第2話 これはまた、驚いたな



 綺麗な毛並みだった。とても偽物とは思えない、そもそもピクリと動いてもいた。

 本物と考えるのが良いだろう。しかし猫耳を生やす研究などしていただろうか?闇の世界でそれなりに生きてきたが、そのような非合法な話は聞いたことがない。


「申し訳ない。驚かすつもりはなかったんだ」


 私は落ち着いた声で語りかけるが依然プルプルと携帯のバイブレーションのように震えている。一切反応が見られないことから私の言語を理解していないように思える。


 次の手段を考えていると少女の背後から何かが現れる。私は強い敵意の視線を感じ、少女を無理矢理抱えて後ろに下がる。


 木々の隙間から現れたのは巨大な熊だ。とは言っても見た目が普通では無い。常識を超える大きさをしており、理性を無くしたような獰猛さが見える。

 なにより一番驚くべき点は首だ。鎖が巻き付かれている。飼われているのだろうか。


「それにしても…大きいなぁ。私の身長の倍はあるかな。あぁ嫌だ嫌だ。涎をたらしちゃってまぁ。私達を食べるつもりかな?」


 熊は森に響き渡るほどの咆哮を発した後、こちらに向かって突っ込んでくる。

 少女は熊に怯えているのかコチラにしがみついている。暴れ回らないだけマシかと思いながら所持している銃弾の数を把握する。

 二十発だ。今回の依頼は簡単で銃弾の数も必要はなかったため、多くは持ってきていない。


 ここがどこだかわからず帰れないとなれば、もしもの時のために銃弾を節約する必要がある。


 私は木々を盾にしながら熊の突進を避けつつ器用に片手で火薬と銃弾を詰め込んでラムロッドで銃弾を押し込む。名のある武器職人によって作られた代物だ。本当ならばこんな面倒な事をしなくても弾を込めらる機構を作れるのだが、そこは作り手のロマンなのだろう。


 私は銃身を突進する熊に向ける。


 正確無比の銃弾と手に伝わる重量感。役割の違う複数の銃弾は全て武器職人の手作りだ。かかった費用は家ひとつ簡単に買える値段だった。


「一撃で仕留めよう」


 トリガーを引くと銃声が響き渡り、銃身から飛び出した赤色の弾丸が熊の額を捉える。


爆裂弾プロイエッティレ イクスプロォゥシィヴ


 熊の額を貫通し、体内に入った弾丸はその衝撃によって爆発を起こす。

 頭は見るも無残に砕け散り、身体だけとなった熊は男を通り過ぎて地面に倒れる。


「隠居暮らしを考えた身ではあるがね、熊にやられるほど腕は鈍っていないようだ」


 技名も決まった。少し長いかな?いや、長くても良いだろう。そこにはロマンがある。とは言っても長いと叫ぶ途中で噛んでしまう恐れもある。

 やや悩みどころだなぁ。


 馬鹿な思考に耽っていると抱えられていた少女がポカンとコチラを見ていた。


「あぁ、すまないお嬢さん。突然抱えられて、さぞかし驚いた事だろう」


 私は優しく少女を地面に下ろす。

 少女はこちらを見たあと熊の方に視線を向ける。


 言葉はわからなくても何をしていたのかは気づいたのだろう。

 少女は戸惑いながらも頭を下げている。そして何語か分からない言葉を発している。


 これは感謝をしているのだろうか?

 まぁ助けられたのであれば問題はない。


 必死に頭を下げてお礼をしている少女を見守っていると森の中から男の声が聞こえた。もちろん言語は理解不能だ。


 森から視線を少女に移すと怯えていた。

 先程の声に反応したのだろう。


 私はすぐに少女を抱えて近くの大木に隠れる。


 すると森の中から数人の男が飛び出してきた。毛皮を被ったような服で全員体格が逞しく腰には刃を下げている。山賊のような風貌だ。

 彼らは倒れた熊を見つけて驚愕しているように見える。そして彼らの中の一人が叫ぶように声を発した後、何処かに向かって走り出す。


「ボロ布を被った少女と首輪をした巨大な熊、そして山賊のような男達。まったく、きな臭くなってきたじゃないか。仕方ない、唯一の手がかりだしなぁ。追ってみるかな」


 彼らの姿を見ればとても友好関係は結べない相手であることはわかる。戦闘になる可能性は高い。

 もちろん、先ずは対話だがね。


「さて、私は彼らを追うことにしよう。お嬢さんは早く家に帰りなさい。ここはどうやら危ない森のようだ」


 私はそう言って少女を離すが、まるで見捨てないでと言わんばかりに目をウルウルさせてコチラにしがみついてきた。


「いや、私はいまから彼らのところに行くんだよ?」


 今度はジェスチャーも混じえて説明したが少女はいっこうに離す気配はない。

 私は少女の目に何か決意のようなものが見えて不思議に思う。


「まぁ良いかな?彼女も現状を知る手がかりの一つではあるわけだしなぁ。よし!いっちょやってみようではないか!私は世界最強のアラフィフ紳士だ!例え先程の男共と戦闘になったとて少女を抱えながらの勝利など朝飯前、いや、おやつのマカロンを食べながら片手間で終わらせられるくらいの行いである事をお見せしよう」


 言葉はわからない筈なのに急に残念な人を見るかのような目で見てきた少女を無視して、私はステッキを片手に持って歩き出す。

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