ただのクラスメイト 2
一方、その頃、別館一階、本館へと続く廊下。
(かずいぃぃ。助けてえぇぇ)
顔面蒼白となった藍が、そこにはいた。
「やっぱよ、あれだよな、髪の毛の妖怪って奴。今何か話題じゃん? なー、見っけたら捕まえようぜ」
「……妖怪?」
「何だよ、響知らねーの? 結構有名だぜ? なあ、御子柴?」
「え!? えと、うーん、そ……そう、かしらね。確かに私もちらっと、ちらっとよ? 聞いたことはあるけど、まさかホントにお化けなんかいるはずないっていうか……」
「……そうだな。どうせ――」
「いやいやぜってーいるんだって。あれだろ? 何か誰かが能力使って悪戯してんじゃねえかってんだろ? けどよ、C組の暇な女子が探偵気取って目撃証言探したりアリバイ調査とかやったらしいんだけどよ、センセが言うにゃぁ、そもそもそれっぽい身体変化なり身体分離の能力者が、うちのガッコにゃいねえみたいなんだよ」
「そ、そうなの? で、でも、別に、能力を秘密にしてる人だっている訳じゃない? それに能力の使い方なんていくらでも工夫できるんだから、何も『肉』の人だけが犯人ってこともないだろうし。そもそも髪の毛の妖怪なんているわけないっていうか――」
「細けぇこたぁいいんだよ!」
「ひいっ」
「今大事なのは! 校内に妖怪の噂が立って! 夜の校舎に不審な気配が蠢いているという事実! なら後はそれを見つけるだけだ! そうだろう!?」
「……そうだな」
「よっしゃ行くぞ響!」
「……おう」
「待ってってば! 先に教室寄る約束でしょ!」
勇ましい蓮の声と、痛ましい藍の悲鳴が、夜闇の中で混じり合った。
◇
数分前。
「二手に分かれる?」
本館に向けて今にも飛び出しそうな二人の『問題児』を女子二人が必死に宥める傍らで、かずいは少し考え込んだ後、そんな提案をした。
「ああ。俺と藍の目的は2―Fの教室。如月さんは生徒会室。蓮と響は本館にいる妙な気配。正直に言えば三手に別れたいところだけど、如月さんを一人には出来ないだろ?」
そう言って、かずいはちらりと藍の顔を見やった。
「当たり前でしょ」
ジト目で睨んで藍が応じ、その横で絢香が肩身を狭くする。
「す、すいません……」
申し訳なさそうな絢香には大したリアクションをせずに、かずいは蓮と響に向かって言葉を続けた。
「別にお前らの動きにどうこう言うつもりはないんだけど、出来れば藍を教室まで送ってもらえないか。響が感じた妙な気配、三階にいたんだろ? その後は好きにしていいから」
「別にいいぞ」
「ん」
「え!?」
軽く頷いた蓮と響の声に、仰天した藍の声が重なった。
「ちょ、かずいは?」
「だから、二手に分かれるんだって。俺が如月さんを生徒会室まで送ってくから、お前はこいつらに教室まで送ってもらえ」
「な……」
「聞け」
絶句した藍に、説き伏せるようにかずいが言う。
「悪いが、状況が変わったんだ。このメンツで移動できるならまだしも、もう蓮のスイッチが入っちまったからな。響の感じた気配が何なのか分からないが、万一何かあっても、俺じゃお前ら二人まで守りきれない。けど、少なくともこいつらに付いてけば、お前の身の安全だけは保証できるんだ。こっちの用が済んだら、すぐ合流するから」
そう言って、かずいは藍の肩に軽く手を置いた。
――悪い。せめて衛がいればよかったんだけど……
合図に気づいて咄嗟に能力を発動させた藍の脳内に、かずいの思考が流れ込んできた。
「うぅ……」
分かっている。
かずいの未来予知は、その場にいる人間の数が少なければ少ない程、正確で広範になるらしい。かずいにフィジカルな強度がない以上、危険を察知しつつそれを確実に回避するだけの余裕を持たせるなら、一緒に行動するのは一人が限界ということなのだろう。
分かっている。
いくら比較的治安がいいとはいえ、こんな環境にある以上、藍自身、荒事に巻き込まれたことも一度や二度ではないが、そういう時は常に美術部の三人が共にあり、それぞれの役割も決まっていた。
しずりは情報蒐集。衛は実働。自分の役目はメンバーの連携を確保することで、かずいの役目は参謀。
今が非常事態である以上、かずいが出した案が『二手に分かれる』ことだというなら、自分はそれに従うべきだ。
分かっている。
本来ならば、手綱を握ることが不可能なはずの『問題児』二人に、『教室まで送ってもらう』約束を取り付けたこと自体、藍からすれば破格の条件なのだ。
分かってはいるのだ。分かってはいる。分かって、分かっては……!
「ぐうぅぅ……」
「藍?」
「分かったわよぅ……」
深く項垂れたまま、藍が言葉を搾り出した。
もっとも、藍がその言葉を後悔するのに、三分はかからなかったのだが。
「何だよ、びびってんな~御子柴。あ、そだ。なあ響。お前家でお経とか習ってねえの? 妖怪相手なら効くんじゃね?」
「………にょーぜーがーもーんいちじーぶっざいしゃーえーこくぎー」
「やめてそれ余計恐いから!!」
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