第8話 オークション詐欺事件について

「そういうば、ムラサキさんはどんな経緯で事件に関わることになったんですか?」


「お、やっぱりそこは気になるよな。まず、警察署からムラサキさんに依頼がきたんだ」


 ティムリエ君の質問に、ログ君は待ってましたとばかりに話し始めた。


 ムラサキさんは良くも悪くも警察署で有名だ。だから、たまに知り合いの警部が依頼に来るのは珍しくない。私も何度か受付で応対したし。


「……って、警察署から依頼があったって事は、クルックスの企みバレてたの!?」


「そうなんだよ。実は、オークション前にガル・アルカデ美術館に匿名の密告があったんだ」


 匿名の密告。

 となると、犯人側の情報を密告した謎の存在がいるわけだ。

 ログ君の様子を見る限り正体はまだ判明していなそうだけど。


「で、密告の内容は?」


「“ガル・アルカデ美術館に展示されている精霊の首飾りの偽物が本物としてオークションに出る予定です。偽物には精霊の特技スキルが関わっています。主催と開催場所も併記しておくので、確認してください。”だ」


 ログ君の説明によると、謎の手紙――密告書が美術館に届いたのは一週間前になるそうだ。

 手紙の内容を読んだ美術館の職員達は、まずオークションの主催の名前を見て驚いた。


 なぜなら、精霊の首飾りを美術館に売ったのはクルックス本人だったからだ。

 しかも、精霊の首飾りはこの世でただ一つしかない美術品だ。と、クルックスから説明も受けていた。


「それから、美術館側はクルックスに質問状を送ったんだが、クルックスはのらりくらりと適当な返事しかよこさない。その内、返事も無くなり、行方も分からなくなったらしい」


「言い訳もしないで行方不明とか、自分が真っ黒です。って言うようなものじゃない」


「そりゃあ、本当に真っ黒だし。逃げるだろ」


 まあ、そりゃあそうか。

 オークションでお金を稼がなきゃいけないクルックスとしては、美術館側にいらない横やりが入るのは嫌だろうし。


「で、美術館の人達は警察署に相談した。それで、警察署が色々調べていくと、オークションに出品予定のいくつかは美術館や博物館に飾られている物だと判明したんだ」


 うーん。自分の手持ちのコレクションだけでなく、美術館に売り払った物や、他所の物まで偽物を作って騙そうとしてたとか……めちゃくちゃたちが悪い。

 どれだけ無り振りかまわない状況だったんだろう。


「あの……。そんな怪しいオークションに人って集まるんでしょうか? 他所の美術館にある物が出品されてたら、詳しい人なら気づきませんか?」


 ティムリエ君が眉をひそめて、疑問を口にする。


「そこは、オークションに誘う人に本物に見える特技スキルをかけた偽物を見せればいい。展示しているのは偽物で、実はここに本物があるんですよ~。とか言ってな」


 なるほど、特技スキル便利!

 とはいえ、ティムリエ君の疑問も分かる。

 たとえ、目の前に出された美術品が本物の様に見えたとして。美術館にある方が偽物、なんて話を信じれるかと言うと、私だったら難しい。

 じゃあ、なんで美術館の職員が気づかないの? と、疑ってしまうと思う。


「一応、クルックスもバレない工夫はしてたみたいだな」


 私の気持ちを見透かしたように、ログ君が話を続ける。


「例えば、クルックス本人の本物のコレクションを混ぜつつ見せたり、触るのは競り落としてからとか言って偽物に触らせなかったり、バレない様に色々したみたいだ。おかげで、オークション自体はそれなりに客入ってたらしいぞ」


「そうなんですか……。でも、美術館に置いてあるのが偽物で本物はここに。って言われたら、普通美術館に知らせた方がいいと思いませんか?」


「無い無い」


 ティムリエ君の納得いかなそうな声に、今度は私が首を振って答えた。


「どうせ、そういうオークションに誘うのは裏取引とか後ろ暗い事をしてる人に限られるからするはずないって。そんな事思いそうなリスク高い人、最初からお客様から外してるだろうし」


 だから、お客様から情報が外部に漏れる可能性は無いと、クルックスは思っていたはずだ。

 密告の手紙を出した謎の人物は、特技スキルの事情を知ってるので、オークション関係者の裏切りだろうし。


「で、相談された警察署は密告の中にあった精霊の特技スキルの一文を重要視した。そこで! 数々の事件を解決し、素晴らしい実績のあるムラサキさんに警察署直々に依頼が来たって訳だ」


