後後後編
巻いていこう。
ナイチンゲールもびっくりなボランティア精神旺盛の、しかしそれはほぼ暴力に近いお上からの圧力(パワハラという言葉は使うまい。世の中はただでさえハラスメントに溢れている)が故の献身的献身の精神的精神を持った社員からなる、クソのような経営体系が特徴のその会社の自社カレンダーには、安息日や就業時間などという概念は存在しなかった。毛頭も。
そこでは極めて軍隊的な独特の倫理観がカルト宗教のように信仰されていた。
例を紹介しよう。
勤務開始時間が9時だから、7時半に出勤する。
終業時間が18時だから、23時に帰宅する。
土曜日は9時から15時までだから、7時半に出勤して23時まで働く。
日曜日は休日だから研修と会議。
有給は20日分あるから使わない。
残業は法令で定められた範囲を越えないように、とりあえず19時にタイムカードを切る。
労働とは精神と肉体の修行の過程であるが故に、過労とは転じて究極の自己鍛練、あるいは自己啓蒙に等しい。そのため、病気や疲れによる欠勤は自己及び精神の脆弱さ、肉体の弱さを肯定することであり、著しく社内の士気を貶める行為であるため、それ相応のペナルティをもって罰する、等々。
これが僕が内定を頂いた会社であった。
とりあえず働いた、一年も。倒置法。
同僚は次々と崩壊した。人間の精神を島に見立てるのであれば、木々を全て伐採し、周囲で水爆実験をした後、V2ロケットを千発撃ち込むようなものだ。崩壊する。
彼女は悠々と働いていた。四月に入社して、九月にやっと一日を共に過ごす機会を得たのだが、そのデートも僕の果ての見えぬ愚痴が彼女の機嫌を悪くしたため、夕方には終わった。
彼女が一週間の休みをもらって友達とイタリアへ行った時、僕はインフルエンザで五日間欠勤したため、三日間家に帰らずに仕事をするはめになった。その二ヶ月後の三月に再び彼女とデートに行った時、イタリア旅行の写真を見せてもらった。ローマの世界遺産、数々のスパゲッティ、ホテルの部屋、赤ワイン、高級ブティック、フェラーリ、フィレンツェの河と舟、ん?どうして君の写真がないんだい?友達の写真がないんだい?片方のベッドのシーツだけがシワだらけなのはどうしてだい?
彼女を問い詰めると、僕の予感は的中した。これもまた一つの崩壊。自己の崩壊、関係の崩壊、未来の崩壊。あらゆる崩壊がメビウスの輪的に結び付いて結び付いて、ぐるっとひねって、現ポジション。イタリア土産にもらった赤ワインとチーズは淀川に捨てた。自分自身も捨ててしまいたかったが、それはぐっとこらえた。その代わり会社を捨てた。遺棄した、とまではいかない。ホントは遺棄したかったけど。
私は9時に勤務開始なので14時に会社へ行き、18時の終業なので14時17分に会社を出た。その間、17分で僕は(隠す必要もないだろう)山本という名字の上司と、その上司の元木という野郎に、思い付く限りの暴言と脅しの言葉をかけ、必要以上に丁寧に書いた辞表を叩きつけてやった。何が自己啓蒙だ、ボケナス野郎どもが!平台に積まれた安っぽい病的な啓発本が、お前らのような宿便どもにはお似合いだ!
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