第2話 小箱を調べる

「あのねー。魔術師って言っても何でもできるわけじゃないからね」


「でも、精霊使いって魔術師が元なんじゃないっけ?」


「確かに、元々は魔術師から精霊の魔術系統だけ扱うようになったのが精霊使いだけど……。えーと、――縦、横、高さ全て十センチか」


 右手に持った定規の目盛りに視線を向けながら、私はルルの疑問に答えていた。


 結局私は、ルルに頼まれて謎の小箱を調べることにした。

 始めは、相談員でもないのに勝手に調べるのってどうなの? って、渋っていた私だけれど――。


「じゃあ、リリエが箱開けれたら、相談料とは別に道具屋のどれでも一品無料券をプレゼントしちゃおうっかな~」


 なんて言われたため、私はあっさり方針転換せざるおえない状況になってしまった。さすが商人の看板娘。人が何で動くか分かっている。

 そう、私はお得な物に弱い……!


 まあ、今日に限ってお客が来ないし(来ても相談員いないから、お帰りいただくか、予約入れてもらうかくらいだけど)。

 相談員のみんなもいつ帰ってくるかもわからないし。

 ここで、ぐだぐだ紅茶飲んで時間潰すより、私にできる分は調べてみても問題ないでしょう!


 私は小箱にあてていた定規を机に置くと、万年筆を手に取った。

 それから、ノートを広げて調べたサイズを記入していく。

 就職記念と称して、かなり奮発して買った万年筆はさらさらとノートの上を滑り、書き心地がいい。


「じゃあ、リリエも魔術師だし精霊使いみたいな事できるんじゃないの?」


 ルルの疑問に、私は首を横に振る。


「魔術師って扱う分野で使う技術とか全然違うの。で、私の魔術は精霊関係全く扱わないから。この相談所に入るまで精霊の知識は一般人レベルだよ」


 私の家は代々魔術師を生業にしている。

 ただし、家で引き継がれる魔術は精霊とは無関係の分野だ。だから、私の親も姉も精霊を扱わない。

 当然、私も精霊関係は全くの専門外なのだ。


 そんな私の発言に、ルルは少し驚いた顔になった。


「そうなの? てっきりそういうの詳しいから精霊専門相談所なんて就職したと思ってたよ」


「ここに就職したのは、危険じゃなくて給料が良かったからです」


 幼馴染とはいえ、ルルとは魔術についてあまり話す機会が無かった。

 おかげで、秘匿主義が強い魔術師という存在を誤解されている気がする。


 まあ、それはルルだけではなく世界的に言えることなのだけど。

 なにせ、魔術師衰退気味で実態を知る人少ないからなあ……。


 精霊と共生するこの島では、魔術師より精霊専門の精霊使いの方が人気出るのは嫌でも分かるんだけどね。

 魔術師としては、複雑でないと言ったら少々嘘になる。 


「そういえば、私リリエと長い付き合いだけど精霊使ったの見た事無いかも」


「でしょう。私は精霊関係は全くの素人なんだってば」


 頷くルルに私は声だけで返しつつ、私は定規と一緒に持ってきていた道具で色々調べ続けていた。


「重さは十グラム。ルーペで見たけど傷一つ無い。水に入れても変化無し。火であぶっても変化無し。うーん……」


 今のところ変な文が彫られた謎の素材の立方体。という最初の印象のままだ。

 小箱というからには、どうにかすれば開けれるとは思うのだけれど……。


 これで、実は小箱じゃないので開きませ~ん。なんて落ちなら、この文字を刻んだ奴を果てまで探してぶっ飛ばしてやるのだけど、精霊が入ってるのはさーちゃんの特技スキルで確定してるしなあ。


