第10話 精霊レコード

「へぇ、黒髪短髪のスーツ? この子と全然違うんだね」


 ログ君のメモ帳を見たウェーブ君が率直な感想を呟いた。

 私もどれどれと、ログ君の隣に寄ってメモ帳を見せてもらう。


 そこには、レコードの見た目は黒髪短髪。人間でいうなら二十代くらいの女性。人間の振りをして、オークション会場のスタッフの中に紛れていたとある。

 他には、会場スタッフと同じ黒いスーツを着ていたとか、競売の時は契約者であるクルックスの傍にいたことも書かれていた。


「確かに、メモにある見た目と合ってないね」


 メモ帳から目を離した私は、不安そうにこちらを伺う自称レコードへと視線を向けた。


 彼女の姿はあきらかに私より年下。人間なら大体十二か三の少女って感じだ。

 それに、髪は黒じゃなくて明る目のオレンジ色で、長い髪をまとめている。

 着ている服も装飾品で飾り立てた白いドレスだ。スーツの要素なんて全然無い。

 そもそも、目の前の彼女には翼と角っていう目立つ特徴があるけど、人間の中に紛れていたっていうなら、会場の彼女にはその特徴も無さそうだし。


 ……なーんて、メモ帳のレコードとの違いを数えてみたけれど。

 実は、この間違い探しの意味ってあんまり無い。何故なら――。


「そもそも会場にいたのはレコードの偽物でしょう? なら、姿が違っても別に問題ないじゃない」


 オークション会場にいたレコードは、自分のスキルで作られたただの記録映像。つまり偽物だ。なら、目の前の彼女こそ本当の精霊レコードの姿なのだろう。


「そうだな、レコードは記録した映像を特技スキルで操れる。なら、自分以外の姿も記録して操れるはずだ」


 私の言葉に頷くログ君。


「となると…………そもそもここにいる姿も本物じゃない可能性も?」


「ええ!?」


 ログ君の指摘に、レコードの素っ頓狂な声が続いた。


「まあ、その可能性もあるけど……」


「そうだろ! 記録映像を操れるんだ。今いるレコードの姿もまた偽の姿かもしれない。いやー、ピーン! ときたね」


 確かに、レコードは別人の姿を記録映像として操れるのだから、今目の前にいる姿もまた偽物の可能性はある。

 いつもの突拍子ない推理に比べれば、今回のログ君の考えはありえない話ではない。


「ということで、レコード。お前のその姿は偽物だな!?」


「違いますよ! これは、本物の私の姿ですぅ!」


 指を突き付けて断言するログ君に、レコードは間髪入れずに否定の声を上げた。

 自分の推理を即否定されたログ君は、けれど余裕そうな態度を崩さなかった。よほど自分の推理に自信があるらしい。


「そうは言うが、お前が本当の姿である証拠はあるのか?」


「証拠って言いましても、私は私ですし……」


「つまり、証拠は無いってことだな。ならば、俺の推理は否定できない!」


「だ・か・ら! 私は本当の姿だって言ってるじゃないですか! 大体貴方たちだって私が本当の姿じゃないって証拠無いですよね?」


 レコードの指摘は正しい。私達に偽物かどうか確認できる手段が無いのはその通りだ。今、相談所にる面子は精霊レコードの真の姿ってやつを誰も知らないのだから。


 彼女の正体を知っているとすれば、レコードと契約しているクルックスだ。契約の問題上正体は明かしておくものだし。

 とはいえ、警察で絶賛取り調べ中の彼に会いに行くなんて、今からだと時間がかかりすぎる。


「うーん、いい推理だと思ったんだがな」


「そもそも、この姿が本物かどうかはそんなに重要なことなのかい?」


「そう言われると、そこまで関係ない気も……」


 ひそひそ話を始めた私達に対し、レコードはジト目で(先ほどの怯えた表情はどこかに行ってしまったみたいだ)文句を零し始めた。


「もうっ! そもそも、私はオークション会場で力をたくさん食べられてめちゃくちゃ弱ってるんですよ。今の私に記録映像を出し続ける力なんて無いんですから。脅しておいて信じてくれないとか酷い人達ですね!」


