『自称』最強暗殺者のアラフィフは異世界にて平穏を望む?

淀水 敗生

Prologue

あの時の私と彼は



 あの時の私は必死だった。


 一歩踏み出しただけで擦り傷ができる。

 小石と枝に生えたトゲ、樹木から伸びる根に私は何度も転びそうになる。

 素足で走るのがどうしようもなく苦痛だった。

 それでも私は目に涙を貯めながら、それでも走るのを止めない。


 痛い、苦しい、辛い、怖い。

 そんな負の感情が心の内から、ダムが決壊したように溢れ出てくる。


 彼を友と呼べるのかはわからない。

 何日も一緒にいたけど彼の事はよく知らない。出身地も、好きな食べ物も、何が好きで何が嫌いなのかも。知っているのはヨハンという名前だけ。

 それでも私達は心を通わせていたんだと思います。

 彼がいたから私は恐ろしい絶望と恐怖を耐える事ができた。


 そんな人に私は託された。

 普通の少年が精一杯で出した大きな勇気に後押しされて、私は飛び出してきた。ならば私はこの足を止めてはならない、と心に刻み込めました。


 いつか、いつの日か、彼等を助け出すその時まで、決して歩みを止めてはならない。


 それは彼の願いとは違うのかもしれないけれど、私は彼等を助けたい。

 彼のように助けたいと思ったのです。


「ハァハァ…大、丈夫…大丈夫、です」


 私はそう言って何度も心を落ち着けました。


 背後から草木が揺れた音が聞こえる度に、私は鞭で打たれた馬のようにスピードを上げる。


 頭に被った麦わら帽子を落とさないように手で抑えながら森の中を駆ける。


 草木を踏み締め、木々の間をすり抜け、大きな樹木で曲がろうとした時、突然目の前に人が現れました。そして直ぐに私に対して何かが向けられる。

 私は驚き背後に倒れました。

 尻もちをついた状態で顔を上げると、そこには丸い穴がありました。


 過去に見た事がある。

 見たものより筒が長かったけど、帝国で造られた銃によく似ていた。

 人の命を簡単に奪ってしまう凶器に、私は身が竦むような思いでした。


 私の前に立ちふさがったのは老年の男でした。

 皺の入った狡猾そうな顔と思慮深さを感じる口髭。老人とは思えないほど腰は曲がらず姿勢が良い。黒い外套を肩に羽織り、黒いズボンと白いシャツ、所々に蒼い宝石を目立つこと無く装飾している。


「申し訳ない。驚かすつもりはなかったんだ」


 彼はそう言って紳士的な口調で笑顔を浮かべました。


 これが後に、世界に名を轟かせる大悪党、ジェームズ・マーガレルとの出会いでした。

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