最強の中学生

 かずい達が校庭に出るのと、ジェット音を吹かせながら蓮が空から降ってきたのは、ほぼ同時だった。

 校庭の真ん中に着地した蓮の前には、息も切れ切れな三人の男がいる。

 先程からずっと、蓮と響に空から追い立てられていたらしい。その顔には、揃って恐怖と焦燥が張り付いていた。


 派手な柄のシャツを着た大柄な男。

 灰色のパーカーを着て、髪を背中まで伸ばした中背の男。

 モスグリーンのパーカーを着た、太り気味の男。

 柄シャツの男は、手に大判の封筒と四角いディスクケースを持っている。


「あれは!」

「あたしの!」

 絢香と藍が声を張り上げた。

 数秒遅れて、彼らの背後に、下半身に風を巻きつけた響が空から降りてきた。荒っぽい蓮の飛行とは違い、まるで見えない昇降機にでも乗っているかのような静かさと滑らかさだった。ポケットに両手を突っ込み、涼しげな顔をしている。


「ここで待ってろ」

 かずいはそう言って、藍と絢香を校庭の隅に残すと、響の背中に追いついた。

「ちょ、日野先輩!」

「駄目よ如月さん。巻き込まれちゃう」

 後を追おうとした絢香を、藍が慌てて引き止める。

「でも、私、あれを取り戻さなきゃ……!」

「大丈夫。久城くん達だけならともかく、かずいが行ったから。何とかしてくれるはずだよ」

「ホ、ホントに大丈夫でしょうか?」

「うん。だからここで待ってよ? あの二人が臨戦態勢なのよ? いくら何でも危ないわ」

 藍はまだ不安がる絢香の手を握りながら、かずいの背中に声を送った。


 ――かずい! 如月さんのそれ、見ないで回収しなさいよ!

