第19話 煙風一撃

「お、おのれ。目が回る……気持ち悪い……」


 正方形の姿をぐにゃりと崩して、極彩色パレスはうめき声を上げている。ウェンディーネが生み出した大量の水に押し流されて完全に酔ったみたいだ。

 どこに目とか三半規管とかあるのか謎だけど。


「貰った!」


 今、極彩色パレスは溶けたスライムみたいに体を崩して動けずにいる。

 ティムリエ君が作ってくれたこのチャンス、無駄にはできない。

 そう意気込んだ私は、極彩色パレスを捕まえるために手を伸ばす。

 けれど、相手の反応は予想より早かった。


「! 貴様、我を気絶させる気か」


 私が近づくと、極彩色パレスは瞬時に崩れた体を元に戻して床を跳ねた。

 惜しい。後もうちょっとで捕まえたのに!

 私、思ったより極彩色パレスに警戒されてたみたいだ。


 それにしても、駆け引きで口にした激震霧散の話がここで足を引っ張るとは。

 まあ、極彩色パレス警戒してるけど実際ははったりなんだけどね。

 あの魔術の対象は肉体が無ければ使えない。だから、精神体である精霊を気絶させる事は出来ない……――。


「アレスト! 特技スキル!」


「了解シタ!」


 空振りして動きが止まる私に対して、ログ君が交代だとばかりに声を上げた。

 ログ君の指示に合わせて、アレスト君が彼のジャケット裏から飛び出してくる。


石鎖捕リロックキャプチャー!」


 アレスト君の生み出した鎖は、床を跳ねて逃げる小箱を見事に捉える。

 ちょうど飛び跳ねたタイミングで捕まったため、極彩色パレスは空中に鎖で雁字搦めにされてしまった。


「アレスト君は大丈夫なの!?」


 アレスト君は他の野良精霊達と違って怯えた様子は無いみたいだ。ログ君の指示にもちゃんと答えてるし。


「ああ、特技スキル発動時に俺のジャケットの裏にかくまったのが良かったみたいだ」


 そう言って、ログ君は深緑のジャケットの前を軽く開いて見せた。


「主様! こうなったら、もう一度特技スキルで混乱させて……」


「させません」


 レコードのスキルを遮る様に、ティムリエ君の声がぴしゃりと響いた。

 すると、レコードの周りに水の壁が現れた。

 そして、水の壁はレコードを檻の様に四方八方取り囲んでしまう。


「貴方が使った特技スキル。先ほど見せてもらいましたが、特技スキルで発生させた光を相手に見せること。それが条件とみました」


 確かに、無事だったアレスト君は隠れていて光を見ていない。

 そういえば、別の部屋にいるウェーブ君や他の精霊が騒いでる様子が無いし。なるほど、光を見るのが条件なら筋は通る。


「ですから、対処させてもらいました」


 そう言ってティムリエ君はウェンディーネの方を見る。

 ウェインディーネはさっき水を出した時の様に腕を上げていた。腕の先の手のひらはレコードに向けられている。


「ウェンディーネの水の壁は鏡の様に光を反射します。僕の考えが正しければ、貴方の特技スキルは使えません」


「むむぅー! 主様……」


 レコードの悔しそうな声が、水の壁越しに聞こえてくる。

 この反応、ティムリエ君の予想は大当たりだ。

 さすが、ティムリエ君。現役学生で相談員やってるだけある。これで、レコードは封じたも同然だ。


「わはは! 安心しろレコード。正体をばらした我には拘束なぞ大したことでは無いわ!」


 突如、鎖の中から響き渡る哄笑。それと同時に、極彩色パレスの姿がまたどろりと崩れた。

 鎖の隙間から崩れた体が液体の様に落ちていく。そのまま床に落ちると、元の正方形の極彩色パレスに戻っていた。


「笑止! 我の姿は変幻自在。今の力ではこのサイズが限界とはいえ、鎖を抜ける様に形を変えるなぞ造作もないことよ!」


 その姿を見て気がついた。

 そうか、レコードがスキルで閃光を見せた時もああやってアレスト君の鎖から逃げたんだ。

 つまり、アレスト君の特技スキルが効かない!?


「ちょっと、君の体便利過ぎない!?」


「わはははは、これこそダンジョンを任される精霊の力と言うものだ! 人よ、恐れ敬うがいい」


 極彩色パレスの調子乗りまくりな声を聞きながら私は歯噛みする。

 レコードは封じた。後はこの小箱だけなのに!


