を下げたシラノに、
「……キミって結構変な方向に思い切りがいいよね。本当に喧嘩になってたらどうする気だったの?」
フローがジトーっとした目を向けてきた。
ううむ、と暗い金髪を掻き上げる。どう答えたものかと眉間に皺を寄せ、
「まぁ、侮辱されたら斬っていいって
「ノルドノオトコって誰!?」
「あと、ナメられたら相手の血で贖わせなきゃ駄目って鎌倉武士も言ってるんで」
「カマクラブシって誰!? お姉ちゃんキミの交友関係が心配なんだけど!?」
「いや、『やるなら相手の一族郎党全員を徹底的に滅ぼせ』だったっけな……?」
「本当に何者!? そういう悪い友達とは手を切ってくれないかなぁ!?」
交友関係というか、先人の歴史というか。
雑談大好きな歴史教師のおかげで、随分と色々な知識が手に入ったなぁ……と少し懐かしい気持ちになる。
そんな冗談はともかく……。
「困ったものだ」と眉を顰めて口を尖らせるフローを前に、その取り戻された顔色を眺めたシラノは、僅かに胸を撫で下ろした。
◇ ◆ ◇
戻った座席では、腕を組んだアンセラがトントンと指を叩く。
「……いきなり頭が痛くなることしてくれるのね、あんたって」
「すみません……でも、俺の腕前を見せるのにはこれが一番丁度良かったんじゃないかって」
「まぁ、それはそうだけど……」
アンセラは露骨に眉間に難渋を示していた。
酒場の大勢に悪印象を持たれるかもしれないが、そこはまぁ仕方ない。アレに返せないような相手なら、嫌われたところで特に害もないので気にしなくていい。シラノは努めてそう思うことにした。
「とりあえず
「……すみません」
「あそこまで近付かれて剣も執れないバカはともかく……貸しにしとくから、しっかり返してくれるわよね?」
不敵に口角を上げたアンセラの山猫の瞳に、無論と首肯する。
何も、言葉で示しに来たのではない。脅しに来たのではない。勿論、斬り捨てに来たのでもない。仕事で、剣で、触手使いへの偏見を打破しに来たのである。
「それで……あなたって触手剣豪? なのよね……」
「……出番スか」
「ええ。街道に剣士が出るのよ。多分魔剣使いだけど……それでもいい?」
ここにきてこの話とは、おそらく酒場でも誰がやるか決めあぐねていたらしい。
魔剣が相手だ。被害も出る。そして、目に見えた被害を飲み込むほど集会所も非情ではない。
そこに来て丁度よくシラノという腕に覚えがある男で、おまけに先ほどの一件で酒場の冒険者からの印象は最悪――――となれば、
「結果は剣で示します。……詳しく話を聞かせてください」
お互いに望むべくもないと、シラノは厳かに頷いた。
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