「そもそも、ルルはそんなにこの中身が気になるの?」


「え、だって財宝が入っています! って感じの内容が刻まれた箱に、謎の精霊でしょ。――感じない? 浪漫を!」


「浪漫ねえ……」


 目を輝かせて言い切るルルに、興味が全くわかないため微妙な反応しか私は返せない。


「もう! リリエったら元冒険者のくせにこういうのときめかないの?」


「あー、しないしない。私は冒険者してた時、確実にお金になるのしか手出さなかったもん」


「えー。元冒険者なのに夢が無ーい」


「そりゃあ私、冒険者になったの借金返済のためだし」


 そう、私は借金を返済するためにハイリスクだがリターンも大きい冒険者になった。

 借金返済のために冒険者になったのだから最初から夢も何もない。

 その借金もこの前返済しきったので、相談所の事務員という安定安全な再就職を果たして、冒険者も辞めてしまった。


「それにしても、事務所の棚にある関係がありそうな本とか読んでみたけど、精霊の入った小箱なんて物はのっていないし。後は……」


 基本できる事は調べたから、後はルルが言った通り魔術師として調べるくらいしか私にできる事はないか。


 私は椅子から降りると、箱の前に立ち息を整えた。

 集中すると体内の魔力が巡っているのを強く感じる。

 それを、一点に集中するよう調整して私は呪文を唱える。


「――解呪一破かいじゅいっぱ!」


 私の掌底を模した、解呪の術式は吸い込まれるように小箱の真上にヒットした。

 箱の硬い感触が手に響き、箱の周りの空気が一時的に重くなる。


「やっぱり駄目か……」


 残念。小箱には傷一つつかなかった。

 意識的に威力を抑えたとはいえ、凹みもしないとは頑丈な小箱だ。


「リリエちゃん!? 何壊そうとしてるの!?」


「壊そうとしてない。これは魔術解除の術式を発動しただけ」


 驚くルルに私は冷静に説明をする。

 解呪一破は我が家に伝わる魔術でも初歩的な魔術で、簡単な呪い等を解くものだ。

 掌底が当たった衝撃と共に解呪の術式を相手に叩き込むと、簡単な呪いや封印など吹き飛んでしまう。


 ちなみに、掌底を模しているためそれに近い攻撃力を持ってたりするのだけれど、そこはほら精霊って肉体が無いから。

 もし、入っているのが精霊だけなら物理攻撃は効かないから問題ないでしょう?


「いくら、精霊にはノーダメージだからって人の持ってきたもの壊すのはどうかと思うよ私。後、衝撃で机に若干ヒビが入ってない?」


「嘘!? ……本当だ。ちゃんと抑えてやったつもりなんだけど」


 ま、まあ小さなヒビは入ったけど、これくらいなら上なにか敷けば大丈夫でしょう! ……大丈夫だよね?


 机のひびを隠すように飾ってあった花瓶を上に乗せる私に、ルルは何か言いたげな視線を向けるが、気にしない事にする。


「リリエ……前から思ってたけど、リリエの魔術ってあんまり魔術師っぽくないよね」


「何言ってるの! 私の魔術のどこが魔術師っぽくないって!?」


 思わず大声で聞き返してしまった。


「リリエの家の人以外の魔術師が店に来たことあるけど、なんていうのかなー。もうちょっと後衛より? 遠距離攻撃とか、味方の補助とか。リリエめちゃくちゃ前衛よりじゃない? 私今までリリエの使った魔術、素手しか使ったところしか見てないんだけど」


「確かに、冒険者してる時は前衛でしたけど。別に普通だから! 他の魔術師だって前衛でばりばり働く人いるし」


「そうなの?」


「そう!」


 ルルには言い切ってしまったけど、実は素手で戦う魔術師は私も家族以外に見た事無かったりする。

 そりゃあ、家の魔術格闘術が珍しい事は冒険者を経験してよく分かったけれども。


 魔術とは自己を高める物。

 より良くする術を探求するもの。

 それがたまたま、私の家系では格闘術と魔術を融合した物を探求しているだけなのだ。

 だから、世の中には私の家と同じ考えの魔術師だっているに違いないし、魔術師としておかしい訳ではない!


 ……まあ、それはさておき小箱の話。

 結局、解呪一破で小箱に変化は無かった。高レベルの封印なんて解ける術式ではないけど、それでも手ごたえが無いってことは魔術での封印はされてないと見るべきだろう。


「うーん。全く開け方が分からない! 無理」


「諦めるの早すぎだよー。他の魔術で調べられないの?」


 降参宣言をする私に、ルルは気楽そうに聞いてくる。

 だから、魔術は何でもできるわけじゃないんだって。


「後は、箱が壊れるまで攻撃魔術を当てる以外考えつかない」


「それはさすがに……。箱どころか相談所壊れちゃいそう」


 壊れちゃいそうじゃなくて、確実に壊れる。

 私の言葉に、さすがにルルも遠慮気味だ。私だって、仕事先を半壊してまで調べる気はない。

 無料券のために相談所諸々の修理費なんて割に合わない事したくない。


「やっぱり、素人じゃここまでだよ。精霊専門の相談員が戻って来ないと分かんない」


「そっか、こればっかりはしょうがないね。私から無理言ったし、リリエ調べてくれてありがとう! お礼に道具屋特製割引券何枚かあげるね」


「そこは、無料券もらえないんだ……」


 頑張ったご褒美にやっぱり無料券あげるね! って流れじゃないの……。いや、大したことしてないけどさ。


 ――カランカラン。


 と、私が微妙にしょうんぼりしていると、入口の鈴がなった。

 お客様だろうか?

 それとも……誰か相談員の人が戻ってきた!?

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