第3話 相談員補佐ログ

 入り口から現れたのは一人の青年と一体の精霊だった。

 黒髪に茶色の瞳、高身長に深緑のジャケットを羽織り、同系色のハンチング帽を被っている。

 そして、両手に大きな紙袋を抱えていた。


 隣の精霊は蛇をデフォルメした様な姿で、頭の上に男性と同じデザインのハンチング帽を被っている。

 大きな瞳は金色で、鱗の色はエメラルドグリーン。背中に透明な羽が生えていて、青年の周りを楽しそうに旋回していた。


「おお! お帰り助手君、アレスト君」


 入ってきたのは、我が相談所で相談員補助を担当するログ君ことログ=ロイド。そして、彼の契約精霊アレスト君だ。


「助手君言うな。俺はお前の助手になった記憶は無い! 後、助手じゃなくて俺はだ」


「はいはい。申し訳ありません相談員補佐殿」


「その言い方イラっとするんだが。――て、あれ君は……」


 ソファー近くまで入ってきてやっとルルの存在に気が付いたログ君が軽く首を傾げる。


「えーと、確かリリー幼馴染の……」


「はい! リリエの幼馴染のルルです。お邪魔してます」


 彼女はちょくちょく私に会いに相談所を訪れているので、ログ君も顔くらいは憶えていたようだ。ルルの元気のいい挨拶にログ君もああ、と合点がいったようで、笑顔を向ける。


「道具屋のルルちゃんか。いらっしゃい」


「イラッシャイ! イラッシャイ!」


 ログ君の横でアレスト君も真似して挨拶をする。

 さーちゃんと違って、アレスト君は片言の人の言葉を喋れる。

 元は言語を操る精霊では無かったけれど、ログ君と契約してから喋れる様になったそうだ。


「今日はリリーとお茶の約束でも?」


「違います。今日は相談に来ました!」


「相談ってどんな?」


「その前にちょっといい? ログ君予定より早く戻り過ぎじゃない?」


 予定では、今日の夕方までかかる案件だったはずだ。

 私の質問にログ君はふふん、と得意げな表情となる。


「ああ、それならムラサキさんが事件を超スピードで解決してくれたからな」


「なるほど。で、そのムラサキさんは?」


 私は閉まったままの扉に目を向けながらログ君に質問する。

 ムラサキさんとはログ君が補佐している相談員のことだ。


 ログ君の仕事は相談員補佐。

 文字通り相談員をサポートするのが仕事だ。

 そしてムラサキさんは探偵相談員なんて呼ばれるくらい事件を解決するのが得意な相談員なのだ。

 ただし、本人はこのあだ名お気に召さないようなので当人には言わないようにしている。


 ログ君が帰ってきたならムラサキさんも一緒だと思ったのだけれど、入り口から入ってきたのはログ君とアレスト君だけだった。


「ムラサキさんは仕事の後始末があるから、後で戻るよ」


「なんだ~」


 あっさりと告げられたログ君の答えに、私は思わずあからさまに残念そうな顔になる。

 ムラサキさんが帰ってきたら、この小箱の謎なんてすぐ解決すると思ったのに……!


