第6話 精霊ウェーブ

「小箱の中にいる精霊、盗みは精霊であっても犯罪だぞ! 大人しく現行犯逮捕されろ! 何か理由があるなら話聞くし、情状酌量の可能性もあるぞ! ……だから、頼む、首飾り返してくれー!」


 ログ君の説得を続けたけど、小箱の中の精霊はあいかわらず無反応だった。

 どんなに怒鳴ったり、話しかけたり、頼み込んでも、小箱の口が開く気配は無い。


「ちょっと、本当まずいから! 証拠品だから! お願いします小箱さん~!!」


 泣きそうな声で懇願するまでになっていたログ君だけど、ついにあきらめた様で、肩を落としつつ小箱から顔を離した。

 それから私の方に顔を向けると、びしっと小箱を指して叫ぶ。


「こうなったら仕方がない――リリー、出番だ小箱ぶっ壊してくれ。お願いします!」


「えー、相談所の修繕費ログ君持ちならいいけど」


「じゃあ近くの空き地に持っていこう! 外なら大丈夫だろ」


 確かに、近くにある空き地は雑草くらいしかないので、別に魔術を使っても大丈夫だ。ただし――。


「中の首飾りが原型留めてる保障は無いけど、いいわけ?」


 今の段階だと、小箱の強度がどれくらいか分からないので正直首飾りごと壊れそうで心配なんだよね。


「……なんか、中身だけ無事に取り出せる魔術って無いのか?」


 ログ君も無茶言うなあ。ルルといいやっぱり世間的には魔術が何でもできると思われてるな、これ。

 まあ、世の中には空間転移の魔術を扱う人はいるので、ログ君の言ったような魔術はあるにはあるのだけれど。

 私は専門外なので詳しくはない。結構繊細な技術が必要なので空間転移は難しい、とかそれくらいだ。


「くそっ! こうなったらリリー、他の相談員に通信しよう。ムラサキさん以外で!」


「え、わざわざ連絡するの?」


 みんなが帰ってくるまで待てばいいのに。

 小箱は今のところ動かないでじっとしている。逃げ出さないように見張っていればその内仕事が終わった相談員のみんなが戻って来るはずだ。


「仕事中にわざわざ呼び出すほど緊急性は無いと思うけど」


 そんな私の意見に、ログ君は顔を真っ青にしながら首を横に振った。


「大事な証拠品奪われたなんてムラサキさん知られたら絶対怒られる……。なんとかバレる前に取り戻さないと……」


 鬼気迫るログ君の表情を見て、私はムラサキさんのことを思い浮かべた。

 私自身は怒られたことないけど、ログ君が怒られた姿は何度か見ている。

 ムラサキさん怒るとめちゃくちゃ怖いんだよなあ。

 ……仕方ない。今回はログ君の肩を持ってあげるか。


「ルル。ちょっと私達相談員のみんなに連絡してくるから、ここで待ってて」


「はーい。いってらっしゃい」


 手を振るルルとさーちゃんをソファーに残し、私とログ君とアレスト君は他の相談員へ連絡するため、相談所の奥にある連絡室へと向う事にした。


 連絡室は相談所の一番奥の部屋にある。

 部屋の扉には木の札がかかっており、札には『ただいまお休み中』と書かれている。……のだけども、今回は緊急事態ということで無視。

 私は扉を叩き、部屋の中の精霊に呼びかけた。


「ウェーブ! お休み中の所悪いけど起きて、緊急事態!」


 部屋に鍵がついていないので、相手の反応を待たずにそのまま部屋に入り込んだ。


 部屋の中はカーテンが引かれて薄暗い。

 連絡室には調度品がほとんど無いため、殺風景に感じる。

 真ん中にある丸テーブルだけが、この部屋での唯一の特徴だ。

 テーブルの上には古い電話が一台。電話線が繋がれずに置かれている。


 私達が入ると、その電話の中から光があふれ出た。

 その光の中から少年の様な声が聞こえてくる。


「ふわあ……。おはよう、ローレンス精霊専門相談所の皆さん。表の札を無視して入って来るとは、よほどの緊急事態って事かな?」


 眠たげな声音と共に、光の中から一体の精霊が現れた。

 その姿は幼い少年に見える。ふわふわとした雰囲気に合わせるように、服も緩くだぼっとした服を身にまとっている。

