第9話 激震霧散


「――ねぇ、ログ君。ここは諦めて小箱に攻撃しようか?」


「はあ!? 攻撃したら建物壊れるって断ったのリリーだろ?」


 突然の提案にログ君が驚いた顔で私を見る。

 確かに私は彼から小箱を壊せ。と、言われて断った。

 とはいえ、面倒になっていきなり方針転換したって訳じゃない。


「それは物理的な魔術の方の話。今から私が使おうとしている魔術は――精神的な方だよ」


「精神攻撃? 精霊に効くのかそれ? そもそも、そんな術あるなら何で言わなかったんだ?」


 戸惑った表情のログ君に、私は小箱に手を添えて軽く笑う。

 少し演技っぽすぎるかもしれないけど、こういうのは大げさにした方が伝わりやすいはずだ。小箱の精霊にもログ君にも。


「効く効く。……実は言わなかった理由はさ、危険すぎるからなんだよね」


「危険? イツモノ魔術ヨリ危険……?」


 ログ君の隣でゆらゆら飛んでいたアレスト君が怯えた声を出す。

 アレスト君、今の流れでその反応はナイスアシスト! なんだけど、本気で怯えてるっぽくてちょっと複雑だ。


「そう、とっても危険なんだ。もし、この魔術を使ったら最悪精霊好きな所長に首切られるかもしれないレベルだよ」


 わざと声を低めに呟きながら、添えた手で軽く小箱を撫でる。


「でも……この中の精霊さんは出てきてくれないんだから。もう諦めるしかないよね、ログ君!」


 同意を求めて私はログ君の方へ視線を向ける。

 ――と、言ったところで私はウインク一つ。軽く小箱をつついて無言のアピールをする。


 はっと、一瞬何か気がついた表情にログ君が変化する。


「……! なるほど。そ、そうだよな! 手段は選んでられないか」


 ログ君が私のに合わせて大きく頷いた。

 よしよし。ちゃんと察してくれて良かった。


 ――そう、これは小箱の中にいる精霊をおびき出すはったりだ。

 魔術師は人によって使う術は様々。嘘か本当か見抜くのは難しい。

 特に限られた状況で、魔術に精通していない相手ならなおさらだ。


 後は、中の精霊が駆け引きに乗るタイプだといいのだけど。

 まさか意思疎通できないってことはないはず。


「ちなみに、そのすごーい危険な魔術はどんなものなんだ?」


「術の名前は激震霧散げきしんむさんって言うんだけど、手刀を使った術でね――」


 ログ君の質問に、私は左手を自分の首の後ろに持っていく。それから手のひらを真っすぐ伸ばした状態にすると、軽く首を叩く動作をした。


「首に手刀を当てた時に、相手の精神に介入して気絶させる術なんだ」


 もちろん、さっき言った通りはったりだ。

 激震霧散は精神に介入する術式じゃない。肉体へ衝撃をあたえて強制的に気絶させる術式だ。

 よく手刀で人を気絶させる技があるけど、それの強化版みたいなものと思って欲しい。

 肉体に与える衝撃と一緒に魔術で練った微量な電撃を流すので、あまり力が無い人が使っても効果は抜群!


 ただし、激震霧散は肉体に使う魔術なので、精神体だけの精霊に効かないんだよね。つまり精霊からしたら全く危険でもなんでもないのだ。


「え、何だその魔術!? 怖っ…………」


 私の説明を聞いたログ君は素で引いた様な声を出した。……いや、これ本気で引いてない!?

