第8話 紳士のように振る舞いたまえよ、君達。


「…………」


「何見てるんですか?」


「あそこの裏路地に老人が立っているだろう。彼から非合法な臭いがする。恐らく旅人から金目の物でも盗もうとしているのだろうね」


「何見てるんですか……」


 私はから視線を外して前に向き直る。

 王都に入ったのだ。

 石造りの民家が並び、大通りの端には屋台が立ち並び、大きな声で客を呼びながら接客している。王都と呼ばれる国王のお膝元は、その名に恥じぬような活気を見せていた。


 頭に耳がついた獣族や大きな槌を持ったドワーフ。そして街道には鎧や巨大な剣で武装したハンターと呼ばれる屈強な男達が多く闊歩している。


 アレクシアも王都の盛況ぶりにずれ落ちそうになる麦わら帽子を抑えて王都の景色を眺めていた。


「ようやく着きましたね!王都!数日だったとはいえ長い道のりでした!私達の泊まる宿は決めているんですよね?!」


 いつもはお姉さんキャラとして落ち着いた行動をするアレクシアも初めての王都なのかテンションが高い。それはジークやマリエも同じでカーテンの隙間から王都の街並みを覗き見ていた。


「もちろんだよ。数人の住民に話を聞いたところ『シュヴァル ドール』という宿屋が有名らしい。少々値は張ってしまうらしいが湯浴みもできるようだよ」


「湯浴み!?お風呂ですか?!魔国原産のお風呂!一度は入ってみたかったんです!でも良いんでしょうか?お金もそれほどありませんし…」


「確かに、奴隷商人から奪った貨幣には限りがある。ここで我慢するのも手だが、休息というのは大切なものだよ。私達はここまで村に立ち寄らず、真っ直ぐ王都に来た。ならばここは自分への御褒美だとでも思って泊まろうじゃないか。それにまだ過去から立ち直れていない子供たちもいるのだろう?これは彼らの為でもあるんだ」


 まぁ私が汚い宿には泊まりたくないだけだがね。

 だって嫌じゃないか。虫が湧いてくる宿屋なんて。


「そう、ですよ!これは御褒美です!疲れ切っている子供達にとっても良い影響を与えるはずです」


「そうだとも。それじゃあ早速『シュヴァル ドール』に向かおうじゃないか」





 ▼▼▼


「凄い、ですね。これは」


 アレクシアは『シュヴァル ドール』を見て口を開けて驚いている。

 く言う私も驚きだ。

『シュヴァル ドール』という宿。見た目がどう見ても日本旅館だ。


 馬車を止めて、私とアレクシアで中に入る

 入ってみると、やはり靴を脱ぐらしい。アレクシアは戸惑っていたが私の真似をして靴を棚においてスリッパに履き替える。


「魔国の文化を存分に取り入れた珍しい宿屋と聞いていたが、なるほど」


 魔国。どんな所かはわからないが、もしかしたら日本と同じような文化を持った国なのかもしれない。しかし、従業員が西洋風の顔で着物というのはどうにもミスマッチなような気がする。


 ま、私も西洋顔だがね!

 親は日本人では無いらしいが私は日本育ちだ。私の師が日本人だったからね!


 アレクシアと共に受付に向かい、少し広めの部屋を借りることにする。


「済まないが、長旅で体調を崩してしまった者がいる。先に布団を用意しておいてくれ」


「わかりました。ご用意しておきますね」


 従業員は笑顔で対応し、私達は子供達を連れて『竹』と書かれた部屋に通される。


「ジーク君、マリエ君、彼らを布団に寝かせてくれないかな?」


 二人に命じて憔悴しきっている三人を寝かせる。

 面倒見のいいマリエとアレクシアで濡れたタオルで彼らの体を拭いていく。


「大丈夫か?心まで壊しちゃいねぇといいが」


「わからないから。私達が支えなくちゃねぇ」


「そうですね」


「う、うん」


 彼らの容態を見て心配そうな顔を見せるのは、奴隷の中でも目に光を宿していた四人だ。


「君達は大丈夫そうだね」


「あぁ!ピンピンしてるぜ!」


 この四人は数日で大分回復した。肉体が疲労していただけで精神は強く持っていた彼らだ。肉体が回復した後は、すぐに三人の介抱を手伝っていた。


 活発でまだ幼さの残るヤンチャな性格の彼がテオルド・サン。

 子供達の中で一番身長が低く、感情が表情にでない彼女がリエル・ストレンジ。

 茶髪で笑顔がデフォルトの優男がパルテア・ナイト。

 薄い緑色の長髪でオドオドとしている彼女がルミエ・ハエレティクスだ。


「さて、宿屋に到着したわけだが、私の目的について先に説明しておこう。君達もこれからについて不安を感じている者もいるだろうからね。私の名前はジェームズ・マーガレル。世界最強の暗殺者にして、世界最高のアラフィフ紳士だ。私は旅人でね。道に迷ったところにアレクシアと遭遇して君達を不本意ながらも助けてしまったというわけだ。そして王都に向かい今に至るわけだが、ここで君達に問いたい。どうするかね?もし君達に居場所があり、帰りたいと願うのであれば仕方がない。助けてしまった者の義務と言うやつさ。その居場所まで送り返そう。居場所がないなら生活基盤が整うまで私と共に働いてもらう。私が君達を助けたのだ。それくらいの恩返しはしたまえよ。さて、どうするかね?」


 暗殺者と名乗っておきながら彼らの居場所に送り返すという見え見えの罠。そもそも居場所って言ったけど正確な場所は明言してないからね!