 表情は、声と同じく眠たげだ。


 彼は精霊ウェーブ。個人ではなく、ローレンス精霊専門相談所と契約している精霊だ。


「お休み中ごめんね、ウェーブ君。実はさ、トラブルが起きちゃって……」


「頼むウェーブ、相談員の誰かに繋げてくれ! ムラサキさん以外で!」


 真剣な表情のログ君を見て、ウェーブ君は寝起きのぼんやりとした表情のまま、こてん。と、首を傾げた。


「ムラサキさん以外ってどういうこと?」


「理由は誰か繋がってから説明する。頼むムラサキさん以外なら誰でもいいから。お願いします!」


 ログ君のに、ウェーブ君は目をこすりながら応える。


「ふーん。ま、いっか。お願いだもんね。いいよ、ちょっと他のに繋いでみるよ。で、お礼はどっちが払ってくれるのかな?」


 ――精霊の契約には三種類ある。


 その内の一つが、ウェーブ君とローレンス精霊専門相談所が契約している、お願いとお礼で成り立つ契約だ。

 お願いを聞いてもらった人は精霊が好きな物をお礼をプレゼントする。

 三種類の中で一番シンプルで、人と精霊が対等な契約だ。


 これは精霊使いでなくても誰でも交わせる契約で、相手は個人じゃなくて家族単位やお店等、その契約の仕方も幅広い。

 ちなみに、さーちゃんは道具屋と契約を結んでいる。お礼は何か光るものだ。


 そして、ウェーブ君が能力を貸すときのお礼は何かというと、彼の場合は好きな歌を聴かせることだ。

 しかも、歌はラジオとかはお気に召さないらしく、生歌オンリーしか受け付けない。


「お礼は、ログ君が誠心誠意歌ってくれるってさ」


「おう! なんでも歌ってやるから、どうか早めに連絡お願いします!」


 ログ君の答えに、ウェーブ君は満足そうに頷くと両腕を広げてふわりと電話の上に浮かんだ。


「了解、了解。何歌ってもらおうかな~♪」


 ウェーブ君は歌いながら、浮遊した姿を回転させていく。

 駒の様に回るウェーブ君の周りに光の粒子が集まり、金管楽器の様な音色が鳴り響いた。ちょっと電話のベルに似ている。


複体通信ドッペルライン~♪」


 楽し気な声に合わせて、ウェーブ君のスキルは発動された。

 集まった光の粒子は特技スキル発動に合わせて線を描き、一気に外へ飛び出していく。光の軌跡は残ったまま、電話線の様に電話から外へとその線を伸ばしていた。


 ――特技スキル複体通信ドッペルライン


 この特技スキルは、ウェーブ君の複体コピーを持っている人と映像付きの会話できる。という大変便利な特技スキルだ。


 電話が普及したとはいえ、電話がある場所は限られているし、相談員が電話の近くにいるとは限らない。

 それに比べて、ウェーブ君の複体コピーは相談員の近くに控えているのですぐに繋がる。

 だから、相談員が外出する時はみんなウェーブ君の複体コピーを持って出かけるのが決まりだ。


 ただし、ウェーブ君の複体コピー達は持ち主の状況を見て出ない時もある。

 相談者の話聞いている時とか、戦闘中だと空気を呼んで連絡を繋げないのだ。

 今回は空気を読まないで誰か繋がってくれるといいけど……。

 なんて思いながら待っていると、ウェーブ君がこちらを向いてにこりと笑った。


「一件繋がったよ」


 そういうと、ウェーブ君は電話から離れて天井の方へと移動する。

 残された電話の周りに新しい光が集まり、光の中に人影が見え始めた。それから、その人影から少し雑音交じりの声が聞こえてきた。


「――緊急事態ということですが、どうしました?」


 人影は少しずつ輪郭をはっきりとさせ、一人の人物を映し出した。

 ふわふわとした癖のある薄い水色の髪にアイスブルーの瞳。

 白い外套をまとい、片手には細長い杖を持っている。


 現れたのは、当相談所最年少。我が相談所期待のホープ。相談員ティムリエ君こと、ティムリエ=ロータス=ラザフォードだった。

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