第5話 踊る精霊の首飾り(偽物)
「そうそう、これは本物を真似た偽物だ。さすがに本物だったらもっと大事に扱うぞ」
私がびっくりしていると、ログ君が見やすいように首飾りを両手で持って広げてくれた。
宝石は深紅の光を凝縮して、明滅するように光を放っている様だ。
周りの装飾は美術品みたいに繊細で、鎖の部分だって金の連なる中に小さな宝石が絡る様にあしらわれている。
私には偽物とは思えない程の出来だった。
そりゃあそうか。これが本物だったら包装も無しに紙袋なんかに突っ込まないよね。さすがに。
「ルル、これが偽物ってよく分かったね」
「本当凄いよな。やっぱり道具屋の看板娘は伊達じゃないって事か」
私とログ君が素直に褒めるとルルは照れくさそうに首飾りを指さした。
「実は、私この首飾りの本物美術館で見た事あるんだよね。だから分かっただけっていうか……。確か、踊る精霊って名前で飾られていたと思うんですけど」
ルルの言葉にログ君が頷く。
「そうそう。これはガル・アルカデ美術館で展示されている踊る精霊っていう首飾りの偽物だ。なんだっけ、森の中で踊る精霊をイメージして昔の有名な細工師が作ったとかなんとか……」
「やっぱりそうですよね! 美術館で見た時より宝石の輝きが悪いなあって思ったんですよ。まあ、そもそもそんな美術品レベルの物こんな所に持ってこれるわけ無いですよねー」
「で、その偽物の首飾りが今回ムラサキさんが受けた相談?」
「そうだ。本物を贋作とすり替えて盗んでた奴から押収した物でな、元締めを今日ムラサキさんが突き止めて捕まえた」
私の質問に、ログ君は手帳をめくって該当のページを見つけると、指でえ追いながら事件の内容を話し始めた。
「元締めは元貴族の美術商をやってる悪人だ。昔はクルックス卿と呼ばれて名の知れた人だったそうなんだが……」
「え、クルックス卿?」
ログ君の説明にルルは目を見開いて驚きの声を上げた。
「ルル知ってる人なの?」
「知ってるも何も、さっき没落貴族から流れた商品を仕入れたら、小箱が混ざっていたって言ったでしょう? その没落貴族の名前がクルックスだよ」
「え、マジで。……世間は狭いな」
別々の案件に現れた偶然の一致に、私もログ君と一緒に驚いてしまった。
ということは、この小箱は偽物と本物を交換して盗んでいた悪い奴の物だった可能性が……?
胡散臭いと小箱だと思っていたけど、さらに胡散臭さを増すとは。
「それにしても、どうやってこんな精巧な偽物作ったんですかね? レプリカとして売れば普通にいい値段つくレベルですけど」
「契約していた精霊の力らしい。その精霊がやっかいな奴でさ……今も逃走中なんだけど、まあその内ムラサキさんが捕まえてくれるからその時聞けば分かるだろ」
二人の話を聞きながら、ふと違和感を感じた私は小箱に目を向けた。
そして、首を傾げる。
「あれ……?」
小箱の位置……変わってない?
先ほどまで机の真ん中あたりに置いてあったはずだ。
さっきまで、小箱の背景にあった観葉植物と対角線上一致してた気がするんだけど、今はそこから大きく外れている。
「んん……?」
気のせい? 先ほどまでただの立方体だった小箱が突然動くはずないし。
とは思いつつ、どうにも気になるので小箱を再度見直してみる。
――……おかしい。やっぱり、この小箱動いてない?
「精霊が関わってるってことは、創造系の
「いや、精霊自体は創造系じゃないんだけど、やっかいな
「A!? めちゃくちゃ高いクラスの精霊じゃないですか!」
私が小箱を凝視している間に二人は事件の話を続けていた。
ログ君普通に話しているけど、事件の詳細ってあんなに話していいのかな?
