第17話 成長か、それとも焼失か。


 明日を入団テストに控えた今日、ジークとパルテアは武器屋に来ていた。

 市場調査は昨日のうちに終わらせているので今日は予め決めている店に出向いて必要なものを買うだけだ。


「この短剣にします」


 パルテアは早々に目的の物を見つけて支払いに移る。安物ではあるが切れ味の良い短剣だ。長剣は予め少し値の張る物を買っておいた。使い捨てではなく、メンテナンスをしながら長く使うためだ。


「んー」


「まだ決まらないのですか?」


「あぁ、ずっと考えてたんだが、どうにもしっくりくるものがなくてな」


 剣も槍も弓も、どれを見ても納得のいくものが見つからない。剣はパルテアに教えて貰っていたのだが、しっくりこないのだ。


「才能が無いのかねぇ」


 だからと言って諦めるつもりは無いが、やはり自信は落ちる。


「ん?これって…」


「あぁ、腕につける甲冑ですよ。剣を握る者は腕を狙われやすいですからねぇ」


「なぁ、なるべく装甲が薄くて硬い奴ってあるか?」


「また難しい注文ですね」


 パルテアは樽の中を漁りながら目的の物を探す。

 家庭の事情でそれほど高い物は買えないため、安売りしているものから探すが、そんな都合の良いものは見つからない。


「んー、あ、これとかどうですか?」


 銀色のプレートと黒い布、シンプルだが機能性に優れたガントレットだ。

 ジークも腕に嵌めてみるが特に違和感は感じない。


「うん、良さそうですね。

 では剣を選びましょうか」


「いや、いい」


「え?」


「おっちゃん!会計頼めるか?」


 ジークはパルテアから渡されたガントレットと自分で適当に選んだガントレットを持って無愛想な店主へと向かう。


「ちょっと、ジーク?剣はどうするんですか?」


「要らない。しっくりこないもん使ってても邪魔になるだけだ」


「いや、確かにそうかもしれませんが、ガントレットだけ買わなくとも…。いや、え、もしかして…」


「そのもしかしてだ!」


 ジークはニヤリと笑らって店主に数枚の銅貨を投げ渡してから武器屋を出る。


「ちょっと行ってくるわ。買物は任せていいか?」


「いいですけど、大丈夫なんですか?!入団テストは明日なんですよ!?」


「何としてでも間に合わせるさ」


「いや、でも体力は万全にしておかなくちゃ肝心な時に動けなくなりますよ!」


「俺には時間が無いんだ。前に進んでるだけじゃ駄目なんだよ。走らなくちゃ、全力で。失ってからじゃ遅いんだから」


 そう言ってジークは走り出す。

 向かうは王都内にある森の中、自然溢れた公園のような場所だ。


 先ずは走り込みだ。

 全ての始まりは基本から。ジェームズから教えられた唯一の事だ。技を磨くにしても生み出すにしても基本ができていないのならただの付け焼刃、すぐにボロが出る。


 走り込みを三時間ノンストップで行い、十分休憩する。その後はひたすらガントレットを付けて拳を振るう。


 ジークが選んだ戦い方は肉弾戦だった。

 剣も槍も弓も、しっくりこないのならば一番しっくりくるものを使って戦う。


 時間が無い。何百回、何千回と拳を振るい、ガントレットを付けた状態を拳に馴染ませていく。短い時間、やれる事を死ぬ気でやる。いや、実際やれなかったら死ぬ。


 納得できるまでひたすら拳を振るい続ける。

 狼が突っ込んでくるイメージを持って、どこで避けるのか、どのタイミングで受けるのか、カウンターはどうするのか。本で読んだ狼の知識と動きをイメージしながら考える。


 思考を止めるな。無意味に拳を振るうな。


 ある程度形ができたら木に打ち込む。安物のためクッション性が低く衝撃が直接腕に届く。


「あ゙ぁ゙ぁ゙!いってぇ!!クソ、全力で振るわなきゃ訓練にならねぇぞチクショー!」


 ジークは何かないかと辺りを見渡すが公園内には何も無い。


「…いや、ある。雑草だ。クッション性が少しでも上がるんだったらなんでもいい!」


 ジークは雑草をガントレットの中に詰めて再度大木に拳を打ち込む。雑草が潰れてクッションの意味をなさなくなれば取り替える。


 そうしてジークはひたすら大木に向けて己の拳を振るう。



 ▼▼▼


「ハァハァハァハァ…」


「辛いかな、ジーク」


「ジェームズ、か。…つら、く。なんか、ねぇよ。ハァハァ、辛くなんか、ねぇんだ。はぁー、ふぅー、あの時に比べたらな」


 いつの間にか空は星空に彩られていた。

 入団テストは明日、未だに満足のいく形にはなっていない。


「その拳、相当無理したようだね」


「ははっ、パルテアに魔法を見て貰ったことがあってな。魔素を取り込む事はできたんだが魔法の出し方に変な癖があんのか、上手くいかねぇ。なら上手くいかねぇまま進むしかねぇだろ」


 ジークは腕を真っ直ぐ前方に向ける。


「本来魔法っての持続的に魔力を消費していくものらしい。だが俺の場合は使いたい魔法に対して瞬間的に魔力を消費するみたいだ。だから炎を出そうと思っても━━━━━」


 ジークは魔力を掌に書かれた魔法陣に集中させる。

 本来ならそれはパルテアが最初に見せた炎のようにいかなければならないのだが、ジークは掌で小さな爆発を起こして消滅する。


「━━━━こうなっちまう」


「瞬間的な魔力消費。君の場合、魔法の開始から消滅までスピードが極端に早いのだな。そして、それを戦闘に取り入れた結果がこれというわけか」


 そう言ってジェームズは傍らに倒れている大木へと視線を向ける。切られた訳では無い。断面を見ると爆発でも起こしたようにボロボロに崩れており、焦げていた。


「手に来る爆発のダメージが酷いからそんなに使えねぇけどな。それより何しに来たんだ?」


「あぁ、届けものだよ。アレクシアからだ」


 ジェームズはそう言ってジークにバスケットを渡す。中にはパンやクリームなどが入っている。


「夕食までに帰って来なかったこと、覚悟しておいた方がいいかもね」


「は、ははは…」


「それと伝言だ。『くれぐれも無茶だけはしないでください』だそうだ」


「はぁ、シア姉は相変わらずだな。わかったよ。くれぐれも無茶はしない、そう伝えておいてくれ」


「君達、私を伝書鳩にしないでくれるかな?」


 ジェームズはため息を吐いてからその場を去る。


 冷たい風がジークの前髪を揺らす。

 ガントレットに雑草を詰め直して腕にはめて拳を握る。


 剣、槍、弓、狼、色々なものが自分を殺そうと迫りくる。それらを躱し、ガントレットで受け、時には身体で受ける。

 そして隙を見つければ拳を叩き込む。


 腕にずしりと重い衝撃が走る。


 何度も拳をぶつけ、それでも思考を止めず、ひたすら腕を振るう。敵に近づくステップを踏み、瞬間的な前方への突進速度を上げる。


 後ろに下がり、突っ込んで拳を叩き込む。


「ハァハァハァハァ…」


 次第に周りが明るくなっていくのを感じながら拳を振り上げる。


「ラ…ストォォオ!!」


 全力の拳が大木に打ち込まれ、大木は音を鳴らしながら太い幹に入ったヒビを大きくしていく。

 大木が傾き、重さに耐えられなくなるとヒビが切れ目に変り、大地に崩れ落ちる。


「終わったか。きゅ…けい、だな」


 もう足に入る力をなくしたジークはそのまま大木と同じように大地に崩れ落ちる。

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