第13話 レコードの供述

「お前のいたダンジョンについては分かった。で、ダンジョンが解放された後、何故クルックスと契約することになったんだ?」


「……私、ガル・アルカデ島には移住しに来たんです」


 レコードは少しずつ思い出すように、これまでの経緯を語り始めた。


「ダンジョンに住み続けることも考えたんですけど、実は……私、好きな物が装飾品なんです!」


 好きな物。それを口にした彼女の瞳は、身に着けている宝石と同じくらいキラキラと輝き始めた。


「見ての通り、私ってたくさん装飾品を身に着けているじゃないですか? これみんな今まで私が見てきた素敵な装飾品を特技スキルで記録したものなんです。例えば、これとか特にお気に入りなんですけど、街の宝石店で見た腕輪なんです。この鳥が彫られた部分が素敵なんですよ。こっちは露店で見た指輪なんですけど、ほら見てください! この色合い最高じゃないですか!?」


「お、おう。まあ、高そうに見えるな……」


 勢いよく語り始めたレコードにログ君は明らかに戸惑い気味だ。

 対して、私の隣に座るルルは分かる。とか言いながら熱心にレコードの話に頷いている。


 精霊っていうのは人間に比べて好きという感情に忠実だ。

 彼らには肉体が無い分精神的なこと、特に感情の部分が重要らしい。

 その最たるものの一つが“好きなもの”。

 だからこそ、好きな物を対価に出せば大抵の精霊はお願い事を聞いてくれる。


「で、装飾品が好きと島に移住するのとどう繋がるの?」


「だって、ガル・アルカデにはダンジョンにいたら見れない装飾品がたくさんあるんですよ。当然見に行きたいじゃないですか! そして全部見るつもりなら移住しかないじゃないですか!」


 さも、当たり前という表情でレコードは私の疑問に答える。


「そうだよね。自由になったんだし、好きな物見に行きたいよね」


 確かに、ルルの言う通りダンジョンから解放されて自由になったんなら、好きな場所いって好きな物見たい気持ちは分かる。

 私だって借金返済したら好きなことしたい! って思ったし。


「ふむ。入国管理局で確認した記録には確かに移住希望と記録されてるな。内容もこれといって変なところは無さそうだ」


 ログ君がメモを見ながら一人頷いた。

 ちなみに、入国管理局とは、島への出入りを監視、管理する機関のことだ。

 島外の者が島に入るためにはまずこの管理局の受付で入島許可証を手に入れないといけない。


「私は移住手続きを終えると、まずガル・アルカデ美術館に向かいました。期待通り、美術館には歴史ある装飾品の数々! それはそれは夢の様なひと時でした」


 うっとりと語るレコード。美術館に入っていた時も同じ顔をしていたに違いない。


「私は夢中で装飾品達を見ては記録していきました。あ、ちなみに右手首にある腕輪もその内の一つです」


 ちなみに、特技スキルで記録したものをレコードが身に着ける分には犯罪にはならない。

 記録だけなら、本物と違って物体は無いしね。

 扱いとしては、写真とかと同じ感じだ。


「そんな時、話しかけてくれた人がいたんです。美術品に興味があるのかい? って……。それが、クルックス様でした」


 クルックスの名前を口にした途端、レコードの楽しそうな表情に影が落ちる。


「急に話しかけられた時は驚きました。けれど、話してみるとクルックス様はとても気さくで紳士的だったんです。それから一緒に美術館の中を楽しく周った後、彼は私の特技スキルを生かす仕事をしないかと誘ってきました」


「それが、贋作が本物に見える特技スキルを被せることか?」


 先ほど聞いた、精巧な記録を贋作に被せてお客の目を欺き、オークションで売りさばいた件だ。


「はい。クルックス様は、私にたくさんの美術品を見せてくれました。それから、見せてもらった美術品のそっくりな贋作を持ってきて言ったんです。この贋作に私の特技スキルを使って欲しいと」