「――小箱さん、油断大敵!」


 突然、ルルが極彩色パレスの前に飛び出してきた。

 私達が驚く間もなく、ルルは背中に隠くしていたものを極彩色パレスの目の前に突き出す。


「さっき目くらましされたお返しなんだから!」


「ぬお……眩しいぞ!」


 極彩色パレスの声が怯む。

 それは、混乱して常に目が光ってるモードになっている精霊のさーちゃんだった。

 さーちゃんの一つ目から放つ光は、真正面から見た極彩色パレスの動きを一瞬止める。


「――今度こそ!」


 再度、私は極彩色パレスに手を伸ばした。

 このスピードなら逃げる前に捕まえることができる!

 そして、ついに私の指先は極彩色パレスの小箱のふちにかかった。


「おのれ! ならばこうしてくれる!」


 私の手が触れた瞬間。極彩色パレスは大きく小箱の口を開いた。

 勢いのついた私の右手が極彩色パレス大きな口の中に吸い込まれていく。


「何――!?」


「ふははは! 我はダンジョンの祖。我の中は亜空間になっており、自由自在よ! このまま飲み込みこめば我に魔術をかけれることは叶うまい」


 極彩色パレスの言う通り、小さな小箱に手を突っ込でいるのに、私の右手は底に当たらない。手ごたえが無いまま、一気に二の腕までが中に吸い込まれていく。


「ふはは! 我が野望に向けて貯めこんだ資産達と一緒に閉じ込めてくれよう」


「リリエ!」


 驚いたルルの声。

 この勢いだと、私が腕を引き抜くより小箱の中に飲み込まれる方が早い。

 でも――。

 私は瞬時に魔力を体に巡らせると、絶賛飲み込まれ中の手のひらに力を込める。


「煙風一撃!」


 ばんっ!

 私の声とともに、手のひらが熱くなり大きな音が小箱の中で炸裂した。


「――!?!?」


 声にならない悲鳴と一緒に、私の腕は小箱の中からはじき出された。

 はじき出された勢いで、私は後ろに倒れてしりもちをついた。振動で体がちょっと痛い。


「げほっ……貴様正気か!? 今自分に向けて魔術を使ったな……げほげほ。なんだこれ凄いむせるんだが、げほっ」


 極彩色パレスが咳き込むと、一際大きな煙が口の中からぶわっと溢れた。

 咳き込みながら言う極彩色パレスは少し引いてる様子だった。


「飲み込まれたらどうなるか分からないんだから、無茶くらいするでしょうが……痛たた」


「リリエ大丈夫?」


「うん、なんとかね」


 心配して駆け寄って来たルルに私は笑いながら立ち上がる。


 魔術、煙風一撃。

 凄い煙と爆風を一時的に出す魔術だ。攻撃力はあんまり無い代わりに、目くらましや相手を驚かすのに有効だ。


 とはいえ、古い玄関のドアくらいなら吹き飛ばせる強さはある。

 もし、極彩色パレスの強度がなかったら、周りの物は酷いことになっていたはずだ。

 まあ、最初にやった調査でこの精霊の頑丈さは確認済みだったし。大丈夫と判断して使ったわけだけど。

 実際、私の魔術は極彩色パレスが開けた口から煙が漏れる程度ですんでいる。


 一応、口の中に入った右腕を確認してみる。

 うん、特に怪我は無さそうで安心。それから、手に掴んでいた物を確認する。

 私の煙風一撃は、亜空間にあった極彩色パレスの資産を少し巻き込んだらしい。

 箱の中で爆風を起こした時、私は巻き込まれた何かを掴んでいた。

 それは、印象的な赤い宝石がたくさん連なる首飾りだった。

 何度見ても私には偽物には見えない。こんなに綺麗なのに。


「あー! それは我の物じゃないか、げほ」


「あー! それは踊る精霊の首飾り(偽物)!」


 同時に上がる声、それは確かに極彩色パレスに奪われた踊る精霊の首飾り(偽)そのものだった。

 偶然とはいえ、これを取り返せたのは運がいい。


「ログ君パス!」


 私は勢いよく首飾りをログ君に放り投げる。


「証拠品を雑に投げるな!」


 キャッチした首飾りをチェックしながら文句を言うログ君。


「ログ君、この証拠品で?」


「――ああ、ばっちりだ!」


 私の言葉にログ君は強く頷くと、いまだもくもくと煙を上げる小箱に向き合った。

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