学校へ行こう!
夜を歩く 1
夜の街を、ひたひたと藍とかずいが歩いている。
二人の家から学校までは完全な住宅街で、ぽつぽつと規則正しく並ぶ薄黄色の光が、頼りなく道を照らしている。
風はないが、しんとした空気はまだ夏のものではない。
二人は部屋着に薄手のパーカーを羽織っていた。
どこの家からか、湯気の香りが漂ってきている。
「なあ、藍」
「なによ」
憮然とした顔のかずいが、唐突に問いかけた。
「何でホラーなんか流行ってんだ? 今そんな映画かなんかやってたっけ?」
先程、鍵は開けといてもらうから一人で行ってこい、と宣ったかずいを張り倒し、引きずり立てた藍が、呆れたように答える。
「あんたね、もう中学生なんだから少しは社交性身に付けなさいよ。そういうんじゃないのよ」
「じゃあなんだ」
かずいにそれを気にする様子はない。
「噂よ。本当に知らないの?」
「噂?」
「出るんだって」
「何が」
「髪の毛が」
それは大体こんな噂であったという。
それを見たのは、吹奏楽部の二年生であったらしい。
ある休日の部活動で、パート分けのため、いくつかの教室を貸し切って練習していた所、一人だけ練習に集中出来ていない生徒がいた。普段は真面目に練習に取り込む生徒なだけに、何処か具合でも悪いのかと心配した三年生が声をかけると、
「あの、あそこに、変な影が……」
そういって、教室の隅、ゴミ箱のあたりを指さした。
さっきからそれが視界の端にちらついて集中できなかったというのである。
しかし、指さされた場所を見ても、その三年生には何も見えない。
念のため、ということでゴミ箱を調べようと近づいたところ、がたっ、と音を立て、ゴミ箱が揺れた。
さては鼠か、とおっかなびっくりゴミ箱をずらすと、そこには、湿った土と、何本かの髪の毛のようなものが落ちているだけだったという。不気味ではあったが、何かがいたにしろ、それはもう行ってしまったんだろう、と、練習は再開された。
しかし、練習が終わり音楽室に楽器を戻す途中、最初にそれを見た女子生徒が、足を滑らせて階段から落ちてしまい、足の骨を折る大怪我をしてしまったのだ。
こんな話もある。
ある雨の日の放課後、バスケ部に在籍する彼氏を渡り廊下で待っていた女生徒が、何か視界の端に動くものを捉えたという。
目で追った時にはそれはもう消えており、影も見えなかった。
しかし、よく見てみれば、開かれた校舎の出入口に、何かを引きずったような、灰茶の跡がついていた。気になった女生徒がそこから廊下に入ると、その端、トイレの入口から、黒々とした女性の髪がはみ出しているのが見えた。
驚いて外へ飛び出した女生徒が、そろそろと顔だけ出してトイレを窺うと、もう髪の毛は見えなかった。
彼女は翌日、高熱を出して寝込んだ。
◇
「それでね、その髪の毛はグラウンドに埋められた死体のものだ、とか、その髪の毛に巻き付かれて絞め殺されると、その死体の髪の毛が抜けて新しいオバケになるんだ、とか、とにかく、何かこう、髪の毛のオバケがそれを見た人に呪いを振りまいてる、みたいな噂が、けっこう広まってるのよ。そしたら沢村さんが、『それっぽい映画を見たことがある』なんて言い出して、それならみんなで見て検証しよう、みたいな、そんな流れになったの」
喋っていて薄気味悪くなったのか、藍の声がこころなしか細くなっていた。顔は俯き気味で、足取りも重くなっている。
かずいにとっては幸いだったろう。自分の呆れ顔を見られずに済んだのだから。
(噂、っていうか、学校の怪談だろ、それ)
集中力を欠いた女子が重い楽器を運ぶのに足を滑らすのは無理のないことだし、季節の変わり目の雨の日にいつまでも屋外でじっとしてたら風邪の一つもひくだろう。
(何が呪いだ)
しかし、ここでそれを指摘してもいいものだろうか。何となくだが、殴られる気がする。理由は分からないが、そんな気がする。
(それにしても、学校を這い回る妖怪の噂、か。ひょっとして……)
黙り込んだかずいに、藍が不安そうな目線を送る。
「か、かずい?」
かずいは慌てて、思考を中断した。これからその校舎に入ろうというのに、いつまでもこんな調子でいられたら堪らない。だからかずいは彼なりに、精一杯、ユーモアを利かそうと思ったのだ。
「呪いって、『霊』属性の能力ってことか? 何だ、それならお前も容疑者じゃブッ」
「ジャブ? そうね。次はストレートを打つわ」
かずいは、予測した未来を回避出来なかった。
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