第10話 踏み出せるかな?


 ▼▼▼


 宿屋の一室、暗闇の中で布団が動く。

 まだ日も登らぬ真夜中にジークは布団から出る。皆を起こさないように音を立てずに部屋を出る。

 玄関まで来ると背後に人の気配を感じて振り返る。


「なんだ、シア姉か」


「こんな真夜中に何処行くんですか?」


「ジョギングだよ。走り込み。体力付けようかと思ってさ」


「…なんの為に?」


「……」


「馬車移動の時もジェームズさんの隣で走ってましたよね?ジーク、ずっと怖い顔してましたよ?」


「…そうか?」


「はい、そうです。わかりますよ。私達のため、なんですよね?」


「はは…わかっちまうか」


「わかりますよ。だってですから!」


「そう、か。そうだよな。シア姉はいつもそうだもんな。……うん。行くことにしたんだ。ジェームズさんの立っている所に。だからさ、安心しろよ?もう、二度と失わせない。もう二度と、シア姉を悲しませないから。アイツらもだ」


 ジークは靴を履いて玄関の戸に手をかける。


「ジーク、私は貴方を止めません。私も同じです。ジェームズさんを見て、このままじゃ奪われるだけだと感じました。それでも、私はそちら側に立とうとは思いませんでした。だから私はコチラ側で貴方達を待とうと思います。『善』でありながら『悪』に立つ貴方達の居場所になろうと思います。だから、帰ってきてくださいね」


 ジークは宿屋を出て街道を走る。

 強くなるために、もう二度と失わないために。


【君に足りないものは体力だ。何をするにしても先ずはこれだね。急成長は無い、とても地味な作業だが、頑張りたまえ!】


「ハァハァハァハァ……!!!」


 街道を走り、予めジェームズに言われたルートを走っていく。

 街道から外れ、港の方へと走る。いくつもの倉庫を抜けて角を曲がると、血の匂いがする。


「ハァハァ…。なんだ、この匂い」


 匂いのする方向へと進んでいく。


「ここか?」


 倉庫と倉庫に挟まれた細道を通り抜けると死体の山があった。近くにはジェームズが立っている。


「なっ!…こ、これって…」


「ん?ジーク君か。待っていたよ」


「ジェームズさん、あんた一体何を…」


「彼らは奴隷商人の仲間のようだね。君達を狙ってきた組織の刺客、と言うやつさ」


「組織の刺客…」


「ジーク君、君に問いたい。こちら側に来る覚悟があるかな?」


 ジークは思い出す。

 ジェームズに言った言葉を。


【覚悟、いや違うな。覚悟があるなんてわかんねぇ。途中で弱音を吐くかもしれねぇ。でも、大切なものを守る意思だけはたがわねぇ】


 そんな言葉じゃ足りなかったみたいだ。

 ジークは目の前の惨状を見て思う。


 覚悟があるかどうかわからないとか、弱音を吐くかもしれないとか、『もうそんな事言ってられないんだ』。

 どんな苦しく辛い事でも無理矢理持つしかないんだ。どんな理屈でも必要なんだ。弱音を吐かず、迫り来る恐怖に耐え、進む覚悟が。


 ジェームズの立っている場所が遠く感じる。


 倉庫が太陽の光を受けてジェームズの立っている場所に影を作る。


 その影に入ると、もう戻れない気がした。


 決めた、決めたんだ、俺は。もう二度と失わせないと。


【帰ってきてくださいね】


「居場所は、あるな。戻れる場所はある。無くしたりなんかしねぇ大切な居場所が俺にはある。はぁー、ふぅー、…よし。もう恐怖はねぇ」


 ジークは迷いなく踏み出し、影の中に入る。

 ジェームズの隣に立つ。


「覚悟はあるよ。今できた」


 ジェームズはニヤリと悪どい笑いを見せる。

 ジェームズは敵から奪い取った短刀をジークに渡す。


 ジークは短刀を受け取り刃を立てて死体の頭に振り下ろす。皮を貫き骨が砕ける感触が手に這いずってくる。


「俺はコイツらを殺したい。俺達を奴隷にした組織を殺して、もう二度とコイツらに怯えることの無い生活をアイツらに与えてやりたい。組織を潰す。ジェームズさん、手伝ってもらえないか?」


「構わないよ。私もそれを考えていた。何より、面白そうだ」


 ジェームズは外套を翻して死体の山から離れる。


「帰ろうか、ジーク」


「あぁ、そうだな。ジェームズ」

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