「それで、話を聞いたお前は悪い事だと思わなかったのか?」


 それそれ、そこは気になる。

 ダンジョンから解放されたばかりだから島の法律とか知らないのは仕方が無い。とはいえ、オークション会場でスタッフまでしたのに、悪事の自覚が無いってあるのかな? とも思う。


「最初クルックス様は本物は売らなきゃいけないから、せめて思い出として記録してほしいって言われたのです」


 ははぁ、最初はその記録を悪いことに使うことは伏せていたって訳ね。

 実際は、手放すのを惜しんだクルックスは本物を売らずに隠し持っていたのだけど。


 悲しそうな表情のままレコードは続ける。


「気が付いた時には、一回目のオークションは終わってしまって。特技スキルのかかった贋作達は既に売られた後でした。後で私が抗議すると、お前も同罪だ! なんて言われて……。最初がうまくいったからと、次も同じ手口で手伝わされ、今回はついに手元に無い美術館の品まで贋作を……!」


 そこまで言うと、レコードは顔を手で覆って黙ってしまった。


「つまり、最初はクルックスの財産から手を出していった。それが、増長して美術館の品物まで贋作を作ってオークションにかけるようになった。という訳か。そして、お前は最初に知らされなかった犯罪の片棒を担がされたことを脅されて、言うことを聞くしかなかったと」


 顔を覆ったまま、レコードが無言で首を縦に振った。

 美術館にあるような物まで贋作にして儲けようとしたら、さすがにやばいと思った内部のスタッフが美術館にリークしたってところかな。

 レコードはその事実を知らないから、目立つ贋作をオークションに出したから広まって足がついたと思ってるっぽいけど。


「そうなんだ。……レコードちゃん大変だったんだね」


 ルルはレコードの話を聞いて、親身な顔つきで労わりの言葉をかけた。

 今までの話を聞く限りでは、レコードは騙された側。被害者とも言える。


「それで、オークションから逃げ出したレコードちゃんがなんで小箱に入ってたの?」


「私だって、ただいいように騙されてる精霊ではありません! もしなにかあった時にいつでも逃げれるように、複体コピーをこの箱に隠しておいたのです」


「嘘、複体コピーもできるの!?」


 複体コピーとは、ウェーブ君も使っている自分の精神体の複体コピーを操れる特技スキルのことだ。

 っていうか、この子ってば高レベル精霊とはいえ、記録、物質構築、複体コピーって特技スキル豊富過ぎない!?

 ダンジョン時代はどういうポジションにいたのか知らないけど、もしかしてかなり重要なポジションだったりして……。


「それで、クルックス様にばれないように、本体の方を小箱に隠して、基本は複体コピーに仕事をさせていました」


「つまり、今ここにいるのは本体のレコードなんだな?」


 ログ君の言葉にレコードが頷く。レコードの本体はずっと小箱に隠れて逃げる機会をうかがっていたそうだ。


「それで、小箱は倉庫の見えない場所に隠しておいたんです。これで、何かあっても大丈夫。と、思っていたんですけど……」


 そこで、一旦言葉を切ると、レコードはふぅ、ため息をついた。


「まさか、精霊から逃げるために使うなんて想定外でした」


 さすがに、自分の力を奪う奴が現れるなんて思わなかったんだろう。イーター君の特技スキルってレアの部類だし。


「慌てて複体コピーの一部を呼び戻そうとしたのですが無駄でした。オークションで力を奪われた私はかなりの力を消耗をしてしまい、小箱に入ったまま動けなくなったんです」


「そこで、私のパパが私財の引き取りに来たんだね」


 捕まったクルックスの私財は、ルルのパパこと雑貨店を営むルークさんに一部引き渡された。その時紛れ込んでいたのがレコードの入っていた小箱だ。


「はい、持ち出される木箱と一緒に抜け出せば逃げれらると思ったんです。それが、こんな場所に来るなんて失敗でした」


 そう言って、レコードは苦笑した。

 まあ、よりにもよってローレンス精霊相談所だしね。

 逃げ込んだ先で、自分の力を奪った精霊の本拠地に着いちゃうなんて、苦笑いするしかない。

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