集まったものたち 2

 綺麗にくず餅を平らげた藍は、今度こそと、自分の教室の鍵を保管庫から拝借した。

「ほら、かずい」

 くるくると鍵を回しながら声をかける。しかし、かずいは椅子に座り込んだまま動こうとしない。


「ここまで付き合ったんだからもういいだろ。待ってるから取ってこいよ」

「ふざけたこと言わないでよ。ここから教室までどんだけ離れてると思ってんの?」

「大丈夫だよ。お前なら行けるよ。何かあったら声飛ばせよ」

「かずいぃぃ。ここまで来たんだからあとちょっと付き合ってよぉぉぉ」


 不毛な言い合いを始めた幼馴染二人を不思議そうに見ていた蓮が、そこで口を挟んだ。

「俺が一緒に行ってやろうか?」


「え、久城君? い、いいの?」

 意外な申し出だったのだろう。遠慮がちに訊ねる藍。

「教室までだろ? 別にいいよ。どうせ暇だったから」

「あ、ありがとう……」

 藍の目が泳ぎ始めた。


(ど、ど、どうしよう……)


 藍の脳裏に、目の前で爆発する豪火と狂ったような叫び声が浮かび上がる。


(うー、悪い人じゃないのは分かるんだけど、いまだに喧嘩してる時の様子が怖すぎるっていうか、知り合う前の評判が最悪だったっていうか、私ついひと月前に同じクラスになったばっかだし……。誰かと一緒におしゃべりする分には平気なんだけどなぁ……。二人きりだとちょっと……っていうか急にそんな優しいこと言われても困るんですけど!)


 ――かずい、お願い! 一緒に来てぇ!


 ついには能力まで使ってかずいに助けを求めてしまった。


 しかし、かずいがそれに返答するより早く、その異変は訪れた。


 がたっ。


 二人の『問題児』が、弾かれたように立ち上がった。

「えっ」

 藍が何らかのリアクションを取る前に、いくつかのことが起こる。


 まず。

「あなたたち、そこで何をしてるのですか!」

 職員室の、廊下側の扉が開き、背の高い少女が叫び声をあげた。

 

 次に。

 ごう!

 職員室内に突風が巻き起こり、デスクに置きざりにされた書類が舞い散り、闖入者へと叩きつけられた。

「うぷっ」


 そして。

 がらり。

 窓の開く音が二つ聞こえ、二つの塊が別々に飛び出していった。

 この間、僅か二秒である。


 残されたのは、呆然とする藍とかずい、そして闖入者の少女であった。


((あいつら、自分達だけ逃げやがった……!))


 あまりの事に、かずいと藍は言葉も出ない。

 その場の全員が硬直したまま、数秒、空白のような沈黙が流れる。

「え?」

 顔にまとわりつく紙を払った少女が、不意に驚いた声を上げた。

「日野、先輩?」


 すらりとした長身、長めの髪を頭の後ろで纏めた、メガネ姿の少女。

 生徒会会計、如月絢香だった。


 ◇


「あれ? 何だ、おい響、センセじゃねえよ」

 そう言いながら、開いたままの窓から蓮が顔を覗かせた。

 もう片方の窓からは同じようにひょっこりと響が顔を出す。

「お前らな……」

 恨みが増しく睨むかずいには、響がそっけなく答えた。

「……緊急避難だ」


「あ、ああああなた達……」

 がくがくと震えながら、絢香が窓から侵入する二人を指さす。

「かずい、この人、知り合い?」

 呆然としていた藍だったが、相手がどうやら自分以上に混乱しているらしいことがわかり、多少の余裕を取り戻したようだった。

「いや。知らない、と、思う」

 呟くような、小さなセリフ。少し自信がなさそうである。


「い、一度、お会いしているはずです。ナイフを持った一年生に廊下で襲われたと、巽先輩に……」

 先週の事件を思い出し、イヤな記憶が脳裏によぎるかずいだったが、しかし、その中にこの少女の姿はなかった。

「ごめん、記憶にないんだけど、じゃあ君、生徒会の人か」

「ああ、はい。生徒会書記、如月絢香で……ってそうです、あなた達! こんな時間に学校で何をしているんですか!」

「あーなんだ、生徒会の子かぁ、道理で見覚えあると思ったよ」

「ししししかも『問題児』が二名も! これは一体何の集会ですか! はっ、まさかクーデター!? どどどどうしよう私どうすれば、た、巽先輩に連絡を――」

「待って待って待って違う違うそういうんじゃないから!」

 錯乱して携帯を取り出した絢香を藍が取り抑える。


 そんな二人の様子を気にもかけず、蓮はあくまでもマイペースに話しかけた。

「なあ、あんた生徒会の人ならさ、今度恭也に言っといてくれよ。弁当用意してくれんのはいいんだけどよ。俺、唐揚げはマヨネーズじゃなくてレモン汁派なんだよ」

「ぶふぅっ」

「ええぇえ!? ちょっとあなた大丈夫!?」

「大丈夫です絶対伝えておきます!!!」

「お、おう……。鼻血出てるぞ…?」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ女子二名に、かずいが耐えかねて言った。

「……お前ら、一旦落ち着け」

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