「何だ何だ、その残念そうな顔。ムラサキさんに用ってことは難題か?」


 ちょっと、顔に出すぎたかもしれない。と、私は反省しつつルルの相談について説明した。


「実は、この小箱について相談を受けてさ。ムラサキさんが帰ってきたなら分かるかもって思ったんだけど……」


 そう、言って私は机の上の小箱を指さした。


「ほほう。謎の小箱……」


 私の隣に座ったログ君は興味深そうに小箱を見つめた。


 ルルが持ってきた経緯と先ほど調べた内容を簡単に説明すると、ログ君はジャケットの内ポケットから出した手帳に細かくメモを取る。


 ログ君は元警察なので、こういう姿は様になる。

 それっぽいというか。取り調べっぽいというか。

 とはいえ、警察時代の彼はなかなかの問題児だったらしい。


 ログ君はムラサキさんに助けられたのが縁でローレンス所長にスカウトされて相談所に転職したらしいが、詳しくはまだ聞いていない。

 アレスト君とはその時一緒に助けられた時からの仲らしい。


「もしかして、あけたら財宝付きの精霊かもしれませんよ。どうですか?」


 にこにこ煽るルルの声に、箱をあらゆる角度から見て捜査に集中していたログ君は思案気に腕を組んで目をつむる。


「財宝……。開かない箱……。中に精霊……」


 ぶつぶつ呟くログ君。隣のアレスト君も首を振って彼と一緒に箱の謎い挑戦しているようだ。

 それから、少しの間箱の前で微動だにしなかったログ君だが、大きく頷くと勢いよく立ち上がって宣言する。


「よし、ムラサキさんの代わりに俺が解決してやるぜ!」


「え、本当ですか!?」


「ログ君無理しないで」


 驚くルルに対し、私は胡乱な目つきでログ君に労りの言葉をかけた。

 私の言葉にログ君は不服そうな表情になったが、こちらとしては撤回するつもりはない。


「まだ、俺の推理を聞いてないのに、その反応は良くないんじゃないか? リリエ=リリー君」


「聞いてなくても分かりますよ、ログ=ロイド君。君今まで一人で事件解決したことないでしょう?」


 私のツッコミにログ君が言葉を詰まらせた。

 探偵相談員の異名を持つムラサキさんの補佐として、色々な事件に関わってきたログ君だが、彼が推理を当てた瞬間を私は一度として見たことが無いし、誰かから聞いたことも無い。


 実はログ君、推理をするのが大好きなのだが……。これがまあ当たらない。

 しかも、当たらないが推理は好きなので、方々の事件に首を突っ込んで引っ掻き回すタイプだったらしい。

 警察時代の問題児扱いも致し方無し。

 という訳で、ログ君の推理は私の中でかなり信用度が低い。

 

「くっくっくっく。そんな事言っていられるのも今日までだ。今日の俺は……一味違う!」


「クックック~」


「一味違った程度で、ログ君の推理力はどうにもならないよ」


 ていうか、なんだその悪役みたいな笑い方。

 隣のアレスト君も真似しているけど、こっちはいくら真似しても元が可愛いデフォルメデザインなので、なんだか微笑ましい。


 私の容赦ない返しに、ログ君は一転悲しそうな表情をしてそのままアレスト君の方を見る。


「……聞いてくれ、アレスト。リリーのこの態度、いささか酷くないか」


「ヒドイ! リリー推理聞ケ!」


 抗議の声を上げるアレスト君にログ君は嬉しそうに瞳を輝かせた。


「相棒、やっぱり俺の事を理解してくれるのはお前だけだ……!」


「ログガ嬉シイナラ、アレストもハッピー!」


 なんだか、アレスト君に肉体があったら感極まってハグでもしかねない勢いだなあ。

 半年前に会った時からふたりはこんな調子だ。精霊使いと精霊は基本主従の関係だけど、ログ君とアレスト君は主従というより親友に近い。……彼らに言わせれば相棒かな。


「はいはい。じゃあ、言ってみなさいよ」


「リリー推理キクノカ?」


「聞くだけ聞いてあげますよ。どうせ、私だけじゃ分からないし。ムラサキさん帰ってこないし」


 アレスト君が嬉しそうに尾の部分をパタパタしている。可愛い。

 まあ、別に聞くだけならタダだしね。


 私の言葉にログ君も嬉しそうにこちらを見て不敵な笑みで宣言する。


「ああ、見せてやるよ。俺の実力ってやつをな!」


「おおー。パチパチ」


「はい、どうぞ~」


 隣で手を叩いて期待を寄せるルルと、机に頬杖をつきながら適当に聞く私。


 彼はどんな推理をしてくれるのやら。

 ……まあ少しは期待してみるかな。


 ログ君は私達を交互に見てから、大真面目な顔で話し始めた。


「―――まず、この箱に刻まれたダイイングメッセージだが」


「待って」


 開口一番飛び出してきた言葉に、私は声を上げずにはいられなかった。

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