 ――分かってる。


 脳髄に響く声に返事をしつつ、かずいは響の横に並んだ。

「三人だけか?」

「……ああ。お前、二人だけじゃないとわかってたのか」

 響が振り向いて言う。

「傀儡能力の方は遠隔操作にしちゃ、仕事が精密すぎるからな。感知系の奴が別にいるんだろうとは思ってた」

「……多分、デブがそうだ」

「後の二人は?」

「……柄シャツが土の能力者。ロン毛が髪の能力者だ」

「そうか。荷物はあれだけ?」

「……いや。追ってる最中、リュックを落としていった。回収してある。お前の読みが当たってた」

「悪いな」

「ん」

 低い声でそれだけやりとりをすると、響は三人組に歩を進めていった。

 かずいも、一歩下がって従いていく。


「お~日野~。ないすたいみ~ん」

 蓮が片手を上げ、気楽そうな声で言った。

「くっそ、また増えやがった」

 柄シャツの男が忌々しげな声を漏らす。

「こいつ、さっき廊下にいた野郎だ!」

「何だってんだ、畜生」

 汗を滴らせる三人組に、蓮が明るく声を掛けた。


「まーまー君達、運が悪かったな。その手に持ってるもん、返してちょ」

 まるで親しい友人にでも語りかけるような口調。

 三人の顔色が変わった。

「馬鹿にしやがって。おいケン! あれ! ここなら使えんだろ!」

 灰色パーカーの男が鋭い声を飛ばす。

「お、おう!」

 柄シャツの男に、先程までとはうって変わった、薄暗い笑みが浮かんだ。


「へ、へへ……おいお前ら。ここに誘い出したのは失敗だったな。俺の「成程、さっきの傀儡は全力じゃなかったんだな」全力は …………え?」

 どうでもよさそうなかずいの呟きに、セリフを先読みされた柄シャツが惚けたように声を失った。

「くそっ、ふざけやがって。だったらこれを「あー、随分でかいな。四メートルくらいか?」見やがれって 、はぁ!?」

「そっちのロン毛が、髪の毛の本体だな。ふうん、自分の髪を使うのか。これ、増殖能力か? 珍しい……いや、そっちの緑のあんたの方が珍しいか。憑依能力だな」

「「「何でわかる!?」」」

 無表情でぽつぽつと手の内を暴き出すかずいに、三人が仰天する。


「こいつ、読心能力者か……!」

「気にすんな! 出しちまえばこっちのもんだ、やるぞ、ケン! シゲ!」

「おう!」

「『マン・イン・ブラウンスーツ』!」

「『ヘットゥ・ザ・スカイ』!」

「『ザウ・アーザ・マン』!」

 柄シャツが地面に手を突き、ロン毛が自分の髪を数本抜き取った。太り気味の男は柄シャツの肩に両手をかける。


「……日野。今度は読みが外れたな」


 ぼそっと、響が呟いた。

「うん?」


 づ。づ。づ。


 その呟きを掻き消すように、地鳴りのような音が校庭に響く。

 闇の空に向け、黒々とした触手が生え伸びる。

 柄シャツの男の手元を中心に、グラウンドに放射状のひび割れが広がっていった。


 づ。づづづづ。


 徐々に盛り上がっていく灰色の土から、先程廊下で絢香が潰した土塊と同じような球体が現れ、それに続いてさらに大きな山がせりあがる。


 づづづづづづづづ。


 その両脇から、隆々と二本の腕が生え。

 土塊は徐々に、人型を成していった。

 その右手に、わらわらと増殖した髪の毛が巻きついていき、巨大な槍を形づくる。

 大木の幹のような胴体、それを支える太く平たい脚。

 月の光を背に、豪槍を携えた灰色の巨人が立ち現れ。


 づしゃ。


 一瞬で崩壊した。


「「………………え???」」


 ばらばらと降りかかる灰色の土砂を浴びながら、柄シャツとロン毛の男が呆けた声を漏らす。

 その後ろで、白目を剥いた太り気味の男がひっくり返って倒れた。

 ぐしゃっ、と、音を立てて、大量の髪の毛が崩れ落ちる。


「……四メートルの、傀儡?」

 つまらなそうな声を出す響の右手が、水平に伸びていた。


「何処にそんなものが?」


「そうだな、悪い」

 無表情に、かずいが言う。

 ぱくぱくと口を開ける二人の男には、自分達の身に何が起きたのかを理解することは出来なかった。

 高密度に圧縮された空気の塊が精製途中の傀儡の中に埋め込まれていたことも、響が能力を解除することで、爆発的な気圧差により傀儡が内部から破裂したことも、自身の能力で傀儡にとり憑き操ろうとした太り気味の男が自分が内部から破裂するイメージに耐え切れずに失神したことも、彼らには知る由もない。


「……ちょっと、待ってろ」 

 響はそう言って、右足を一歩、踏み出した。

「くそがぁっ」

 ロン毛の男が悪態と共に右手を振り上げると、崩れた髪の毛の群れがのたうち、鎌首をもたげた。


 ずおぅ。


 響が踏み出した右足が地面につくと同時に一陣の突風が走り抜け、それを遥か彼方へと吹き飛ばした。

 

 更に一歩。

 足元に手を遣り新たな土塊を三つ作り上げた柄シャツがそれを射出すると同時、男の顎が不自然に揺れ、膝が崩れる。打ち出された土塊は真っ直ぐ響の顔を目指して飛んだあと、響の周囲のみを覆う、暴風の防壁に阻まれ、滑るようにその軌道を逸せた。


 一歩。

 新たな武器を作ろうと頭髪に手をやったロン毛の男の体が、不可視の風の弾丸によって『くの字』に折れ、横に吹き飛ばされる。既に倒れていた太り気味の男へと衝突。


 一歩。

 さらに、何事かを喚きながら直接殴りかかってきた千鳥足の柄シャツが響の腕のひと振りで弾き飛ばされ、重なり倒れた二人の男の元へ転がされる。


 一歩。

 響が左手をポケットに入れたまま右腕を開き、身体の横に構えた。


 ひん。ひん。ひいいぃぃぃぃいい。


 周囲の空気が、その掌に収束していく。

 朦朧とする頭の中で、二人の男はようやく一つだけ理解することが出来た。

 化け物だ。

 自分たちは今宵、化物の巣に踏み入ってしまったのだ。


 炎の男と、嵐の男。そして、闇色の目をした、不気味な男。


 こんなことなら、やることだけやってさっさとずらかればよかった。

 こんな、こんな連中がいるなんて。

 畜生、話が違う、、、、


「……『縁風えにしかぜ』」


 ぼそりと呟いた響の声と、直後の轟音に、男たちの思考は掻き消えた。


 ◇


 遠くで肩を抱き合っていた、二人の少女。

「え、ちょ……」

 藍と絢香は、ただ呆然とそれを見ていた。

 響の右手が振られると同時、放たれた握り拳大の風の塊は、大気を揺るがす大爆発となって、団子状態の三人の、その手前の地面を襲った。

 三人の男達は、大量の土砂と共に放物線を描き、十メートル程宙を飛んだ後、さらに五メートル程地面を転がり、やがて動かなくなった。


「「わ、私の、本(DVD)………」」

 唖然。


 藍と絢香の声が、風音の止んだ虚空に吸い込まれ、消えた。

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