第15話 少し寒くないかね?


「ラムア・ランヴェルスマン、貴方はこのギルドの長、ギルドマスターです。そんな立場である貴方が仕事をほっぽり出して遊んでいるとこのギルドの品格に関わります。わかりますね?」


 会議室でラムアが正座させられている。

 この女性はギルドの受付として働いている女性だそうだ。まぁ、先程の魔法を見ればただの受付係でないことはわかる。


「いや、俺仕事してたし、入団テストしてたし」


「限度があります。貴方ほどの実力者であれば、あの鍛錬場は簡単に崩れます。それを紅正まで出して魔力解放とか馬鹿ですか?一回死んだ方が理解できますか?」


「そうだぞ馬鹿者」


「テメェ…」


 いやぁ、それにしても愉快、愉快。まさか相手をしていたのがギルドマスターだったとは!

 最後は少し焦ったが死ぬほどじゃない。


「チッ、嫌な野郎だが合格だな。その実力ならベヒモス級だろう。受け取れ」


 そう言ってラムアは銀色の小さなプレートが付けられた首飾りを私に投げる。


「ベヒモス級、てっきり私はバハムート級にするのかと思いましたが…。マスターと並ぶほどの実力者なのですよね?」


「いや、ラムア君は私の実力を正確に把握しているよ。私の戦闘は効率的に相手の頭に銃弾を撃ち込む戦い方でね。人間以上の大きさと硬さを持つ魔物には手も足も出ない」


「しかし、対人間であるならバハムート級のマスターを殺せる能力があると」


「おい、俺死んでねぇぞ」


「ご自身が一番わかっているでしょう。ジェームズさんが放った最後の銃弾。私が止めなければ寸分狂わずマスターの頭を貫いてましたよ」


 ほう、頭に届いていたのか。

 最後の銃弾は勘だった。爆発弾で相手を飛ばして距離を作ったまでは良かったが土煙で見えなくなってしまったのだ。

 仕方なく頭の中でラムアが壁にぶつかり崩れ落ちるまでのイメージを働かせながら雷の属性を付与させた魔弾を撃ち込んだ。


 ラムア君の頭に届いていたのだとしたら、私の腕もまだまだ落ちていないということだな。

 だが私の攻撃は殺人に特化し過ぎている。ゆくゆくはドラゴンに通用するほどの魔弾を開発しなければならない。


「さて、予定は狂ったが見事飛び級は果たした。私は帰らせてもらうよ?」


「はい、対人間の依頼を用意しておくので受付では私を指名してくださいね。私はアリス・アムールです」


「ん?あぁ、わかった。その時は世話になろう」


 私はアリス君と握手をしてからギルドを出ていく。

 夕食には間に合うだろう。空はゆっくりと赤色に変化していっている。


 それにしても寒い。

 アリス君の魔法を受けたからだろうか。アリス君に見られると何か薄ら寒いものを感じる。流石は氷の使い手だ。


 今日は学べた事も多い。

 私は上機嫌で宿屋に帰る。



 ▼▼▼


「チッ、マジで人間相手だとチート級だな。マジでミスしねぇ」


 まず回避能力が高すぎる。受けるか避けるかの見極めが常人を超えている。その上での観察眼だ。時間を掛ければ掛けるほどコチラの攻撃は見切られていく。蜘蛛の巣に絡め取られていくような気持ちの悪い感覚。この恐怖に負ければ焦って攻撃してしまい首を取られる。


「アリスも気をつけろよ。あのクソジジイ、マジで強えからな」


「はい、本当に素敵な方ですね」


 ………………………あれ?


「お、おい、アリス?」


「あの気品に満ちた立ち姿、柔らかな眼差し、思慮深さを感じる口髭、重く、でも柔らかな声。はい、本当に素敵な方です。ジェームズさん」


 あのアリスが。今まで何十人の男性に告白され、その都度断ってきたアリスが。鉄仮面と呼ばれ、笑った顔を見た事がないと言われてきたアリスが。

 今目の前でうっとりしている。まるで恋する女性かのように。


「……え?マジで?」


 なるほど、今まで数多くの男の告白を断ってきたのは全員眼中に無く、アリスは好みのタイプはナイスミドルな渋い老人だったと…。

 なるほど、なるほど、いや、いくらなんでもストライクゾーン狭過ぎだろ。

 今まで告白してきた男達が哀れすぎるぞ。


「あぁ、あの方に抱き締められたい、そして耳元で、今夜は逃がさないよ、などと言われたら私は断れるでしょうか、いいえ、無理です。即ベットインです。あぁ、素晴らしいです。それにしても私を指名してくださいなどと言ってしまいました。大丈夫でしょうか?はしたない女だと思われたでしょうか?でも、でもでも、彼はお世話になりますと、言ってくださいました。であれば指名してくれるはずです。なんて心優しい人なのでしょうか。いや、心優しいだけじゃない。笑顔の端々に見える悪戯っ子の少年のような笑みもたまらない。真面目な顔だってそそります。マスターに銃弾を撃ち込んだ時の顔、あの恐怖を感じる程の冷徹な、しかし凛々しく鋭い横顔。あぁ、もうずっとあの人を感じていたい。これはもう家に帰ってジェームズさんの氷像を作る他ありません。丸一日、いや、1ヶ月掛けてでも精巧に作るのです。それでもジェームズの素晴らしさの一端にも届かないでしょうが、それでもやるのです。これは天から試練。ジェームズさんの素晴らしさを作り出すという神の試練なのです」


 ………………………誰この子?


 誰だよコイツ、あのアリスか?目が血走ってんだけど。瞳孔開きっぱなしなんだけど。

 これ、巻き込まれる前に逃げた方がいいな。


 俺はブツブツとマシンガンのように独り言を口走っているアリスからこっそり逃げる。


「まさかアリスが、あんな性癖を持っていたとは。これ、ギルド員達に知れ渡ったら男達の精神が崩壊するな」


 俺はこっそりギルドから抜けようとするが首を掴まれる。


「聞いてください。マスター。ジェームズさんの素晴らしさを」


「助けてください。もうジェームズでも誰でもいいから俺を助けてください」


 俺はアリスに会議室へとズルズル引き摺られていく。他のギルド員から羨ましそうな顔で見られるが、睨み返しておいた。


 変われるなら変わりてぇよチクショー。


 それから俺が開放されたのは太陽が昇る頃だった。


「アリスの前でジェームズの話は禁句だな」

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