第6話 また一人、あゆむべき道を決めた若人が現れたよ


「彼がヨハン君かな?」


「はい」


 馬車の中には死体が転がっていた。

 死亡してからそれほど時間が経っていないため、まだ虫に食われていない。

 私達は慎重に彼の遺体を運び、ガラクタが入っていた木箱に入れる。


「彼が私のために鍵を盗んでくれたんです。私に生きていて欲しいと言って…。彼のおかげで私は奴隷達、いえもう奴隷じゃありませんね。ジーク君やマリエちゃん達を助けられたんです」


 金髪の少年ジークは少女の隣で泣いていた。ヨハンは少女と同じように奴隷になっている皆を励まし、ジークはヨハンに多く助けられたらしい。ヨハンを兄のように慕っていたそうだ。


 私達は森の奥に入り協力して穴を掘って木箱を入れて埋め直す。


「ヨハンさん、今はこんな事しかできないけど、また来た時はちゃんと花束、持ってきますね」


 アレクシアは立ち上がってコチラに視線を向ける。


「ジェームズさん。私は貴方に私の全てを奪われました。身寄りもいない御身、どうか好きにお使いください」


「クックック、そう固くならなくていい。私は君達を道具のように扱うつもりはない。人はどこまでいっても人だよ。そこを履き違えると彼らのようになる」


 私はそう言って奴隷商人が乱雑に埋められた場所へと視線を向ける。


「ヨハンさんの近くは、あまり良い気はしませんね」


「余裕ができたら掘り起こして本来彼の眠るべき場所に移し変えたらいいだろう」


「はい。行ってきます。ヨハンさん」


 私達はヨハン君の墓に別れを告げて馬車に乗り込む。


 私が馬の轡を握り、馬車を動かす。

 馬車は複数あったが、馬は逃がして馬車の方は崩して泉に放り込んだ。奴隷商人は裏の人間に繋がるものであり、余計な詮索をされると厄介なことになる為、隠すことにしたのだ。

 必要になるだろう荷物は予め移動させてあるが、少年少女が鎖で繋がれた狭苦しい馬車の中は荷物によって更に狭くなっている。


 背後の窓から馬車の中が覗ける。

 中ではアレクシアとジーク、アレクシアの友人であるらしいマリエの三人が元奴隷達の介抱を行っていた。例え鎖が解かれ自由の身になったといえど奴隷として働かせられ、想像を絶する苦痛を与えられた過去は消えず、心に刻み込まれた痛みが癒される事はない。

 元奴隷達の数は全員で十人。その中で動けるのはアレクシア、ジーク、マリエ。目に光を宿してはいるが肉体的に憔悴しているものが四人。あとの三人は目を見開き、ボーッと虚空を見つめているだけだ。


「果たして、どうなることやら…」


 地図を取り出して現在地を確認する。王国までの道のりが近いことはわかるが、それでも数日は必要だろう。


「まぁ、急ぐ旅でもない」


 私はゆっくりと馬を歩かせながら今日の出来事を振り返る。

 いつもの様に七時に目を覚まし、珈琲を飲みながらポストに入れられた何も書かれていない手紙を取り出して今日の依頼を確認する。依頼は麻薬密売に加担している警察組織の重鎮の暗殺だった。

 情報屋の知人に情報を売ってもらい、目標の行動を把握した後は目標が車で通り過ぎるまで銃を構えて待機という簡単な依頼、のはずだった。


「それが今や異世界にて少女を熊から助け、元奴隷達を馬車に乗せて馬の轡を引いているとはね。とても数時間の出来事だとは思えないなぁ。今でも夢を見ている気さえしてくる」


 馬を暫く歩かせていると日が沈み、空にたくさんの星々が輝き始める。私が住んでいた場所と星の数や輝きが違う。そして、何より驚きなのが白い満月の横に紅い満月があることだ。


