それぞれの帰宅 1

 夜の街をひたひたと、藍とかずいが歩いている。

 かずいの腕時計は、十一時半を指していた。

 民家から明かりは消え、しんとした空気は、鋭さを増した冷気を湛えている。


「もう、びっくりさせないでよね」

 藍の手には、一枚のディスクケースが握られていた。

「俺に言うな」

 あの後、超特急でかずいに詰め寄った藍と絢香に、響はいつの間にか摺り取っていたらしい二人の捜し物を差し出した。

 呆気にとられる二人を尻目に、かずいと蓮は吹き飛ばされた男達に近寄ると、引き起こし、何事かを話した。しばらく何らかの話し合いが続いたらしい。やがて彼らはお互いの体を支え合い、引きずり合いながら、ほうほうの体で去っていったのだった。


「あの人達、ホントに帰してよかったの?」

 警察に突き出そうとする絢香を、かずいが四苦八苦しながら宥めていた光景を思い出し、藍が問いかける。

「仕方ないさ。俺達だって褒められるようなことをしたわけじゃない。連絡先は聞いておいたからな。盗品は返させる。それでいいだろ」

 藍にとっても、そこまでこだわる所ではなかったのだろう。あっさりと引き下がった。

「但馬の人なんだっけ、あの人達」

「ま、一番近いからな」


「そうだ。結局、あの髪の毛の能力って、何だったの? さっきは自分の髪の毛ちぎってたみたいだったけど、じゃあ、あのカツラは?」

「ああ、増殖能力っつってな、身体分離と身体強化の間とったような能力だ。自分の身体の一部をどっか適当な所に植えて増やすことができるらしい。カムフラージュの為かどうか知らないけど、カツラの中にちょっとだけ自分の髪を混ぜてたんだろ。どっちかっていうと、デブの能力の方が珍しいな。物体にとり憑いて操る能力だ。なかなか見かけない」

 相変わらずの博識ぶり。しかし、感心したようなそのセリフとは裏腹に心底どうでもよさそうなかずいの声に、藍は思わず苦笑した。


 不意に風が通り抜け、藍は小さく身震いした。

「うー、寒くなってきた」

 肩を抱き合わせる。

 隣を歩くかずいも、顔は平気そうだが、体を縮こませている。


(今日は流石に、迷惑かけすぎちゃったかな)

 口では冷たいことを言っても、何だかんだで最後は自分の頼み事を聞いてくれる幼馴染に、藍は心の中で謝った。

(明日は少しだけ、優しくしてやろう)

 そんなことを考える。

 けど、口には出してやらない。幼馴染っていうのは、そういうものなのだと、藍は考えている。


「ねえ、かずい」

 それより藍には、何となく聞いてみたいことがあったのだ。

「久城君と栗原君、何で私達を助けてくれたのかな」


『問題児』。自分の常識では測れない存在。

 二人はあの後、やけに上機嫌で(響の方はよく分からなかったが)かずいに別れを告げると、もう自分達に用はないとばかりに、何処にかへと去っていった。一騒ぎ起こしてしまったため、警戒して校舎に泊まることは諦めたらしい。


 今日の一件で藍が何より意外だったのが、二人が自分達に協力してくれたことだったのだ。しかしそれを言うなら、藍にとっては、かずいの考えていることだって、同じくらいよく分からない。

 今日、改めて感じた、自分と彼らの距離。

 かずいなら少しは、あの二人のことが分かるのだろうか。


 かずいは一瞬、言葉に詰まったようだった。

「さあな。気まぐれだろ」

「そっか」

 少し時間がかかったかずいのその答えを、どういう気持ちで彼が紡いだのか、やはり藍には分からない。


「でもね、私、ちょっとだけほっとしたわ」

「ほっとした?」

 藍も慎重に言葉を選ぶ。

「栗原君はもちろんだけど、久城君もさ、友達多いように見えて、ホントの仲良しって、あんまりいないような気がするの。誰にでも明るく接してるし、周りの人も久城君のこと、嫌ってる訳じゃないと思う。でも、あんたと奥月とか、私としずみたいな関係の友達って、誰でも一人くらいはいるでしょ? 久城君にはそういう人、いないように見えるのよ」

「まあ、そうだろうな」


 理由は明白だろう。皆、藍と同じ気持ちなのだ。

 悪い人じゃないのは分かる。でも、恐い。

 禁忌を平然と破り、強大な暴力をその身に有する彼らを、畏れている。


 たまたま同じクラスにいる『問題児』。

 それが、先の蓮の問いに対する藍の答えだった。


「今日少しだけど一緒にいて、改めて思ったの。久城君、やっぱり『問題児』なんだなぁって。でもね、その、何ていうか、私達があの二人に距離を感じてるのと同じくらい、向こうも私達に、距離を感じてるんじゃないかしら。そりゃ、そんなの私がとやかく言うことでもないし、二人だって折り合いつけてやってるんだろうとは思うけどさ、でも何となく、寂しくないのかなぁ、なんて、そんな風に思っちゃったりもしたわけよ」


 かずいは無言だった。

 藍はぽつぽつと、前を見ながら言葉を紡いでいく。

「でも、さっきのあの二人を見てて、なんとなく安心したの。多分だけどさ、あの二人が私を助けてくれたのって、あんたがいたからだと思うのよ。私にはあんたたちが電話で何を話してたのか分からないわ。でも、あんた達三人は、何となく、何かを共有してるんだろうな、って思った。そう思ったら、なんだかほっとしたの。

 私には分からないけど、あんた達には分かる何かがあるんでしょ? だから何て言うか、よかったなぁ、って、そう思ったのよ。自分に分かんないのは、ちょっと悔しいけどね」


 藍はそれきり、口を閉ざした。数歩分歩いてから、かずいが小さく「そうか」と呟いたのが、微かに聞こえた。

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