 誰が脅しだ、誰が。まあ、脅したけど。

 それは置いておくとして。今レコードが話した内容で気なることが一つあった。


「力を食べられたって、イーター君のこと? 黒い犬みたいな精霊の」


「名前は知らないですけど、黒くて怖い狂犬みたいな精霊でした。いきなり私の記録映像をばくーっ! て、食べちゃったんですよ、そいつ。本当恐ろしい……!」


 声を震わせながら答えるレコードに、私は確信する。

 間違いない。それはムラサキさんの契約精霊君だ。


 ムラサキさんの契約精霊は二体。どちらも強力な精霊で、イーター君はその内の一体だ。

 姿は黒い大型の犬に近い。左右違う色の瞳を持っていて、左が金で右が銀。それから鞭の様な尻尾が特徴的な精霊だ。


 イーター君の特技スキルはかなり強力なもので、なんと他の精霊の特技スキルを喰らって消してしまう。

 レコードが食べられた。と、言うならイーター君の特技スキルのせいに違いない。


「なるほど、イーター君が偽物を……って、もしかして人の姿の記録映像をそのまま?」


 無言で頷くログ君に、私は思わずうわぁ。と声を漏らしてしまった。


「しかも、場所はオークションの真っ最中。競売にかけられた商品の隣に立っている時だ」


「一番人の注目がある時じゃない!」


 そんな場所で、人の振りをしていた記録映像が謎の精霊に喰われて消えた。なんて事が起きたらどうなるか。会場は大混乱になるに決まっている。


「俺は喰われた時に外で待機してたんだが、オークション会場から悲鳴が上がったと思ったら、入り口に参加者達が殺到して酷い騒ぎだったよ」


 会場の光景を思い出しながら喋るログ君の表情は苦々しい。それだけで、会場がどれだけ酷い有様だったかうかがえる。


「オークションの参加者達を逃がさないために、隠れていた警官達も正体ばらさなきゃいけなくなるし。そこからは混乱っていうか滅茶苦茶って感じだったな。イーターの奴、丸飲みにするから記録映像って俺たちもすぐに分からなくて、こっちも大分慌てたよ」


「ひえー、丸飲み!」


 ログ君の話を聞いて、ウェーブ君が本気で引いた声を上げた。


「もし、僕の分体に同じことされたらトラウマになりそうだよ」


「その通りです。本当トラウマになりますよ、私はなりました! 人間には分からないでしょうけど、力を喰われるっていうのは自分の体の一部が持ってかれた感じなんですから!」


 ウェーブ君の感想にレコードが何度も頷きながら力説する。


 精霊の分体とか特技スキルが喰われるって人間なら体の一部が千切れる感じかな? 想像しかできないけど、それならショックを受けるのも仕方が無い。


 なんて、私がレコードの力説に納得していると。

 横でふよふよ浮いていたウェーブ君が、何か言いたそうにこちらを見つめていた。


「どうしたのウェーブ君?」


「なに、緊急事態とやらはもういいのかと思ってね。君達、結構のんびりしてるからさ」


 あ! っと、私とログ君は互いを見る。

 そうだった! そもそも、小箱に奪われた証拠品をレコードから取り返すのが目的だった。小箱が開いて目的達成した気分になってたよ。


「ちょっとレコード、さっき奪った首飾り返しなさいよ」


「え、えーとですね、それは……あぁ、恐ろしい精霊のトラウマが~」


 私が睨むと、レコードはわざとらしい声で顔をそむけてしまった。

 おっと、これは返す気が無いな。


「ここまできて首飾り返さないですむとか本気で思ってるの?」


「ま、待ってください。これには事情があるんですぅ」


 事情ねぇ。警察の証拠品を返さなくていい事情なんて、よっぽどの事じゃないと難しいと思うけど。

 とはいえ、ここは被害者のログ君に意見を聞いてみるか。


「どうするログ君?」


 隣の彼は少し考えてからこちらに目を向けた。


「……まあ、犯人は捕まえたし。先に事情聴取くらいしてもいいか」


「ふーん。ログ君がいいなら、それでいいけど」


「はい、それがいいです。ちゃんと話しますから、ね」


 私達が無理やり取り返さない事が分かったのか、レコードはにっこり笑顔で頷いた。


 個人的には取り返せるときに取り返すべきだと思うんだけど。

 奪われた本人が事情聞きたいっていうなら……まあ、私に食い下がるほどの理由は無い。


 とりあえず、身柄は捕まえてあるから大丈夫かな。

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