第18話 混乱

 簡単に言うと相談所はめちゃくちゃになった。


「ちょっと! これどうにかできないの相談員補佐?」


「無茶言うな! そっちはどうにかできないかよ魔術師!」


「それは相談所ごと潰せってこと?」


「お前はもっと穏当な術無いのかよ!? 俺らも潰れるだろそれ!」


「いいから、誰かどうにかしてー!」


 ルルの声に重なる様に、天井で飛び回る精霊が叫び声を上げた。声は突風を巻き起こし私達の服や髪をぐちゃぐちゃにしていく。


 相談所にいた野良精霊達は、レコードの特技スキル回想アルバムが見せた恐怖の記録映像のせいで大混乱に陥っていていた。


 物を浮かす特技スキル持ちの精霊は、錯乱して辺り構わずスキルを使いまくるから物がいたるところでひっくり返っている。

 恐怖から逃げようと相談所を飛び回った水の精霊は無意識に水をまき散らしたので、辺りはバケツで水をかけたみたい水浸しだ。


 声をかけてもパニックに陥っている彼らには届かないし、とはいえ攻撃するのも可哀そうだし……。


「安心せよ。レコードが離れれば見えている記録も消える。精霊達も落ち着くであろう」


 威厳のある声は少し遠くの方から聞こえた。

 見ると、極彩色パレスが受付カウンターの上にちょこんと乗っている。

 その隣でには、ソファから移動したレコードも一緒だ。

 暴れまわる精霊達に私達がわーわー言っている間に彼らはもう逃げる一歩手前だった。


「いつの間に……!」


 どうする? ここで取り逃がせば最悪極彩色パレスが本当に復活するかもしれない。

 それは、また最悪ダンジョンの犠牲者が増えるってことだ。


 他の二人を見ると、彼らも逃げ出す極彩色パレスを追えずにいた。

 ログ君は逃げる火の玉みたいな精霊がぶつかって燃え上がった観葉植物の消化している。丁度所長の机に花瓶が飾って運が良かった。

 ルルはの方は映像に怯えたさーちゃんを宥めるのに必死だ。びかびか光り続ける目の光はすぐに止まりそうにない。


 動けるのは私だけ。

 ここで逃がすくらいなら。…………あきらめるか、玄関。


 頭の中で“修繕費”の計算をしつつ、私は魔術発動の構えを取る。

 そして、極彩色パレスに近づこうと動いた次の瞬間。私の視界を小さな綿菓子が埋め尽くした。


「こわいー。たすけてー」


「こわいー。たべられるー」


 私の視界を防いだのは助けを求める精霊達だった。


「君達ごめん! 君達今元凶ぶちのめすから近くにいたら危険……」


「怖いよー。食べられちゃうよー」


 駄目だー! みんな恐怖で混乱しててなだめても全く聞いてくれない。

 とはいえ、助けを求めてる子たちを巻き込むわけには……!


「では、我らは精霊達が暴れている内に撤退させてもらおう! ふはははは!」


 極彩色パレスが高笑いと共に別れの言葉を告げる。

 そんな! このまま逃げられたら、所長含め極彩色パレスで酷い目にあった冒険者達に申し訳が立たない。


「ああ、そうだ。最後に伝えねばならぬ事がある」


 焦る私をよそに、思い出したように極彩色パレスは逃走の動きを一旦止める。


「実は、ここで我が正体をばらした理由があるのだが。おそらく我らの事は新聞に大々的に取り扱われるであろう。そこでだ! 我らの目的と……人員募集を記事に載せてもらいたのだ!」


「さすが、主様! 私達二体だけでダンジョン運営は難しいと前から思っていたところでした。人員募集のための正体明かしだったのですね」


「うむ。ということで、人の子よ。我らの事を話すときはダンジョン運営興味がある精霊募集。人間でもやる気がある者なら採用も検討する。給料などは要相談であるとこを特に伝え置いてくれ!」


 聞き終えた瞬間、私の怒りが一気に爆発した。


「な~~にが仲間募集中よ! そんな事より相談所ぐちゃぐちゃにした弁償しろ弁償!」


 さっき話した世界に我らの存在を知らしめるべきってそういう理由!?

 こっちは相談所の被害総額の計算とか後処理の事を考えると頭が痛くなりそうなんですが?

