女の子は甘いもので出来てる 2
先週、木曜日。
美術部にて、こんな会話があったのだった。
「なあ、ショートケーキって何キロカロリーぐらいなのかな」
「「……!」」
「急にどうした、かずい?」
「いや、ほら、週末の」
「あ! 聞きましたよ。先輩達、あそこのお店行くんですよね。いいなあ、私も行きたいなあ」
「一緒に行く、紫乃っち?」
「いえ、その日は優香と遊ぶ日です!」
「そっか、じゃあ仕方ないな。で、かずいは何で急にそんなこと?」
「いや、俺、普段そんなに甘いの食べないから、感覚がよく分かんないんだけど。飯、抜いてったほうがいいのかな、って」
「「……!」」
「いや、大丈夫だろ。食べ放題ったって、デザートみたいなもんじゃん」
「奥月先輩、油断しちゃダメですよ。生クリームも卵も、結構カロリー高いんですよ? それに加えてバター、チョコレート、クリームチーズにカラメルソース……」
「「…………」」
「まあ私は、食べてもそんなに太んないですけど」
「「!!??」」
「ん、まあ。だから、朝、少なくしとこうかな、って」
「そんなん、食べた分だけ体動かしゃいいだろ。それに、腹減った状態で甘いもの、って、よくないらしいぞ」
「そりゃお前は道場があるからいいだろ」
「何ならかずいも来るか? 少し鍛えろよ、蚊トンボ」
「そんなことをしてみろ。お前は友人を過労死させた中学生として、翌日の紙面を飾ることになる」
「あははは。日野先輩、変なこと言わないでくださいよ、線ずれちゃったじゃないですか」
「……」
「……」
「……ねえ、しず」
「何かな、藍ちゃん」
「私ちょっと、前の日から準備しとこうと思うんだけど」
「そうだね、ちょっと、ご飯、控えめにしないとね」
「そうね。控えめにね」
「折角だから、いっぱい食べたいもんね」
「そうね。折角だもんね」
「……」
「……」
「藍ちゃん。こないだの身体測定「しず、あんた確か身長より――」
「藍ちゃん」
「な、なあに?」
「私、頑張る。それでいいんじゃないかな」
「そ、そうね。私も頑張るわ」
「うん。頑張ろうね。お互いに」
「そうね。お互いに」
◇
頬を赤く腫らしたかずいは、虚ろな表情でベッドに寝転がったまま、藍の独白を聞いていた。
「それでね。どっちが言い出したってこともないんだけど、じゃあどのくらいご飯減らせばいいかってことになってね。最初はカロリー計算とかしてたはずなんだけど、ネットでお店のメニュー見てたら何かもう二人ともおかしくなってきたっていうか、もういっそ何も食べなきゃいいじゃん、みたいな話になって」
藍は勉強机の椅子に体育座りでちょこんと乗っかり、自分の部屋から持ち寄ったクッションを抱き、ほとんどかずいの方を見ずに喋り続ける。
「頑張ったの。お姉ちゃんのお土産とか、かずいんチの小母さんからもらったお菓子とか、我慢したの。夜はクッションを抱いて寝た。お水に塩を混ぜて飲んだわ。私何でこんなことしてるんだろう、って思った。でも、それは全てスイーツのためなの。気がついたらお店のチラシに穴が空いてた。自分でも怖かったわ」
かずいの表情は変わらない。ただ、黙って天井の染みを数えている。
「当日のことはね、私も記憶が曖昧なの。自分がどうやって待ち合わせ場所に行ったか覚えてないわ。覚えてるのはね、サクサクで、ふわふわで、とろとろで、甘くて、甘くて、甘くて、たまに酸っぱかったり苦かったりして、でもやっぱり甘くて甘くて甘かったことだけなの。
お店を出た所からははっきり覚えてるわ。奥月の顔が、顔が……。あんな顔で、何を見てるんだろう、って思った。あたしだったの。あたしを見てたのよ。でもその後は、二度とこっちを見てくれなかった。死ぬかと思ったわ」
かずいが、ゆっくりと起き上がった。ベッドから立ち上がる。
「でもね、私気づいたの。全部かずいが悪いのよ。あんたがあんなことを口にしなければ、私もしずりもここまですることはなかったと思うの。奥月に引かれることもなかったはずなのよ。だからね、私考えたの。あんたを殺せば全てがなかったことになるわ。きっと先週の木曜日に帰れるはず。私は適度な食事制限で日曜日を迎え、その日は理想的な休日になるはずなのよ。だからかずい、あんた私のために死になさい」
「お茶、煎れてくる」
「………うん」
そう言って、かずいは一階の台所へと降りていったのだった。
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