集まったものたち 1

 白色の蛍光灯が照らす職員室に、三人の男子生徒が正座していた。

 左から順に、日野かずい、久城蓮、栗原響である。

 蓮は黒地のプリントTシャツにカーゴパンツ。

 響は学校指定のジャージ姿だった。


 三人の前には、腰に手をあてそれを見下ろす藍の姿があった。

 彼らの横には、本来は理科室にあるのであろう人体模型が無造作に転がっている。

 かずいはいつも通りの無表情、蓮は必死に笑いを堪えているのか、ぷるぷると肩を震わせている。響は両目を閉じて俯いているため、前髪に遮られ、表情が読み取れない。


「ありえないわ」


 藍が言う。


「ありえないわよ」


 平淡な声で、藍が言う。


「ねえかずい。私、何でここに来たんだっけ」

「DVDを取りに来たんだろ」

 だん、と、藍が右足で床を叩く。


「そのDVDはどんな内容だったかしら」

「ホラーだな」

 がん、と、藍が教員のデスクを蹴る。


「そうよね。ホラーよね。私、クラスの女の子の親睦を深めるために、見たくもないホラー映画を取り戻しに、怖いのを我慢して、こうしてわざわざ夜の学校まで足を運んだのよ」

「いや、でもそれはお前が持って帰るの忘れたか――」

 ばん、と、藍がデスクを叩く。


「でも、おかしいわ。ありえないことが起きたの。そんな甲斐甲斐しい私を、クラスの和を守ろうとするこの私を、よりにもよってクラス内における協調性ワースト3の男子が、そろって邪魔をしたのよ。ねえ、これってどう思う?」

「え、俺は別に何もしてな――」

 がし、と、藍がかずいの胸ぐらを掴む。


「あんた、未来が見えるんでしょ。当然さっきのことだって予測できてたわけよね」

「いや、俺は何も四六時中能力を使ってるわけじゃ――」

「あんた途中で携帯のライト消したわよね。扉が閉まるの見計らって消したわよね」

「あれはたまたま――」

「時間稼ぎにわざと見当違いの場所で鍵探してたわよねぇ!」

「すいませんわかってましたわざとですごめんなさ――」

 がこん。

 藍の額がかずいの顔面にめり込んだ。


「ぷっは、あっはっはっはっはっはっは」

 とうとう耐え切れなくなったのか、蓮が腹を抱えて笑いだした。

「いやー、悪かったって、ごめんごめん。まさかあんなに怖がると思わなかったんだよ」

 涙目で言う蓮を、ぐったりしたかずいを放った藍が睨みつける。

「もう! 久城君も栗原君も何でこんな時だけチームワーク抜群なのよ!」


 それぞれの能力を駆使し、最初に枝葉を揺らし、次いで扉を閉めたのが響、タイミングを計り明かりを消したのがかずい、暗闇に人体模型の顔を浮かび上がらせたのが蓮だったのだ。

「いやー意外と響が乗ってくれてさ。まあ丁度退屈してたところだったしな。どうせ日野は何やってもビビんないだろうし、御子柴しかいなかったんだよ」

「……ナイスリアクション」

 全く悪びれない蓮と響の様子に空しさを感じたか、藍の怒りも徐々に収まっていく。


「はあ、もういいわ。さっさと帰りたい」

 がっくりと肩を落とし、改めて教室の鍵を探し出した藍に、朗らかな蓮の声がかけられた。

「まあまあ御子柴。折角来たんだ。お詫びといっちゃなんだけど、菓子でも食ってけよ」

 そのセリフに、藍の顔が引き攣る。

「え、えっと、私、その、お菓子はちょっと……」

「えー何だよ、食ってけよ。流石に二人じゃ食いきれなくなってきたんだよ」

 藍の脳裏に、一昨日の惨劇が蘇る。しかし、そんなことは露とも知らない蓮は、あくまでも無邪気だ。


「俺はもらうぞ」

 かずいが起き上がり、むすっとした声で言った。

「おう、食え食え。響、どこだっけ、あれ」

「……くず餅なら、冷蔵庫だ。取ってくる」

 響の声はぼそぼそとして聞き取りにくい。しかしそのセリフに、藍の耳が反応した。


「く、くず餅……」

 大好物なのだった。


 しかし。いや。でも。だけど。

 藍の脳裏に様々な逆説語が飛び交う。そこで、自分を見るかずいの視線に気づいた。

「かずい。その顔は何かしら」

 かずいはいつもどおりの無表情だ。しかし、藍を見つめるその目には、確かに訴えかける何かがあった。

「聞きたいか」

「言わないで。お願い何も言わないで」

「食うのか」

「食べるに決まってるでしょ! 馬鹿じゃないの!?」


 端から見れば意味不明な藍の激昂に蓮は首を傾げたが、響は気にする様子もなく職員室の隅に置かれた小型冷蔵庫へ向かい、中からガラス皿に乗ったくず餅と、小分けにされたきな粉と黒蜜を取り出した。

「悪いな」

「いい」

 そっけないやり取りでそれを受け取ったかずいが適当なデスクそれを置き、黒蜜をかけようとした所で藍に腕を掴まれた。

「きな粉が先!」

 奮然としてかずいの手からきな子と黒蜜を奪い取り、自分の中の黄金比に従い、それらをまぶしていく。

 手持ち無沙汰になったかずいは、頬をさすりながら、響に話しかけた。


「これ、お前んトコのか」

「……ああ。パクってきた」

「さんきゅ」

「……ああ」

「そういえば、響。こないだ、屋上で下級生に突っかかられたろ」

「そんなこと……あったか。ああ、あったな。何か、凸凹した奴らだった」

「あれ、俺らのゴタゴタだったんだ。悪かったな、巻き込んで」

「……いや。別に」

「晩飯どうした?」

「久城の戦利品」

「戦利品?」

「コンビニ前で、但馬の奴らに絡まれたらしい」

「ああ、そりゃお気の毒に」

「おかげで助かった。お前も持ってけ」

「ありがたく」


 ぼそぼそと会話をする二人を、藍が信じられないものを見る目付きで見つめていた。

「かずいが、会話の主導権を取ってる……」

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