巷で噂の問題児 2

 栗原響。

 河咲市立橋町中学校2年F組。

 中肉中背。顔立ちは細面。

 さらさらとした髪は耳にかかるほどで、前は長め。目を半分隠している。

 サボリ魔。

 交友関係は不明。ただし、二年と三年の生徒で、つまりは彼と一年以上学舎を共にした生徒の中で、彼の存在を知らない者はいない。


『問題児』。

 教員の強権が支配する中学校において、唯一それに束縛されない存在である。生徒会長と度々争いを起こすもう一人の『問題児』と違い、彼は積極的に騒ぎを起こすことはないが、それでも彼の持つ数々の伝説は、もう一人のものと比べても何ら遜色はない。


 例えば、一人で五人の能力者を無効化出来ると言われる教員を逆に五人相手取り、逃げるどころか返り討ちにしたこと。

 例えば、カツアゲしようとした不良生徒を半殺しにし、報復に来た上級生十人をまとめてグラウンドの墓標にしたこと。

 例えば、校長が直々に、彼に対する不干渉命令を下したこと、等々。


 そんな彼のことであるから、生徒の口の端に昇ることも少なくなく、彼についての特異なプロフィールもまた、そこそこに有名である。

 つまりは響が、校区内に立つ浄土宗の寺の子供である、といったようなことだ。

 とは言え、寺の住職の実子という訳ではない。

 彼は捨て子なのだ。


 ある日、寺の前に捨てられていた一歳程の子供を、寺の住職が引き取り、養子とした。当時四十五歳であった住職は男やもめで、響と名付けられたその子供は寺の僧達の手で代わる代わる育てられた。

 このことは町内ではそれなりに有名な話であり、当然同級生の子供たちの中にも、詳しいものの一人や二人はいる。中学に入り、彼があまり好ましくない理由で有名になったことで、その話も徐々に人口に膾炙していったという訳だ。

 ただし、その話を本人から聞いたものは稀であろう。彼はそのネームバリューと裏腹に、極めて排他的な生活を送っていたからだ。


 ◇


「で、何であんたが栗原君の携帯番号知ってんのよ」


 通話が終わったかずいを、納得のいかない、という顔で藍が睨め上げる。

「去年、同じクラスだったからな」

「じゃああんた、今のクラスの子のアドレス何人知ってんの」

「友達っていうのは、人数じゃないんだよ」

「そうよね。私達のしか知らないわよね。そのあんたが、女の子の間でウルトラレアと言われる栗原君の番号を何故知っているのか。これはミステリーよ」

 かずいの返答を丸切り無視し、藍は腕を組んで顎に手をやった。

「レアも何も、あいつ女子に番号なんか教えてないぞ」

「だから何故栗原君の電話帳事情をあんたが知ってる!」


 食って掛かる藍だったが、それ以上のことをかずいが語ることはなかった。

「まあいいけど、それで、どうなったの?」

 部屋の中では電波が悪かったので、かずいは窓の外に出て通話をした。藍はその内容をまだ聞いていないのだ。

「今、学校の警備はオフになってる」

「はい?」

「ひび……栗原は、今学校にいるんだ」

「いいわよ別に名前で呼んでも。それより、どういうこと? あんたに必要なのは気合と情熱と幼馴染に分りやすい説明をする心遣いよ」


「あいつんチが寺なのは知ってんだろ」

 ええまあ、と、藍は首肯した。

「今日、和尚さんが出張かなんかで寺を空けてるらしいんだけど、響の奴、他のお坊さんとあんまり上手くいってないんだよ。それで、今日は学校に寝泊りすることにしたんだと」

「何それ? あんたそれ知ってんならあんたんチ泊めてあげなさいよ」

 憤慨する藍だったが、かずいの返答は淡々としていた。

「だから、そうすると俺の親から寺に連絡がいくだろ。そしたら和尚さんにだって隠しておけなくなる。響としちゃ、和尚さんにだけは心配かけたくないんだそうだ。だから、学校なんだと。他の坊さん達には、友達んチに泊まるっつってるらしいけどな。無人警備のキーを教員からパクって、好き勝手やってるんだと」


 それを聞いても、藍はまだ複雑な表情をしていた。

「でも、夜の学校に一人なんて……」

「あいつがそんなこと気にするかよ。それに、一人じゃない」

「どういうこと?」

「蓮も一緒に遊んでるそうだ」


 ◇


「今の、親父さんか?」

「いや、日野だ」

「日野? へー、珍しいな。何だって?」

「御子柴、って知ってるか?」

「知ってるかってお前、同じクラスだろ。あーいや、お前に言ってもしょーがねーか。あいつがどうかしたのか?」

「忘れ物をしたから、今から取りに来るらしい」

「へー、こんな時間にねぇ。そーいやあいつ、日野と仲良いもんな。何だ、あいつら付き合ってたのか」

「俺が、知るか」


「つーか、何で日野はお前の番号知ってんだよ」

「去年、同じクラスだったからな」

「………」

「久城?」

「……いや、お前の口から同じクラスなんて言葉が出てくるとは思わなかったっつーか、じゃあお前日野と俺と恭也以外に去年のクラスメイト何人知ってんだよっつーか……」

「………………唐松?」

「頑張って捻りだしたところ悪いが……そりゃ担任の名前だ!」

「……日野には、借りがあるからな」

「借りだぁ? ますます分かんねぇよ。お前誰かに借り作ることなんてあんのか?」


「俺が『問題児』になれたのは、日野のおかげなんだ」

「……………あん?」

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