第7話入国手続きは慎重に、だよ


「見えてきましたね」


 馬車を走らせて三日、ようやく森を抜けて広い平原に出る。見晴らしの良い丘からは横に果てしなく続く壁が見え、多くの道は大きな門へと続いていた。


「あれが王国の国境壁、そして境門さかいもんです。魔物からの侵入や敵兵の進軍を遮る壁ですね」


 魔物。聞き慣れない単語だが恐らく碌でもない存在なのだろう。

 私は馬に指示を出して境門に向かう。


「アレクシア、動けない子供達を荷物の後ろに隠しなさい。あと、なるべく身なりの良い服に着替えるんだ」


 アレクシアに指示を出して、私は通行証を取り出す。これは境門を通るために必要なものであり、これは自分達が信頼できる商人である事を門番に示すものらしい。


「ふむ、まぁしかし、そうだなぁ。用心は必要だろう」


 私は通行証と同時に貨幣の入った小さな袋を取り出す。


 馬車はゆっくりと開け放たれた門の前にたどり着き止まる。


「長い旅路、ご苦労だった!通行証を見せてもらおう」


 私は馬車の中を見ようと後方に回る門番の一人を視界の端に捉えつつ、門番に通行証を手渡す。


「どうぞ。それにしても、門番とは退屈な仕事ですねぇ。日中門の前で流れてくる馬車を見る毎日なのでしょう?私なら耐えられない」


「はははっ、確かにそう思う奴は番兵の中でも多いよ。でも俺はこの仕事に誇りを持っている。魔物や敵軍と1番最初に相対するのは俺たち門番だ。まぁ、場合によりけりだがな。危険な仕事ではあるが王宮で素振りばっかりしている騎士様達よりは、この王国を守っていると思っているよ」


「素晴らしい精神を持っているねぇ。よし、これはチップのようなものだ。受け取りたまえ。王国のために、これからの君の活躍を期待しているよ」


「ありが、あぁ?!結構入ってないかこれ?」


「気にしないでくれ、最近羽振りが良くてね。そのような心意気を語られてしまっては商人と言えど財布の紐も緩むというものだ」


「そうか、それほど持ち上げられてしまったら、より一層業務に励まなくてはな!」


「ふふふ、頑張ってくれたまえ、あぁ、通行証をもういいかい?」


「あぁ、馬車の点検も終わったようだ。通ってくれ」


 私は門番から通行証を受け取り、門をくぐって進む。暫く馬を歩かせ、城壁門が見えなくなった頃、私は我慢していたものを解放する。


「ぶあっはははは!!!!いやぁ、実に滑稽じゃないか!」


「どうかしたんですか?」


 アレクシアが窓から顔を出して不思議そうに首を傾げている。


「くふふふ、自らの仕事に誇りを持っている門番は憎むべき『悪』を通してしまった!あまつさえ、その『悪』に門番としての心意気を得意げに語ってね!!こういうコメディーサイコー!!私、ゾクゾクしちゃうぜ☆いやぁ、彼はまったく気がついていなかったな!私のミスディレクション!え?世界最強の暗殺者にして世界最高のアラフィフ紳士が一体どのような策を弄したのかだって?!ふむふむ、そんなに聞きたければ聞かせてしんぜよう!!私達は通行証を持っているが、この通行証は奴隷商人が持っていたものだ。偽物という可能性がある。そこで私は門番の注意を話に向けつつ自然な流れでチップを手渡した。最初にチップを渡さないのは突然渡すと賄賂か何かと疑われてしまうからね。そしてチップの量を多くして、そこに注意を釘付けにしておいてから通行証を回収する。こうすることによって門番は少しも通行証に注意を向けられず、偽物だとわからない!ふふふ、この一連の流れ!私の巧みな話術と腕が光っているだろう!!わかったかいアレクシア。この天才的私の頭脳…」


「あ、ジーク、タオルを水で冷やしておいて、この子、体調悪いみたいだから」


「わかったよ。シア姉」


「君達……。知っているかい?兎って寂しいと死んでしまうそうだよ?」


「ジェームズさんは兎ではないですよね?それより王都まではどのくらいなんですか?」


「国境壁は抜けたから、あと二日くらいだね。王都に着いたら情報収集だ。なかなかハードな日々になりそうだねぇ」


「……ジェームズさんは何処から来たんですか?」


「ふふふ、ナイショー!そうだねぇ。君達の知らない、とても遠くの世界、とでも言っておこう」


 私は馬に指示を出してスピードを少し速める。

 王都までもう少し、この世界の全容が見られるまで、あともう少しだ。

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