集まったものたち 3

 落ち着くことにした。

 職員室のデスクに湯呑が五つ置かれ、熱い湯気を上げている。

 椅子に座っているのは三人。

 絢香、かずい、響だ。

 かずいの横には藍と蓮が立ち、絢香と向かい合っている。響は我関せずと、一人離れた場所で湯呑を啜っていた。


 既にかずい達の状況説明は終えている。

「成程、事情は分かりました」

 絢香が湯呑を片手に、蓮が持ち寄った揚げ菓子を摘みながら言う。

「栗原先輩のご家庭の事情に口を出すつもりはありませんが、見つけてしまった以上は、私の立場上、報告しないわけにはいきません」

「まあ、そうよねぇ」

「えー何だよ固いこというなよ。絢香ちゃんだってお菓子食べたじゃんかよー」

 同意を示す藍と渋面を作る蓮。かずいは無言である。


「こ、これはあなた達が勧めるから……! ていうか気安く名前で呼ばないでください!」

「一年だろ。いいじゃん別に。そういう絢香ちゃんこそ、何でこんな時間に学校来てんのさ」

「ふぐっ」

 絢香が噎せ込んだ。

「河豚?」


「私は、その、わ、忘れ物! そう、生徒会室に忘れ物を取りに来ただけです!」

「こんな時間に?」

「わ、私の勝手でしょう! 日野先輩達だってそうじゃないですか!」

 突然名前を出され、びくりと反応したかずいが、戸惑いがちに答える。

「俺達は、響が警備システムを切ってるのを知ってたからな。君はどうするつもりだったんだ?」

「それは……」

 絢香が目に見えて狼狽え始めた。


「四階の窓から、直接入るつもりだったんです。ウチの警備システム、三階以上は廊下にしか着いてないですから」

「鍵は?」

「くうっ」

 絢香の頬を、冷や汗が伝う。

「Qoo?」


「そ、それは、生徒会室の窓の鍵に、一つだけ掛かってない場所があるから……」

「どうして君がそれを知ってる? もし前々からそうなっているんなら、恭也がそれを見逃すとは思えない。ひょっとして、君、わざと今日一箇所だけ施錠していかなかったんじゃないか? 

 最初から侵入経路を用意しておいたんだろう、何かを取りに戻るために。けどそれは、忘れ物とは言わないんじゃないか」

「何でそんなに察しがいいんですか!? 気持ち悪いです!」

「!?」

 年下の女子に気持ち悪いと言われ、かずいが固まった。無表情に。


(言えない……)


 絢香の心臓が早鐘を打つ。

 そうだ。まさか、言える訳もない。

 以前から漫研にリクエストし、今日ようやく上がったばかりの、『久城×巽本』を回収しに来ただなんてことは。


(何で本人がいるのよぉぉ)


 絢香が漫研の存在を知った時、表紙を一目見てファンになった作者――『幽谷』の最新作。

 何でも、作者の生徒は他の部活とも掛け持ちをしているらしく、ペンネーム以外は一切秘密なのだという。精緻な描写と少し毒の効いたセリフの応酬は、漫研内でも人気が高いのだとか。

 放課後、漫研の同志から薄い本を受け取った絢香は、それを封筒に入れて保管しておいた。しかし、たまたま生徒会の先輩に見つかってしまい、慌てて仕事の書類だと言い訳したところ、それなら家に持ち帰っては駄目だと先輩に嗜められ、共用ロッカーに入れられてしまったのだ。


 結局その後封筒を取り戻すチャンスは訪れず、絢香はそのまま完全下校を迎えてしまった。さらにタイミングの悪い事に両親は旅行で家を開けており、母の代わりに家事を行い、小学校低学年の弟を寝かしつけ、ようやくこの時間になって取りに戻ることが出来たという訳だ。そしてこの状況。

 泣きそうだった。


 それを見て、蓮がにやりと笑う。

「よし。じゃあ絢香ちゃん、こうしよう。俺達は君をここで見たことを、恭也には言わない。君が何を取りに来たのかも追求しない。だから、君も俺たちを見たことを、誰にも言わない」

「わ、私は生徒会役員です。そんな取引に応じるとでも――」

「受け入れられない場合は、俺が今から生徒会室を家探しする」

「ごめんなさいマジ勘弁してくださいそれだけは!」


「取引?」

「……成立、です。うぅ……」



 この時、かずいは一つの疑問に気づいていた。絢香の証言と彼女の行動の矛盾点である。

 しかし、同時にこうも考えたのだ。

 もし、今それを指摘したら、きっと何か面倒なことになる。また帰りが遅くなる。

 それは予知能力ではなかった。ただの勘だ。しかしそれでなくとも、帰ったら帰ったで、藍のDVD鑑賞に付き合わされることが確定しているのだ。これ以上睡眠時間を削りたくなかったかずいは、黙して語らないことに決めた。


「話が済んだなら、行こう、藍」

 そして行動を開始する。

「え? ああ、そうね。如月さん、どうせだったら、一緒に行かない? 女の子一人じゃ危ないわ」

「えぇ? で、でも……」

「大丈夫よ。生徒会室の前まで、一緒に行くだけ。何を取りに来たのかは、聞かないわ」

「そ、そうですか……では、済みません、お言葉に甘えさせてもらいます……」

「気にしないで。私も怖かったの。一緒に行こ?」


(い、いい人だわ……) 

 絢香の警戒心が一瞬で軟化した。

 この場における唯一の同性ということもあったのだろうが、一人だけでも手に負えない『問題児』が二名、さらには先週恭也から直々に要注意指定を受けた日野かずいまでもが勢揃いしている状況に、一方ならぬ緊張感を抱いていたのだ。


「如月、絢香さん、ていうの? 綺麗な名前だね」

「い、いえそんな、名前負けです……」

「そんなことないよ。背ぇ高いし、髪も綺麗だし、素敵だよ?」

「いえいえいえそんな! 御子柴先輩こそ――」


 そんな会話を続ける二名の女子を、不思議そうに蓮と響が見つめる。

「なあ、日野。あいつは誰だ?」

 先程まで散々かずいに謂れのない暴力を振るい、くず餅を鬼の形相で食い尽くした女子と、目の前で、生真面目そうな下級生を労わるいかにも優しげな女生徒は、どう見ても別人だった。

 かずいは無表情に、それに答えた。


「ああ、妖怪猫被りだ。ホラーだろ」

「……女子は、よくわからない」


 響の呟きが、ぽつりと吐き出された。

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