第一章 アラフィフ紳士は異世界にて

第1話 さて、どうしたものかな。


 老年の男が立っていた。

 黒い外套を肩に羽織り風にたなびかせながら男は左手でステッキを持ち重心を置く。

 右手でマスケット銃を構える。狙いは事前に用意したドラム缶。男は暫くそこで棒のように立ち、動かない。

 視界の端に黒い車を確認するとゆっくり人差し指をトリガーに掛ける。

 男がトリガーを引くと発射音と共に銃弾が飛び出しドラム缶を貫通する。中に何が詰められていたのか、ドラム缶は聴覚を叩き潰すような轟音を響かせながら黒い車を巻き込み黒煙へとその姿を変える。


 男は暫くその惨状を眺めたあと、マスケット銃を腰の金具に引っ掛け固定し、反転して歩き出す。


 暗殺。


 男はこれを生業にしていた。

 時には静かに、そして時には派手に。男は依頼の通りに人を殺し続けてきた。

 若い頃には随分無茶をやったものだ。国の重要人物の護衛をした時、その人物の娘に手を出そうとして殺されそうになった事もある。当時はあらん限りの後悔と反省で嘆き悲しんだが今では酷い笑い話だ。


 そして暗殺によって巨大な力を手に入れた男は自身の体に老いを感じていた。昔ほど動けない。今では先程のような楽な殺し方を選択するばかりだ。


 男は深い溜息と共に嘆く。そろそろ引退だろうか。

 金ならば死ぬほどある。どこかの田舎に隠居暮らしも良いだろう。しかし人殺しをしてきた身だ。恨みを持つものに嗅ぎつけられ狙われるかもしれない。


 どこかに良い隠居暮らしができる場所は無いだろうか。


 男はそんなに思考を働かせながら森の中を歩く。

 ここから車まで数キロほどの距離がある。さすがに近くに停めると嗅ぎつけられそうなので遠くに停車してあるのだ。


 男はふと周りを見渡す。


 はて、こんな場所通っただろうか。


 獣道も使いながら歩いて来たために帰り道は複雑になっているが、忘れるほど耄碌もうろくしてはいない。


 周囲を警戒しながら進むと、森の景色がだんだんと輝いていくのがわかる。太陽の光を受け青々と輝く万葉と太く力強い樹木。それは自分が見てきた森とは違っていた。


 暫く歩くと泉が見える。綺麗な泉だ。汚れ一つなく神秘的とさえ思える。

 斧でも投げ込んだら女神でも出てくるんじゃないだろうか。そんな馬鹿げたことを思いながら泉を眺めていると背後から音がした。

 乾いた木の枝を踏んだ時の音だ。


 男はすぐに振り返りマスケット銃を構える。


 それはビクリと体を震わせて尻もちを着いた。見てみると小柄な少女だ。何時代の服だと思考を巡らしてしまうほどのボロボロの服。そして粗悪な麦わら帽子。


 男はそのものを無害だと判断するとマスケット銃をしまい、思考する。栗色の髪は染めた違和感がなく地毛であろう。目も大きく頬もふっくらしている愛らしい少女だ。

 さて、この少女はどこの子供だろうか。

 森から1番近い農村でも数十キロはあるため、そこから歩いて来たわけではないだろう。だからと言って先程の道路から歩いてきたというには無茶がある。


 男は少女に話しかけるために近づこうとするが少女は怖がっているのかビクリと体を震わせた。その拍子に被っていた麦わら帽子が地に落ちる。

 少女は慌てて麦わら帽子を被り直すが男は見てしまった。


 少女の頭から生えた狐のような耳を。


 男は偽物とは思えない自然な耳を目撃し驚愕する。


 そして同時に思う。


 さて、これは一体どういうことなのだろうかと。

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