 しかも、あそこの机にある資料とか私がまとめたんだからね。それが今の騒ぎで水の泡!

 ここまでしといて、仲間募集中の宣伝よろしく☆って面の皮厚すぎでしょうが!!


「うふふ、聞こえませ~ん」


 私の怒声にレコードは余裕の表情だ。完全に勝ちを確信している。純粋にむかつく。


「では、皆の者さらば! 我らが離れれば恐怖映像は消えるが精霊達のメンタルケアは忘れずにな!」


 最後に精霊達をフォロー(やったのは君らだけどね!)しつつ、極彩色パレスはついに玄関の扉に手をかけた。

 立方体の体をにゅっと手の形に変えると、扉の取っ手を掴む。

 そして、私の目の間で勢いよく扉が開いた。


 ただし、開けたのは極彩色パレスでは無かった。


「ただいま戻りました! さっきの通信が気になって急いで仕事を終わらせてきたんですけど――って、お客様ですか?」


 ふわふわの髪、育ちの良さが分かる物腰。隣に美しい水の精霊を連れた美少年の姿がそこに居た。


「ナイス、ティムリエ君!」


 扉を開けたのは、ローランド精霊相談所の見習い相談員ことティムリエ君だった。

 ちょうど逃げようとした極彩色パレス達を遮る様に彼は勢いよく相談所に飛び込んできた。


「ごめんあそばせ。ちょっとどいてもらいますね、回想アルバム!!」


「ティムリエ君、そいつら出しちゃダメ!」


「え?」


 私とレコードの特技スキル発動はほぼ同時だった。

 レコードの特技スキルがティムリエ君の目の前で発動する。

 けれど、叫び声を上げたのはスキルを使ったレコードの方だった。


「ひゃああ! 眩しいですー!」


「レコード!?」


 レコードは目を手のひらで覆いながら一歩扉の前から退く。極彩色パレスが驚いた声を上げた。


 ティムリエ君の方を見ると、彼の前に水の壁ができていた。うねる水面に、きらきらと光が反射する。

 察するに、レコードはさっき私達に見せた閃光の記録を特技スキルで見せようとしたんだと思う。

 そして、そこをティムリエ君の隣にいた精霊――ウェンディーネがスキルで水の盾で跳ね返されたと見た。


「主様! この精霊は強そうですよ」


「おのれ、新手が来ようとは!」


 ティムリエ君達を警戒して、極彩色パレスとレコードは唯一の脱出先から離れて距離を取る。

 対して、ティムリエ君は状況についていけずに相談所の惨状に唖然としていた。


「リリエさんこれどういう状況ですか? 相談所も凄い事になってますし??」


 こちらに答えを求めるのも当然だけど、それは後で話すから!


「ティムリエ、相談所に水を叩き込め!」


「ちょっと!」


 ログ君の言葉に思わず私は声を上げる。

 そんなことしたら生き残った資料も終わってしまうんですが??

 さっきまで、自分も相談所をあきらめる気だったけどそれはそれ。

 自分がする覚悟と相手からされる覚悟は違うというか。

 ほら、ティムリエ君も突然の指示に戸惑った表情でログ君を見ているし。


「でも相談所が……」


「俺を信じろ!」


「……ウェンディーネ、お願いします!」


 ログ君の力強い答えにティムリエ君は一瞬逡巡してから精霊に指示をだす。

 彼女はティムリエ君の家系に代々受け継がれる、精霊ウェンディーネという超高レベル精霊だ。


「はい、我が主」


 ティムリエ君の言葉にウェンディーネが清涼な凛とした声で応える。


流れよクリーンアップ


 言葉と共に、ウェンディーネの均整の取れた細い腕を包む様に水が現れる。彼女が腕を振ると、その腕に纏っていた水が相談所へ激流となってなだれ込む。

 それは、扉から少し距離を取った極彩色パレスとレコードを巻き込みながら相談所へ弾けるような勢いで。


「流~さ~れ~る~」


「主様ー!?」


 当然、肉体の無いレコードと違って、小箱の姿を持つ極彩色パレスは水の勢いに飲まれた。

 そして、流されるままに相談所の中へと帰って来る。


 よぉっし! ティムリエ君のお陰で一旦脱出は阻止できた。

 ダンジョンに苦しめられた冒険者達の無念と、相談所の弁償のため。

 絶対ここで捕まえてみせる!

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