ローレンス精霊相談所は人手不足です

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第1話 箱の中の精霊

 "この箱を開けた者に光輝く財宝を。"

 目の前に置かれた小箱にはそんな一文が刻まれている。


 立方体に作られた小箱には蓋が無かった。

 クリーム色の表面には模様等といった飾り気も一切無い。

 ただ、真上から覗き込んで見える位置に先程の一文が刻まれていた。

 この一文のおかげで一応小箱だと分かるけど、無かったら謎のブロックの様な物と思ったに違いない。

 持ち上げてみると、小箱の中は空じゃないかと思うくらい軽い。片手でも余裕で持てるくらいだ。


 一通り眺めたりひっくり返すと、私は箱の持ち主に率直な感想を口にした。


「何この胡散臭いの」


「あ、リリエもそう思う?」


 私――リリエ=リリーの感想に、箱の持ち主である幼馴染ルル=テートは予想通りという顔をした。


 ルルが私の仕事場を訪れたのはお昼頃。

 休憩前だったので、「今日のランチはどうしようかな~」

 なんて考えながら受付の席に座っていると、玄関のベルを鳴らしながら彼女は入ってきた。


「ちょっと、精霊関係で相談があるの」


 そう切り出したルルを、とりあえず私は来客用のソファーに案内した。

 それから、飲み物を用意して持っていくと、ソファーに座ったルルはちょうど鞄をあさっているところだった。

 そして、鞄から出てきたのが目の前の謎の小箱だ。


「どうみても怪しい。これどうしたの?」


「パパが仕入れた商品に入ってたの。本人は知らないって言ってるけど」


 淹れたての紅茶に手を伸ばしながら、ルルは私の問いに答えてくれた。

 彼女が紅茶を口にすると、ふわりと甘い香りが辺りに漂う。


「……この紅茶美味しい! うちの店にも欲しいなあ。これどこのお店?」


「商店街の四つ葉堂。で、ルークさんが仕入れたのに知らないってどういうこと?」


 来客用の高級茶葉なので、香りも味も一級品だ。私が簡単にいれたものでも、それは変わらないらしい。

 商人の目になるルルを流しつつ、私は話を続ける。

 ちなみに、ルークさんとはルルのパパの名前だ。


 紅茶と一緒に出した焼き菓子を選びながら、ルルは事情を話し始めた。


「四つ葉堂ね。今度商品見に行ってみなきゃ……。で、小箱の話ね。ちょっと前に没落した貴族の資産が流れてきたから道具屋にいりませんか? って仕入れ先から連絡がきたんだ。それでパパが直接選びに行ったんだけど、これはその時買い取った商品と一緒に入ってた物なの」


