第7話 相談員ティムリエ

「お疲れ様です。何の御用ですか? ログさん、リリエさん」


 目の前に映し出された少年がこちらを見て微笑んだ。

 薄い水色のふわふわとした髪、アイスブルーの穏やかな瞳。

 服装は刺繍と飾りの多い精霊使いの伝統的なものを着てい

る。

 右手に木で作った杖を持ち、左側にはウェーブの複体コピーがふわふわ浮かんでいた。


 ティムリエ=ロータス=ラザフォード。

 彼は、ローレンス精霊相談所の最年少の相談員だ。


 実家が代々続く精霊使いの家系で、最年少とはいえその能力はプロとして問題無し。ティムリエ君の家は水系の精霊と相性がいいらしく、彼も水系の精霊と多数契約している。


 そんなティムリエ君がローレンス精霊専門相談所で働いているのは、精霊使いとしての経験を積むためだ。

 彼はまだ学生なので、学校が休みの日だけの出勤だけど、うちの相談所の優秀な即戦力になっている。


 ちなみに、今日の依頼はある湖の汚染調査だ。映像の後ろに、依頼先の湖面が少し映って見えた。


「仕事中にごめん。ちょっと、相談所で問題があってさ……」


「ティムリエ! 突然ですまんがこれを見てくれ」


 突き出されたログ君の手元を見て、ティムリエ君は目をぱちぱちと瞬かせる。


「あの、これは……?」


 謎の小箱は、ぐるぐるロープに巻かれた上、アレスト君の拘束スキル石鎖捕りロックキャプチャーでさらに雁字搦めにされていた。


 これじゃあ小箱かすら分からない。

 ティムリエ君はログ君の手のひらにある物が何なのか分からず、困った様にこちらを見ていた。


「ちょっとログ君、なんでここまでぐるぐる巻にしてるの!?」


「だって、逃げられたら大変だろ」


 だからって、限度がある。


「せめて箱の文字が見えるようにしなさいって!」


「分かったよ……。アレスト、特技スキル一本抜かして全部解除」


 私が怒ると、さすがにやり過ぎだと理解してくれたようだ。

 ログ君は自分で巻いた紐を全部解くと、アレスト君へ指示をだした。


「了解シタ!」


 アレスト君の答えと共に、鎖に似た拘束特技スキルがしゅるしゅると解けていき煙の様に消えていく。

 一本だけ巻き付いたままだけど、さっきと違って文字の部分もちゃんと読めるように拘束されているので問題ない。


「この小箱……? で、いいんですかね。これが何か?」


「実は、私の友達が持ってきた物なんだけどさ……」


 私は謎の小箱をルルが持ってきた経緯から、偽物の首飾りを奪われたところまでをティムリエ君に簡単に話した。

 ティムリエ君は黙って私の話を聞くと、顎に手を当てながら頷いた。


「なるほど。別事件の証拠品を突然奪われた。取り返したいけど、精霊が基本こちらに無反応なため手詰まり。という事ですね」


「そうなんだよ! 小箱の中の精霊に説得を試みたんだけど、全く反応が無くてさ。何か見て分かる事はないか?」


「そうですね…………」


 ログ君の言葉にティムリエ君は腕を組み、思考を巡らせているようだ。

 それから、数分。こちらを見たティムリエ君は、申し訳なさそうに首を横に振った。


「すみません。私も、この小箱について大した事は分からないです」


「そうか……。駄目か……」


 ティムリエ君の答えに落ち込むログ君。

 まあ、こちらも大した情報も無い状態で聞いているのだから仕方が無い。


「ただ、自主的に小箱から出てこないのであれば、小箱は精霊自身の作った結界、もしくは何かの特技スキルという事になりますね」


「そうだね。自分で蓋開けたっぽいし精霊自身の力だと思う」


 ティムリエ君の言葉に私も頷きながら、先ほどの小箱の動きを思いだしていた。

 跳躍して移動できるし、蓋の開閉も精霊が自分の意思でやったようにみえた。

 呪いや操られている可能性は、私が最初に使った解呪一破に無反応だった時点で消えてるし。


「で、そうすると……。その小箱の中にいる精霊は、かなり高ランクの精霊になると思います」


「物質創造特技スキル持ちってことだもんな……」


 ログ君は小箱を見ながら神妙な表情で呟いた。


「えーと。物質創造特技スキルって、あれだよね? 精霊が根性で形ある物を作る特技スキル


 精霊のランク付けの判断基準は色々ある。

 その中で、物質創造特技スキルは、高ランクになる要素の一つだったはずだ。

 その名の通り、物質を無から創造する特技スキル