 アレスト君もログ君の後ろに隠れて震えてるし! 後で、アレスト君には無害だって話して誤解解いておかないと。


 それにしても、ログ君ここで本気で引かれるとちゃんとこちらの意図が察してもらえたか不安になる。

 いやいや、話はちゃんと合わせてくれてるんだから大丈夫でしょう! そもそも、もうはったりの話を始めてしまったのだからここで止めるわけにもいかないし。

 私はどう見てもドン引いてるようにしか見えない二人から、目の前の小箱に意識を戻した。


「本当は、精霊好きの所長の事を考えて精霊に攻撃するのはためらっていたけど、犯人かもしれないっていうなら手段は選んでいられないよね。所長も分かってくれるはず」


「そ、そうだよな。緊急事態だもんな」


 あからさまなため息をつく私に、ログ君がうんうんと頷く。

 良かった。やっぱりちゃんと伝わっているみたいだ。

 と、思ったのもつかの間ログ君の不安そうにこちらを見つめてきた。


「……さすがに精神破壊とかしないよな? 被疑者にもそれなりの扱いがあるんだが」


 俺の言ってる事分かってるか? みたいな視線で見てくるログ君に私はにっこり笑顔で答える。


「それは、この中の精霊さん次第かな」


 ちらりと視線を送る先には依然無反応の小箱が一つ。

 うーん。まだ押しが足りないか。


「大丈夫なんだよな!? お前の事信じていいんだよなリリー??」


 ログ君が念押しするように聞いてくる。

 ……ちょっとログ君。君は元警官なら尋問くらいしたことあるだろうに、ここでそんな気弱な態度してたら怪しまれるでしょうが!


 いやまあ、ここで重要なのは私やログ君の演技ではないのだけれど。

 大事なのは精霊の方に私が本気で攻撃する可能性を否定できないってことだ。

 私はログ君の疑問にあえて返さず、小箱を睨みつける。それから念押しにつけくわえる。


「無反応ってことは、こちらと話し合いする気がないって思っていいでしょう? まあ、どんな姿かすら見ずにさよならするのも残念だけど……」


 ここでわざとらしくため息。


「これで、さよならね。名も知らない精霊さん」


 別れの言葉とともに私が腕を振り上げた時――。

 ついに、小箱から掠れた声が聞こえてきた。


「ま、待ってください……」


 その声は、少女の様な高い声音をしていた。

 小さくはあるけど、間違いなく小箱の中から聞こえる。


 ――よしかかった!


 私は心の中でガッツポーズを取る。

 さすがに、どんな術か分からない攻撃を受ける気はないようだ。


 ログ君とアレスト君は小箱を食い入る様に見つめている。


「やっと中から反応が……!」


「喋ッタ!  声シタ!」


 目を見開き小箱を見つめるログ君とアレスト君。

 私はいまだ中にいたままの精霊にあえて冷ややかな声で返した。


「ふうん。それは私達と話す気があるって事かな?」


「…………」


「とりあえず、顔も出してくれない? 話合うなら顔を見て話したいんだけど」


「今出ます。だから、酷いことしないでください……」


 ……なんか、相手の発言だけだと悪役になってる気分になるなこれ。

 まあ、人の物奪い取った上に出てこないのが悪い。相手の精霊からみたら嫌な奴なのは間違いないだろうけど。


 少し間を置いて、小箱の表面に亀裂が入った。それから上部がぱかりと開かられ、ついに小箱の中の精霊はその姿を現した。


「初めまして。私は……精霊レコードといいます」


 小箱から出てきた精霊は聞こえてきた声と近い印象の姿だった。

 濃いオレンジ色の髪を後ろでまとめた可愛らしい少女。年は私より少し幼く見える。


 特徴的なのは、髪の間から覗いた二本の小さな角と背中にしょった体を覆うくらいの翼。翼は赤黒くてつるりとした爬虫類系だ。

 大きな金の瞳は爬虫類の様に瞳孔が縦に長い。

 瞳はうるうると涙があふれてもこぼれ落ちそうだ。


 まとっている服はシンプルな白いドレス。ただし、全身色とりどりの宝石と金銀の装飾で飾っているため派手に見える。


「レコード……! 本当にお前が!?」


「ログ君。この子がクルックスの精霊?」


「クルックスが供述した名前と一緒だ!」


 この見た目は儚げな美少女がムラサキさんから逃げ出した高レベルな精霊!?

 思わずじっと見つめる私に、レコードは怯えたような表情をしている。


「ただ、資料にある見た目と違うな」


 ログ君はメモ帳を広げて首を傾げた。


「オークションにいた精霊レコードは黒髪短髪でスタッフと一緒のスーツを着ていたらしい」

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