 道具屋とは、ルークさんが経営するお店の名前だ。

 日用品、調度品、薬品等の定番品から、冒険者から買い取った謎のアイテム、魔術師の作った怪しいお守り等、道具屋に並ぶ商品は多岐に渡る。

 私も子供の頃からお世話になっている馴染みのお店だ。


「商品はまとめて木箱に詰めて持ち帰ったらしいんだけどね。この小箱、パパが知らないって言うんだよ」


 ルルの話によると、小箱は木箱の奥底にまるで隠れるように入っていたらしい。

 何これ? と、ルルが聞くとルークさんも知らない。買い取った記憶が無い。と、首を傾げるばかりだったそうだ。


「ルークさんって、買い取った記録とかしてないの?」


「ちゃんとしてたよ。なのに、この小箱が入ってたから不思議なんだよね。私も買い取りの記録見たけど、確かにこの小箱の記録無かったし」


 記録と照らし合わせて、ルークさんが買い取った物ではないのは確認済み。

 仕入れ先にも確認したら、そちらもこの小箱の事は知らないそうだ。


 木箱の奥底で見つけた誰も知らない小箱。

 小箱に蓋は無く、開け方不明。

 さらに、もの凄く胡散臭い謎の文章が刻まれている。


 うーん、聞けば聞くほど怪しい小箱。


「まあ、この小箱を手に入れた流れは分かった。で、この小箱をうちの相談所になんで持ってきたの?」


 確か、ルークさんは使用不明のアイテム(冒険者がダンジョンから持ってきた謎のアイテムとか)を手に入れた時は馴染みの鑑定士の所に持っていくはずだ。


「それがね、この箱の中に精霊がいるってが教えてくれたの。だから、相談所に調べてもらおうと思って」


 私の疑問に、ルルは自分の右肩の少し上の方に浮いた存在へと目を移す。

 黒い球体みたいな姿に瞳が一つ。

 瞳孔に幾何学的な模様が浮かんではくるくるとその形を変えていく。

 柔らかいボールの様な見た目はとても触り心地が良さそうだけど、残念ながら精霊には肉体が無い。

 もし、手を伸ばしたとしてもその手は空を切るだけだ。


 彼の名前は精霊サーチ。道具屋と契約している精霊だ。

 ルルはさーちゃん。と、呼んで可愛がっている。


「さーちゃん。小箱を調べてくれない?」


 ルルがお願いをすると、さーちゃんは音も無く小箱へ近づいた。

 さーちゃんが小箱へ目を向けると、彼の目から飛び出してきた光の帯が小箱を包み込む。

 すると、さーちゃんの黒い体はピカピカと明滅を繰り返し、ビービーと警報音の様な声を辺りに響かせた。


「ね。さーちゃんの精霊探査エレメントスキャンがこんなに反応するってことは間違いなくこの小箱の中に精霊がいるんだよ」


 光り輝くさーちゃんを前に、ルルはどこか興奮気味だ。


 精霊には特殊な特技スキルという能力がある。

 精霊サーチの特技スキルは、精霊探査エレメントスキャン。他の精霊を見つける能力だ。

 精霊を見つけると今みたいに体を光らせて、警報音に似た大きな声で知らせてくれる。


 その精霊索敵能力の高さに対し、低ランクのため契約がしやすく、そのため防犯の意味で契約する人も多い。

 警察の防犯課でも推奨されている精霊の一つだ。

 ……って、この前読んだ図鑑にのってた。


 さーちゃんがこれだけ反応するということは、小箱の中には間違いなく精霊がいるはずだ。


「なるほど。確かにこれは相談所案件だね」


 ルルの話を聞いて納得する。

 なにせ、私の仕事先の名前は『ローレンス精霊相談所』。

 名前の通り、精霊に関わる相談を解決するのがうちの会社の仕事だ。


「……となると、ちょっと間が悪かったねルル」


「うん。まさか、相談員の皆さんが全員外出中なんてね……」


 肩を落としたルルの視線の先は、私達が座っているソファーから見える奥の部屋へと向けられていた。


 相談所は、来客を招くスペースと相談員の机が並ぶ部屋とで繋がっている。

 そのため、誰が在席中かすぐ分かるようになっている。

 現在机の前に座っている人は残念ながらゼロだ。


 相談員達は全員依頼解決のため外出中。いるのは留守番の私一人だけ。

 後は、所長が拾ってきた未契約の野良精霊が机の上で日向ぼっこしてるくらいだ。

 本当に間が悪い。


「今日中には帰ってくると思うんだけど……。ごめん、いつ帰ってくるかはちょっと分からないな」


「うー……。電話で予約入れとけば良かった」


 私の言葉に、ルルはため息をついた。

 相談所から道具屋は馬車に乗ってもそれなりに時間がかかる距離にある。暗くなってから帰るのは大変だ。

 そもそも、そんな遅くに帰すなんて一人娘を溺愛するルークさんがとても心配するだろうし。

 これは、小箱は預かって結果を後で知らせた方がいいかな。


 なんて考えていると、ルルはいい事を思いついたという表情で私を見た。


「……そうだ! それならリリエが調べてよ」


「はあ!? 私精霊については素人なんですけど。無理無理!」


 私、ここに入ってから受付とか事務処理くらいしかしてないんですけど!


 精霊専門の相談所に就職したとはいえ、私は相談員ではなく急募の事務員として入った身だ。

 そりゃあ、就職したからには少しずつ勉強中だけど、それだってまだ半年もたってないし。

 精霊についての知識はまだまだ素人に毛が生えたくらいだ。


 そんな私の反応を流しつつ、ルルは紅茶を一口飲むとにっこり笑う。


「でも、リリエはでしょう? 魔術師としてなら、何か調べることができるかもよ?」

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