 話終えたログ君はちょっと自慢気だ。

 隣のアレスト君も嬉しそう。二人ともムラサキさんの事本当に好きだな。


「それにしても、クルックスは運が悪かったね。よりによってムラサキさんの敵に回るとかさ」


 そこは、クルックスに少し同情する。

 これには、ティムリエ君も同意してくれたようで、うんうん頷いている。


「そうですね。結局色々根回ししたのに逮捕されちゃいましたからね。彼の精霊だけは逃げちゃいましたけど」


「そうなんだよ! ムラサキさんが後から戻るって言ったのも、その精霊を捕まえるために調べものがあるからなんだ」


 悔しそうに言うログ君を見て、私はふとある事に気がついた。


「あ、そういえば……。私、ムラサキさんが犯人取り逃がすなんて初めて聞いたわ」


 伊達にムラサキさんは探偵相談員なんて言われていない。

 私がこの相談所に就職してから、ムラサキさんが事件に関わって、捕まらなかった犯人はいないはずだ。


 そんなムラサキさん相手に逃走成功するなんて、クルックスの契約精霊ってかなり凄いのでは? さすがAクラスの精霊。


「それで、精霊はどうやってムラサキさんから逃げたんです?」


「それがな、捕まえたと思った精霊が偽物だったんだ」


「美術品だけじゃなくて、精霊も偽物だったの!?」


 驚く私に、ティムリエ君が何か察した様子で声をあげる。


「――精霊の特技スキル。オークションにいた精霊は、自分の特技スキルを使った記録映像だったってことですね?」


「そっか! 本物そっくりな映像の特技スキルが作れるんだから、自分の映像を作る事なんて簡単だよね」


 しかも、精霊は精神体だから美術品よりばれにくそうだし。


「そうそう、そういうことだ。その可能性気づければ良かったんだけどな……」


 ログ君は心底残念そうに呟いた。


「だから、クルックスの所にあったっていう小箱なら、もしかして、その精霊の本体がこの小箱の中に逃げ込んだかもってつい口にしたんだが……」


 はあ。と、ログ君がため息をつく。

 彼の視線の先は小箱の中にある、精霊と精霊から奪われた首飾りに向けられていた。


 ちなみに、ルークさんが小箱を手に入れたのは一週間前。

 そして、今回逮捕したオークションの開催日時は三日前の深夜だ。

 つまり、オークションより先にルークさんの手に小箱は渡っている。


「もしかして、精霊は事前に捕まる可能性を考え、小箱を用意したのかも……。いえ、やはり中の精霊が何か分からない限り憶測の域を出ませんね」


「ちょっと待ってくれ! その推理だと、密告をしたのが精霊自身の可能性も……あるのでは!?」

 

「何で、味方の精霊が密告するのよ!?」


「そもそも、精霊に手紙を書くのは難しいかと……」


「……待ってくれ、今考えるから!」


「いや、君が考えすぎると話が飛躍するから止めて!」


 なんて、三人で話していると、突然大きな声が部屋の中に響き渡った。


「――はいはーい! 終了終了。湖の捜査再開のお時間だよ~」


 私達は考えるのを一旦止め、音の主である通信精霊へ視線を向ける。


「え、もう!?」


「そうだよ。休憩の間だけ通信を受け入れてたけど、僕の判断で依頼の仕事優先で~す。回線はまもなく終了で~す。何か言い残しがあったらお早めにね」


 驚く私に、ウェーブ君はにこにこ笑顔で仕事の再開と、通信の切断を宣言した。

 映像の中の湖を見ると、泡の様な物が沸き上がってきているのが見える。

 それを見たティムリエ君は申し訳なさそうに、映像越しの私達に顔を向けた。


「すみません。水中に入っていた、僕の精霊が戻ってきたみたいです」


「いや、色々聞けて助かったよ」


「とにかく、僕も仕事が片付いたらなるべく早くそちらに帰りますね」


「ありがとう、ティムリエ君! ムラサキさんよりできれば早く来て欲しい所だけど、無理しなくてもいいからね」


「あはは、そうですね。ムラサキさんが先に戻っていたら、僕が行っても解決後で何もする事が無くなってそうですもんね」


「……」


 あ、ログ君が無言になった。

 ちなみに、ティムリエ君にはムラサキさんに怒られるとかそういう話はしていない。

 なので、ティムリエ君の言葉は嫌味では無い。偶然ログ君に刺さっただけだ。


 お仕事頑張ってね。と、私が言ったところで通信は切れてしまった。

 通信が切れた部屋はやけに静かに感じる。

 隣のログ君が黙ったままだからかもしれない。


「……で、ティムリエ君からの貴重な意見を聞けたわけだけど。どうする?」


「……やばい、早く首飾りを取り戻さないと。最低小箱開けるくらいは……!」


「頑張レ、ログ! オ前ナラデキル!」


 頭を抱えるログ君と、隣で応援するアレスト君。

 うーん、ログ君ったら少し自力での解決をあきらめてきてるな。


 ……仕方ない。ちょっと強引な手、使ってみるか。

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