「二つの満月とはね…。それにしても、美しいものだ」


 私は夜空の美しさに見蕩れてから、道を少し外れて馬車を止める。私は御者席から飛び降りて馬のリードを適当な樹木につなげてから馬車の後方に回り、カーテンを開ける。


「そろそろ休憩の時間だ。降りてきたまえ」


「私は彼らの看病が必要なので…」


「駄目だよ、お嬢さん。休憩は必要だ。精神的には耐えれても肉体の疲労は限界のはずだ」


「そうだぜ、シア姉。ここは俺達に任せてくれよ」


「で、でも…」


「大丈夫!ここは私達に任せてよ!」


 ジークとマリエに押されて少女は馬車を降りる。


「夜は冷えるからね。毛布を被った方がいい」


 私はテキパキと毛布を馬車から取り出し、木の枝を集めて焚火を作る。


「夕食にしよう。と言っても保存食しかないから美味しいものではないがね」


「ジェームズさん」


「何かな?」


「私の名前はアレクシアです。お嬢さんではなく、アレクシアと呼んでください」


 アレクシアはパチパチと気持ちの良い音を鳴らす焚火を見ながら静かにそう言った。目は微睡み、意識は半分睡魔にやられているのだろう。


「そうか、わかった。これからは君をアレクシアと呼ぶことしよう」


「はい、…私は、はい、…アレクシア、です」


 そう言って彼女はゆっくりと深い眠りに落ちていく。私は毛布に包まれたアレクシアを起こさぬように抱えあげて馬車に載せる。

 外は風が吹いているため馬車内のほうが暖かいと思ったからだ。


「それじゃあ私は見張り役でもやろう。ジーク君もマリエ君も休みなさい」


 マリエは私の言葉を聞き、大きくあくびをした後、毛布に包まれてアレクシアの隣で寝る。

 それを横目で見たジークはコチラに視線を移す。


「ジェームズさん、少し話があるんだが、いいか?」


「あぁ、こんな老人で良ければ話を聞こう」


 そう言ってジークは馬車から降りて、私と二人で焚火の前に座る。


「えぇと、あんたとそんなに話してなかったよな。先ずは助けてくれたこと、感謝してる。あんたがどんな目的で俺達を助けたかは知らねぇが、俺達があんたに助けられたのは事実だ」


 そう言ってジークは頭を地面に擦り付ける。


「もう少しで俺は、大切な人を二人も失うところだった」


「顔を上げたまえ、ジーク君。本題はそこじゃないのだろう?君の目に光が灯っている。それはアレクシアと同じ、決意の目だ」


「ジェームズさん、俺をあんたの弟子にしてくれ」


「それが君の本題かな?」


「あぁ、そうだ。もうこれ以上、目の前で大切な人が死んでいくのに指をくわえて見ているだけなんてゴメンだ!今度こそ、俺は、俺の大切なものを守る」


「私は『悪』だ。私の弟子になるということは私の『悪』の一端を君は理解し、扱わなければならないということだ」


「覚悟、いや違うな。覚悟があるなんてわかんねぇ。途中で弱音を吐くかもしれねぇ。でも、大切なものを守る意思だけはたがわねぇ」


「私は『悪』だ。生きている限り必ず悪行を行うだろう。アレクシアを巻き込んでしまうかもしれないねぇ。その時、君はどうするんだい?」


「知らねぇよ。俺は大切な人を守りたいだけだ。そうだなぁ。そん時はシア姉がジェームズさんをぶっ叩いて説教でもするんじゃないのか?」


 私はニヤリと意地悪な質問をしてみたがなんの面白味もない顔で答えられた。つまらん。


「はぁ、君はつまらんな。まぁいい、手駒は強い方が何かと便利であることは事実。私自身君達には何かしらの技能を身につけてもらおう考えていた。合格だよ、ジーク君。これからは私の一番弟子として仲良くしていこうじゃないか」


「ジェームズさん、胡散臭い顔してますよ」


「君意外と失礼な奴だなぁ!!元からだよ!コノヤロー!!!」


 暫く話をしてからジークは寝ると言って馬車の中に戻っていく。


 焚火に乾いた枝を放り投げて私は味のしない保存食を齧る。空を見あげれば幾億の星が輝いている。


 異世界迷い込んだ初めての夜は、とても静かで美しかった。

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