第3話 さて、昔のように動けるかな。


 森の中を真っ直ぐ進んでいく。

 ここは森の中で人が通る道などない。故に地面を見れば足跡が付き、木の枝を見ればナイフで切られたような綺麗な断面が見える。

 山賊のような男達を追うのは簡単な事だ。


 振り返れば、少女が震えながらも着いてきている。紳士として怖がる少女には手を差し伸べるべきだと迷いはしたもののコレは彼女が選んだ選択だ。

 私にそれを邪魔する権利などないだろう。


 暫く歩くと道に出る。雑草だらけで小石も転がっているほどまった舗装ほそうされていない道だが、馬車のわだちのような二本の線を見ればそこが道であるということがわかる。


「車、では無いな。線の細さと作られた溝を見ても馬車か、それに近い何かだろう」


 私は周囲を警戒しながら耳を澄ますと、左の方から男達の声がする。恐らく彼らは馬車に乗って移動しているのだろう。


「ハハッ、私はいつの間にかタイムスリップでもしてしまったようだ」


 しかし、狐耳の少女や巨大な熊などわからないことも多い。


「そのためには情報が必要だ。よし、先ずは対話から始めよう。人間とは平和的解決ができる生き物だ。お嬢さんは待ってなさい」


 私はそう言って少女を見るが少女は震えたまま決して手を私の服から離さない。少女の目線は絶えず声がした方向を見ている。

 恐らく彼らと少女は何か関係があるのだろう。先程も少女と出会ってすぐに熊に襲われ、銃声を聞きつけたように男達が現れた。


「この少女を追っていた?いや、ここで全てを決めつけてしまうのは早計というものだな」


 私は少女を後ろに隠したまま声の聞こえた方向に進んでいく。

 馬車はすぐに見えた。男達は馬車の前で色々話し合っている。いや、怒鳴り散らしているのだろうか?イライラしているように見える。


 彼らに近づいていくと男達がコチラに気づく。


「やぁ、皆さんこんにちは。私の名前はジェームズ・マーガレル。紳士マーガレルと呼んで欲しい。少し道を尋ねたいのだがよろしいかな?」


 私は姿勢を正しくして丁寧に腰を折って礼をする。

 初対面の者には挨拶と自己紹介を。マナーの基本だろう。


 しかし、帰ってきたの嘲笑の笑い声だった。

 彼らはこちらを見てまるで滑稽なものを見るかのように笑っている。


 わかっていたことだが、彼らも私の知らない言語を使うようだ。

 しかし、言葉はわからずとも嘲笑されているというのはわかるものだな。


 男達はニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらカットラスのような湾曲した刃を持つ刃物を取り出し、こちらに向けてくる。


「どうやら平和的解決は失敗に終わったらしい。いや、もともと対話は成立していないのだ。これは失敗ではない。うん、その通りだ。……ん?」


 私が一人で言い訳していると外套を後ろから引っ張られる。そして少女はある一点に視線を向ける。

 少女が現れたことによって男達は目の色を変えてコチラを睨み、唾をまき散らしながら叫ぶが、私は無視して彼女の視線を追う。


「なるほど…」


 山賊のような男達の目的と少女の正体がようやくわかった。それと同時に色々と調べなくてはいけないことも増える。


 少女の視線の先、そこは馬車の中だった。遮られたカーテンの隙間、そこには手足首を鎖で繋がれ、少女と同じボロ布を着た少年少女がたくさん閉じ込められている。


 私は素早くマスケット銃を取り出し弾を込める。

 男が叫びながらカットラス片手に飛び出してくる。男は余裕の表情だ。それはそうだろう。相手は老人、一裂ひとさきで泣いて詫びるだろうと。


「甘く見られたものだねぇ」


 次の瞬間、男の頭が爆ぜた。まるでスイカのように簡単に。赤い血液が生き物のように空間に飛び散る。


 男達に動揺が走る。

 しかしすぐに意識を切り替えコチラに突撃してくる。


「君達は奴隷商人か何かなのだろう?身なりは良くないが、恐らく一番後ろの身なりの良い男に雇われたのだろうね」


 男達は何度もカットラスを振るう。

 時に一人で、時に複数で連携しながら有無も言わせない連撃を披露するが届かない。誰一として老人の皮膚に届かないのだ。


「君達は『悪党』なのだろうね。しかし、流儀がない。例え『悪党』だろうと身だしなみには気をくばりたまえ。そして残念だ。私と君達とでは格が違い過ぎる。故に、殺そう。先輩として、『悪党』ではない本物の『悪』とはどのようなものかをね」


 私はステッキを振るう。するとさやが抜け刀身があらわになる。仕込み杖というものだ。

 避けられる攻撃は避ける。避けられない攻撃はステッキで受ける。殺せるタイミングを見つけたら殺す。殺したら死体を盾にする。それを見て顔を歪ませた者を殺す。それを数回繰り返して、本命を探る。残ったのは一番体格の良い男。泣いて許しを懇願する男に私は笑顔で許す。


 もちろん、許しているとも。

 君を許さなかったら私は私自身を許していないのと同じだからね。


 私は助かったと口角を吊り上げた顔にマスケット銃を向ける。

 森に銃声が響き渡る。


「許す許さないと殺す殺さないは別だよ、君」


 私は山賊の服でステッキに付いた血を拭き取り、さやにしまう。


「さて、どうだったかな。冥土の土産にしてくれたら嬉しいものだ」


 本物の『悪』とは、その者が行った所業の大きさや数によって与えられているものではないと、私は思っているよ。

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