「根性って言い方は極端ですが……。まあ、大体そんな特技スキルです」


 私の言葉にティムリエ君が頷く。


「精霊は基本精神体の存在です。だから、精霊が本来持ち合わせていない物体を作り出すことは、それ相応の力が無いと持てない特技スキルなんです」


 そう話ながら、ティムリエ君は小箱から視線を反らさずにいる。

 彼の表情から、警戒の色が少し伺えた。


 なるほど。物質創造特技スキルを持っているだけで、高ランクの精霊になるなら、今ログ君の手元にある小箱の中の精霊もそれに当たる。

 ログ君が束縛のスキルを過剰にかけるのも、ティムリエ君が警戒するのも当然だ。


「……それ以上の事は、今の情報だけでは難しいですね。小箱にあるメッセージも意味が分かりません。文面だけだと開けて欲しそうですけど、精霊自身は自主的に閉じてるようですし」


「首飾りを奪った理由も謎だしな」


 うーん、情報が圧倒的に足りない。何か他に情報ないかな……――。


「――あ、ログ君そういえば逃走中の精霊の件は?」


 そういえば、首飾りが奪われた騒ぎで詳しく聞いてなかった。

 事件の内容もどごぞの没落貴族が首飾りの偽物作ってた。って、辺りまでしか私は知らない。


「ムラサキさんが解決したという事件ですね。クルックスの資産から流れてきた小箱というなら、クルックスの関係者の可能性は高いかと。ログさんが話した逃走中の精霊の可能性も否定できませんね」


「だろー! 俺もいい事思いついたと思ったんだよ」


 ティムリエ君の言葉にログ君が嬉しそうに頷く。

 冗談で言ってた様に見えたのは気のせいかな~。なんて、嫌味はとりあえず話の腰を折りそうなので黙っとく。


「それで、事件の詳細はどんな感じだったんですか?」


「クルックスがコレクションしていた美術品オークションを本人が開催したんだが、これに出品されていた物が全部偽物だったんだ。彼は詐欺罪で捕まったよ」


 ログ君は手帳をめくりつつ、事件のあらましを語り始めた。


 貴族だったクルックスは没落を機に美術商になっていた。しかし、彼に商才は無かったらしい。

 資産を切り売りしても足りず、借金もかさみ、いよいよ首が回らなくなっていた。


 ついに、彼はオークションを開いてお気に入りの美術品を手放すことにした。

 しかし、彼は自分の美術品を手放すのを惜しんだ。

 全てのコレクションの偽物を作り、素知らぬ顔でオークションに出品したのだ。


「ふーん。で、どうやって本物と思わせたの?」


 ルルは見ただけで偽物と気づいた。オークションに参加するような人達が、誰も偽物と気がつかないのはおかしい。

 どうやって騙したのか気になる。


「そこで、逃走中の精霊の出番だ」


 私の疑問にログ君がメモ帳から顔を上げて答えた。


「クルックスの契約した精霊の特技スキルは記録操作。精霊が記録している記憶を相手に見せる事が出来る特技スキルだ」


 ――記録操作。そりゃあまた相手にするには面倒そうな特技スキルだ。


「まず、精霊の持っていた美術品の記録を技術者に見せて贋作を作る」


 さっき見せてもらった踊る精霊の首飾り(偽物)の事だ。

 私には普通に綺麗な首飾りに見えた。けれど、偽物と本物だとその価値は雲泥の差だ。


「で、精霊は偽物に記録操作をかけてオークションに出した」


「偽物自体にですか!? なんて、無茶なことを……」


 ログ君の説明を聞いたティムリエ君が呆れた表情に変わっていた。


「鑑定者を騙せるということは、よほどレベルの高い記録投影なはずです。そのくらい精度の高い特技スキルなんて長時間使えません。そこまでいくと、Aを超えてSランクの伝説レベルの精霊じゃないと無理です」


「ああ。クルックスは記録操作は数日しか持たないと言っていた」


「それだと、偽物を買ったお客が数日でクルックスの所に怒鳴り込んでこない?」


「そこは、オークションが終わったらとんずらするつもりだったみたいだぞ」


 クルックスは今回のオークションで稼いだお金と共に、夜逃げの算段をつけていた。

 特技スキルは逃走中の間だけかかっていれば問題ないと彼は考えたわけだ。


 けれど、そんな彼にとって予定外の事が一つ。

 オークションに潜入した探偵相談員こと、ムラサキさんの存在だ。

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