 子供相手にゲスいこと言っている自覚はあるが、気にしない。だって私が助けたのだ!生かすも殺すも私次第だしね!

 ふふふ、怯えるがいい!

 逃げれば死!受け入れれば生涯馬車馬コース!


 これぞ『悪』!紛うことなき『悪』!!


 クックック……フハハハハ、ハー…。


「マーガレルさん、僕達は貴方について行こうと思います」


 クソー、三段笑いキャンセルされたぞー。

 アラフィフ怒っちゃうよー!


「ここに来るまでの間、皆で話していました。僕達は貴方に救われました。ならば、この命、貴方のために使いたい。皆、気持ちは同じです」


 アレクシアといいジークといい、皆自分を大切にしたまえよ。私だったら笑顔で殺して金品奪って去るよ。こんな胡散臭いアラフィフなんて。


「そうか。ならば、君達のためにも頑張らなくてはね」


 私は壁に立て掛けていたステッキを取って外套を羽織る。


「少し用事を片付けてくるから、君達は湯浴みでもしてきたらどうだい?疲れが取れると評判らしいからね」


「お、お供します!」


「ありがとう、アレクシア。だが、気にする必要は無い。今は一刻も早く疲れを癒したまえ!」


 私はそう言って部屋を出ていく。

 さてと、面倒な仕事は早めに終わらせておこう。



 ▼▼▼


「こんな夜更けに何処へ行くのでしょうか?」


「散歩にでも行くんでしょ?おじいちゃんだからねぇー」


 アレクシアが心配そうにするがリエルは特に気にした様子はない。


「おい!ジーク!お風呂行こうぜ!お風呂!」


「わかったから騒ぐな。パルテア、着替えあったっけ?」


「運んできた商品の中に少しだけですがありますよ」


 男子三人は着替えを持って部屋を出る。


「私達も行こー?」


「そうですね。三人ともぐっすり眠ってる見たいですし、今のうちに入りましょうか」


「お、お風呂って皆で入るんですよね?」


「恥ずかしいの?ルミエちゃん?」


「ひょっ!ひょんなことないですよ!?」


「噛んでるし」


 アレクシアはどんどん素に戻っていく仲間達を見て自分の心がぽかぽかと暖かくなっていくのを感じる。


「さ、行きましょう!お風呂!」


 アレクシアは笑顔で皆の手を引っ張る。



 ▼▼▼


「あ゙ぁ゙ぁ゙、いいなー、これ。疲れが取れる」


「ですね。少し傷に染みますが、なかなか気持ちいです」


 パルテアの背には鞭で打たれた傷がついている。男は労働奴隷として使われる事が多く、身体に傷を残す者は多い。それにはジークやテオルドも例外ではない。


「こんな贅沢は今のうちだな。せいぜいゆっくりと味わおうぜ。それより、テメェ何してんだよ」


 ジークは呆れた顔でテオルドに視線を向ける。

 テオルドは女湯と男湯を隔てる壁の前で何やらゴソゴソやっている。


「何?何って穴を探してんだよ!この壁の向こうには楽園が広がってんだぞ!?向こうに行けなくとも、その一端を見たいとは思わないのか?!」


「アホらし」


「あははは、えーと、バレないように気をつけて?」


 流石のパルテアも笑顔を崩して困り顔だ。

 ジークはテオルドを思考から切り離して湯に肩まで浸かる。


「あ゙ぁ゙ぁ゙、いー湯だな」


 ▼▼▼


「暖かくて気持ちいです」


 アレクシアは身体から抜けていく疲労を感じながら湯に浸かる。


「おかしい、これはおかしい」


「ん?どうしたの?リエルちゃん」


「私、十六、アレクシア、十七、マリエ、十五、ルミエ、十四。年齢は殆ど同じなはずなのに…。なのにこの驚異の脅威の胸囲。格差を感じるッ!」


 アレクシアは多少控えめだが、スタイルがよく美しい。マリエやルミエは豊満で可愛らしく女性らしいスタイルを持っている。しかし、リエルだけは一番身長が低く、何がとは言わないがまな板だ。


「リエルちゃん、女性らしさというのは胸の大きさやスタイルの良さで決まるものじゃないですよ」


「そ、そうですよ!私なんて、最近、ふ、太ってますし…」


「むむ、それは強者の余裕。やっちゃえ、マリエ」


「よしきたーー!!!」


 マリエが腕を広げてアレクシアとルミエに抱きつく。


「いや、ちょ、何してるですか!マリエ!?」


「えぇ?!ちょっと、駄目ですよそこはー!!」



 ▼▼▼


「うるせぇよ」


 ジークは横から聞こえてくる女性陣の声に溜息を吐きながら立ち上がる。


「もういいのですか?」


「あぁ、十分堪能したわ。これ以上入ってると倒れそうだ」


「そうですか、僕はもう少し入ってようかと思います」


「そうかい……そこで鼻血出してぶっ倒れてる馬鹿は回収しておけよ」


「あははは、…わかりました」


 困り顔を崩して嫌そうな顔になったパルテアは渋々頷く。

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