まあ、ルルは口が堅いし大丈夫だと思うけど……。
なんて考えながら、私は小箱の落いた机の前でしゃがんで小箱に目線を合わせる。
動いた? これは動いたんじゃない? このまま見てたら動く瞬間が見れるかもしれない……。
「あれ、リリエ何してるの……?」
「ん、いやちょっとこの小箱がね……」
私が小箱を凝視してるのに気が付いてルルが声をかけてきた。
とはいえ、実際動いた瞬間を見たわけではない。そのため、私も自然言葉が尻すぼみになってしまう。
「あ! そういえば、もしかしてこの小箱の中にいる奴だったりしないよなあ? クルックスの契約精霊」
冗談っぽくログ君が笑いながら私の隣に立って小箱を見る。
頭上でじゃらりと金属の擦れる音が聞こえた。
――その瞬間。小箱が勢いよく跳躍した。
ログ君も油断していたのだろう。というか私も小箱がこんな素早く動くとは思わなかった。だって見た目ただの箱だし。
小箱はログ君が机に近づくのと、彼と小箱の間に障害が無いタイミングを見計らったかの様だった。
先ほどまで傷の一つも無かった小箱に線が入ると、そのまま上下に裂けて口を開けた様な状態になる。
蓋が勝手に開いた!? と、思う間もなく。
小箱はログ君の持っている首飾りを、それこそ口の様に開いた部分で噛みついた。
すると、ログ君の手にあった踊る精霊の首飾りの偽物がどろりと黒く溶けた。そして、小箱の口の中に吸い込まれてしまった。
首飾りを奪った小箱は軌道を描いて床にぽとっと落ちる。
中に首飾りが入ってるとは思えない軽い音を鳴らして、小箱は床の上で動かなくなった。開いていた蓋の後は完全に消えて、先ほど動いたのが嘘の様に微動だにしない。
――しん。と、相談所の中が一時的に沈黙に支配された。
「だ、だ……」
最初に、動いたのはログ君だった。先ほどまで首飾りがあった空の右手を呆然と見ながら、震える声を絞り出すように口を開き――。
「大事な証拠品が食べられた――!?」
少しの間を置いて、ログ君の叫び声が部屋に響き渡った。
私とルルはぽかんと小箱を見つめたままだ。
横のログ君は真っ青な顔で箱を掴むと上下にシェイクするけど、先ほど開いた小箱はそんなことなかったように沈黙している。
「ねえ、リリエ。もしかして、よくダンジョンにいるミミックってこんな感じ?」
「ダンジョンの中でこんなミミック見た事無いなあ……」
「宝箱には見えなかったもんね」
ログ君は小箱と開けようと格闘して、アレスト君がその周りを心配そうに飛び回っている。
そんな彼らをぼんやり見ながら微妙に関係ない話を私とルルは交わしていた。
ちなみに、ミミックとは宝箱の振りをして、冒険者の前に現れて、宝箱を空けようとした人をばくりと食べてしまう。怖いモンスターだ。
初心者の時少しでもお金が欲しくてミミックと分かってもその宝箱に挑もうとした私は、よく周りの冒険者に止められたものだった。
その後、経験を積んでからミミックを倒した私は、ミミックの中が空なのを見て、そりゃあ冒険者の人止めるわけだ。あの時止めた冒険者に切れてごめんなさい。
と、いたく反省したものだった。冒険者時代の苦い思い出だ。
ちなみに、ミミックの中身については個体差が激しく、当たりに遭遇するのは運だったりする。
「こら、返せ!! このままだと俺がムラサキさんに怒られるだろ!」
久しぶりに冒険者時代を思い出して懐かしさに浸っていた私は、ログ君の声で現実に引き戻された。
「これは、中の精霊が首飾りを奪ったってことでいいかな?」
「でも何で、偽物首飾りなんて奪ったのかな……?」
ルルの疑問に答えれるのはこの場でただ一体。
目の前の小箱の中にいる精霊しかいない。
うーん。そうなると精霊は封印されているわけじゃないのか。
自力で蓋開けたってことだし。むしろ自分で引きこもってる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます