最終話 拳を振るいたまえ、望みのためにね
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だっつーの。気にしなくていいから話しかけないでくれ」
入団テストへと向かう馬車の中、パルテアは全身ボロボロのジークを見て顔を歪ます。身体中に包帯を巻き、目に濡れタオルを当てながら眠る姿は、とてもこれから戦地に向かう姿ではない。
武器屋から飛び出した時、止めていれば良かっただろうか。でも、止めたら絶対怒るだろう。まだ短い時間しか接していないがジークの人となりはわかってきた。
「はぁ、わかりましたよ。サポートはしますから」
「おう、頼む」
たった一日の努力じゃ何も変わらない。
例え死ぬ程の努力をしたとしても、それは進んでいるかもわからない小さな一歩。本当の強さとは日々の努力だ。
きっとそれはジークだってわかっている。たった一日の努力じゃ強くはなれないと。
しかし、今のままじゃパルテアにおんぶにだっこだ。例え小さな一歩でも、進めるのならば迷う余地などない。
入団テストが始まる地、プルミエ平原近くの農村に到着すると既に数人の入団候補者が集まっていた。
「よし、集まったな。それでは入団テストを行う」
入団テストを監督するのは四人、ラムアはいないようだ。
「依頼内容は依頼書に記述してある通りだ。それでは始めろ」
説明は少なく簡素だった。
それもそうだろう。本来の依頼ならば説明などされないのだから。
パルテアは既に甲冑を着込んでいる。装甲が薄い安物だが、細く滑らかな曲線が特徴の甲冑だ。
左手に盾、右手に剣を持ち、頭にも兜を被っている。
「作戦は読んできましたか?」
「あぁ」
ジークも腕にガントレットを付ける。
これはパルテアが選んだ甲冑だ。薄いわりに固く、クッション性もある。ジークが適当に選んだガントレットとは大違いだ。
「プルミエ平原に隠れられるような場所も、壁もありません。狼は回り込んで首を狙いにくるので囲まれたら背中合わせです」
「あぁ」
「それと今回はあくまで依頼内容の達成が勝利条件です。目の前の敵にばかり注意を向けて横から抜けられぬようにお願いしますよ」
「あぁ」
ジークはパルテアの説明に短く答える。
聞いていない訳ではない。集中しているのだ。この中で一番弱いのはジークなのだから。
▼▼▼
「チッ、テメェも来たのかよ」
「教え子の晴れ舞台だ。来ないわけがないだろう?それに、ジークに預けた物を返してもらわないとね」
プルミエ平原の農村で入団テストを見に来たラムアのもとにジェームズが近寄る。
「仕事をほったらかして物見遊山かね?羨ましい限りだよ!」
「人をおちょくる時だけ生き生きすんじゃねぇよクソジジイ!ったく、今回は特別だ。優秀な若手が揃ってるみてぇだからな」
「ほう?」
入団テスト参加者は全員で七人。
確かに場数は踏んでそうな者達だ。
「まぁ入団テスト受けるやつなんて自信があるか自分の実力を過信してる馬鹿のどっちかだからな。それより良いのか?テメェの教え子、ボロボロだぞ。何したか知らねぇが一朝一夕で強くなんてなれるわけがねぇ。燃え尽きて死ぬぞ、アイツ」
「それを決めるのは彼だよ。私としては生きようが死のうがどちらでも構わないさ」
「テメェ、本気で言ってんのか」
ラムアが刀に手をかける。
「ここでやるのかね?私は一向に構わないが、死人が出ることになりそうだ」
「どちらでも構わないってどういう事だ。死んだとしても知らねぇってか!」
「強くなりたいと言ったのは彼だ。私はその歩みを止めるつもりはないよ」
「ふざけんじゃねぇ。正しい道を示さねぇで師匠面してんのか!」
「師匠らしいやり方などに興味はない。ただ、そうだね。ラムア君がジークを止めようと動いた時、私は君を殺すとしよう」
「それがテメェの師匠としてやり方か?!」
「彼の歩く道は生半可な覚悟じゃ歩けない道だよ。ここで死ぬようだったら、ここじゃないどこかですぐに死ぬ。そういう道だ。そういう道を彼は選んだ。それは彼自身が一番よくわかっている」
「アイツが望んだってのか」
ラムアは刀から手を離す。
あの少年がそういう道を自ら選んだのだとしたら外野が口出しすることじゃない。だが、教え子が死ぬかもしれないって時に、どうでもいいと簡単に切り離せるこの男だけは気に食わない。
「死ね、クソジジイ」
「残念ながら!!死ぬ予定など入ってないね!」
▼▼▼
「うぐっ!!」
「ジーク!」
「背中合わせっつったのはテメェだろうが!前向いてろ!!」
狼は大きな波となって森から飛び出してきた。飢えた牙を涎で濡らしながら、突進してくる狼達に対して、候補者達は冷静に対処をしていく。
そこには弛まぬ努力と多くの場数を踏んだ経験者特有の動きが見える。
それに比べてジークの動きは拙い。
頭でイメージした動きに身体が追いついていない。
ちくしょう!身体が思うように動かねぇ。
体力を消耗し過ぎたか?
いや、やってなかったらどの道死んでんだ。届かなかったものに、指先一つ届いたんだ。
小さな一歩だがよぉ。俺にとっちゃ重要な一歩だ。
俺は横から突っ込んでくる狼に対して左腕で受けて右でぶん殴る。
受けるだけじゃだめだ。払い除けねぇと!
頭ではわかっているが実際の行動は違う。狼の突っ込んでくる軌道を頭でイメージしながら腕を伸ばす。
首を掴み、噛まれないように流す。全ての狼に拳を叩き込んでちゃ間に合わない。拳を打ち込む時は余裕を持って力を入れる。連撃の繰り返しじゃどうしても力は落ちる。
狼の一匹が横合いを抜けようとその場を離れる。
「ジーク!」
「わかってる!!」
突っ込んできた狼を裏拳で吹き飛ばし、全力で横合いから抜けようとしてくる狼に拳を叩き込む。
「ジーク!」
後ろから首を狙うために飛び込んできた狼だったがパルテアに斬り殺される。
「すまねぇ」
「いや、遠距離攻撃を持たない僕達にとって仕方の無いことです」
「チッ、パチンコでも練習しとくかな」
「複数のものを追うと何も得られませんよ」
「んな事わかってる!」
狼に拳を叩き込みながら再度パルテアと背中合わせになる。
「それにしても量が多いですね。
事前の調査で確認した狼の群れの頭数を大きく超えています」
「異常事態発生ってやつか?」
「だからと言って諦めるつもりはありませんよ」
「もちろんだ」
つっても、正直厳しいな。
戦闘の長期化は俺にとって痛手でしかない。もう殆ど腕も上がらねぇ。さっきから拳を振ってるだけで力が入ってねぇな。
「だが、まだ動ける」
突っ込んできた狼の顔面に拳を叩き込む。
狼の鼻が潰れ、鋭い歯を砕きながらぶん殴る。
力はいらねぇ。突っ込んでくるタイミングに合わせて拳を叩き込めば致命傷は与えられる。
「よし、これで……、がっ!」
突っ込んできた狼に気を取られて別の狼に足を噛まれる。
「やべっ」
足を噛まれ身動きが取れない状態の中で狼達が涎を垂らしながら駆けてくる。
「…あぐっ、ガァ!!」
右腕、左足、右腿、左肩に狼の牙が食い込む。
「ジークッ!!」
「構わねぇ!」
どの道、実力の無い俺はこれをやるしかなかった。代償ならいくらでも払うさ。
俺は
「喰らえや犬っころ!」
ジークの周辺が爆発し、黒煙が辺りを包む。
パルテアは爆発の余波に巻き込まれながらもギリギリのところで地に足をつけて耐える。
「うぅ…ぐっ、ジーク!!」
「ぐっ、カハッ!うっごほ!ゴホゴホ!」
ジークはボロボロになりながらも黒煙の中から飛び出す。
「大丈夫ですか!?」
「正直、頭ん中グラグラで全然大丈夫じゃねぇな。それより、全員巻き込んだか?」
「わかりません」
黒煙を注意深く警戒していると三匹の狼が飛び出してくる。
「ははっ、だよな。そう簡単にいくわけねぇよな」
ジークが起き上がろうとするがパルテアが抑える。
「止めてください!あとは僕が相手しますから」
「俺もやる。さすがにパルテアでも三匹同時で俺を守りながら戦うのは無理だろ」
「死にますよ!!?」
もうジークの身体は動かない。過度な訓練と休み無しの戦闘で立ち上がれる力など残っていないはずなのだ。
「死なねぇよ。死ぬ事はできねぇんだ。俺は」
死んだら、アイツらを守れない。
パルテアが飛び出し狼を斬り裂く。盾で受け、ジークへと近づかせまいと奮闘するが、やはり横合いを抜けてジークへと向かう。
「ジークッ!!」
迫り来る狼に対して、ジークはニヤリと口角を吊り上げる。
パルテアが突っ込んで少し時間を稼いでくれた。
やり方は教わってある。
あとは引き金を引くだけだ。
鳴り響く銃声。
ジークの持つマスケット銃の銃口から実弾が飛ばされ、狼の頭を吹飛ばす。
銃声のあと、辺りは狼の血肉と入団テスト候補者の荒い息遣いで満たされる。
「ジーク…それは…」
そんな中、パルテアはジークの持つマスケット銃を見て、ポツリと呟く。
「俺は負けられねぇし死ねねぇ。そのためなら手段なんて選ばねぇよ」
そう言ってジークは地面に倒れ込む。
「あー、疲れた」
「お見事です。お疲れ様でした、ジーク」
倒れ込むジークに近寄りパルテアはジークと握手を結ぶ。
入団テスト。
プルミエ平原に出没する狼の殲滅。
参加者七人。農村への被害無し。
依頼達成。
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