第4話 ここ、何処かね?


 血溜まりの上で私はゆっくりと息を吐く。


「クククク……フハハハ!ハーッハッハッハ!!!!これぞ悪役三段笑い!!!良いじゃないか!!隠居がどうだと考えてはいたが、まだこれだけ動ける!!今なら小躍りしながら全速力でピッツァを作れる!チーズたっぷりのトロットロのやつだ!見ていたかいお嬢さん。私の華麗な剣さばき、っていないーーー!!!」


 私はドヤ顔で少女立っていたであろう場所を見るが消えていた。慌てて周囲を見渡すと、どうやら馬車の中でゴソゴソ何かを探している。


「いかんな。私はアラフィフ紳士。常に冷静で大人の対応を心に刻み込まねば」


 私は高揚した気分を落ち着かせて少女に近寄る。

 少女は目的の物を見つけたのか、何かが書かれた怪しげな御札を二枚持ってくる。そして1枚を自分に、もう1枚を私に渡してくる。


「これを私に?ふむ、プレゼントにしては趣味が悪いな」


 失礼なことを口走りながら渡された御札を見ていると少女は御札を腕に貼る。そして少女が同じ事をするように私にジェスチャーをしてきた。


「だ、大丈夫かな?なんか怪しげな言語で色々と書かれてるけど呪われないかな?私、こう見えて幽霊とか呪いとか嫌いなんだがね。アラフィフと言えど苦手なものくらいあるさ」


 少女は首を振る。大丈夫という事だろうか?

 いや、私はジェスチャーをしていないのだから私の言った事が伝わった?


 不思議に思いながら同じように腕に御札を貼る。

 御札はまるで磁石のように腕に貼り付いた。


「ふむ、これでいいのかな?」


「はい、大丈夫です」


「おや?日本語が話せたのかい?」


「い、いえ、その日本語というのがどういうものかはわかりませんが、この御札は言語の違うもの同士が会話をするために作られたものだそうです」


 私は御札を見るが、そこから少女の声が聞こえている様には思えない。そもそも完璧な翻訳など私の知っている翻訳機では不可能だ。言語にはその国の文化も大きく影響しているため、軽い気持ちで発した言葉が相手の国では侮辱の言葉となっている事もある。それに方言だって存在するのだ。

 それをこんな紙切れ1枚で簡単に翻訳されるなどありえない。

 そもそも少女が発した音の波は何処をどのように通って翻訳され、私の耳に届いているのだろうか。


 私は目を鋭くして少女を見る。


「えっと、あの、どうされたんですか?」


 私は少女の口の動きを見る。

 私の耳に届いた言葉と少女の口の動きが合っていない。という事は彼女が使う言語は日本語とは別のものであり、どういうわけか正確に翻訳されているようだ。


「いや、少し驚いてしまったよ。まさかこんな紙切れ1枚で完璧に翻訳されて、私の耳に届いているなど。この御札、相当高いんじゃないかな?」


「いえ、地域や国によって違うとは思いますが、子供のお小遣いで買えるほどの値段だと思います」


「こ、これが子供のお小遣い?!?いや、すまない、取り乱してしまった。つまりこの御札は、駄菓子感覚で簡単に買えてしまうものなのかな?」


「はい、えっと、市場に行けば並べられていると思います」


 そんな市場がこの世界に本当にあるのだろうか?私は冷や汗を流しながら少女を見る。

 何故だろうか。私は今までに起きた事柄を思い出しながら嫌な予感をしている。


「一つ尋ねてもいいかな?君はここが何処だかわかるかい?」


「え、えっと、私が連れ去られたのは獣国の城下町で、そこから3週間は森の中だったので、えぇと、山道も通っていたし、…王国領内の近く、だと思います」


 私はだんだんと顔が青くなっていくのがわかる。

 奴隷商人の存在、見慣れない美しい森、鎖に繋がれた常識外の熊、不思議な御札、獣国という聞き慣れない国名、偽物とは思えない狐耳の少女。


「は、ははは、そうかい?わ、私は旅人でね?道に迷っていたのだよ!そ、そうか、王国の近くか。良かった、もうすぐゴールだ!!」


「えっと、あの涙が、大丈夫ですか?」


「これは、達成感の涙だよ。ゴール目の前にして感涙というやつだ。決して信じられない現実に気がついてしまった訳ではない」


 なんて事だ。いつの間にやら私は見知らぬ土地へと来てしまったようだ。しかも外国ではない、タイムスリップしたわけでもない。

 私が住んでいた世界とはまったく別の文化を持つ世界だ。紙切れ1枚で簡単に翻訳されて聞こえる不思議な御札。そんなものがある世界。しかし服や馬車などといった人としての文化というものは私の知る世界よりも古い世界。


「パルパルパルパルパルパルパルパル」


「え?!あの大丈夫なんですか?!?!」


「はっ!?いや、うん。大丈夫だとも、少し脳がイカれてしまっただけだ」


「本当に大丈夫なんですか…?」


 別の世界、異世界とも呼ぶべき場所にきてしまった私。しかし、よく考えよう。私は特に親しい友人がいた訳ではない。いや、いたような気もするが、生涯会えなくなっても困らない友人だ。それにここには私以外私を知る者はいない。面倒な暗殺者達に狙われる心配はないのだ。


「流石は私だ。状況を正しく認識することによって解決の糸口を見つけるとは…。それは解決ではなく諦観と逃避だと思った諸君!人生において時にはそういう思考も重要であると学びたまえ!!」


「えぇと、…はい?」


 現状を理解した私は荷物が積まれた馬車に入り、山賊の持ち物を物色していく。どれもこれも何に使うかわからないガラクタだらけだが、その中に1つ、丸められた羊皮紙を見つけた。

 広げてみると、どうやら地図のようだ。


「ここが王国、ここが帝国。ふむ、この御札は私の知らない文字も理解してくれるようだ。知らない文字のはずなのに理解できてしまっている。ますます気味の悪い代物だな」


 あまり持ち歩きたくないが私はこの御札がないと会話ができない。気味が悪いと言って捨ててしまうにはあまりにも便利な代物だ。


 私は地図をふところにしまって外に出る。


「さて、それじゃあ私は王国に向かうが、君はどうするのかね?」


 私はこの世界のことについて知らなければならない。故に王国に向かい、この世界のことを知り、金を集めつつ生活基盤を組み立てる必要がある。


 しかし、少女は別だ。

 恐らく少女は奴隷商人に捕まって商品として売られる運命にあったのだろう。そんな少女を私が助け、今に至る。

 一度助けたのだ。親がいるなら親のもとへ送り返そう。私にもそれくらいの大人としての礼節はある。


 少女は戸惑っていた。

 目を右往左往させながら、それでもゆっくり口を動かす。


「えっと、あのぅ、あ、あの子達を助けては頂けないでしょうか」


 その目には、弱々しくもハッキリと決意の光が灯っていた。

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