愚か者は夜の学校に集まる
少年は幼馴染に夢を見ない
女の子は甘いもので出来てる 1
中学生が発現させる能力は、ほぼ七つに分類することが出来る。
『
『海』――水に干渉する。
『空』――天候や空気、空間そのものに干渉する。
『山』――無機物に干渉する。
『森』――生物に干渉する。
『霊』――人の精神に作用する。
『肉』――自己の身体を変質させる。
しかしごく稀に、以上のいずれにも当てはまらない能力を発現させる中学生がいる。
それが、『星』と呼ばれる属性の能力者だ。
現状もって、この『星』の能力者は、能力研究の完全なるブラックボックスとされている。
まず数が少ない。二十六年間の中で、『星』の能力を身に付けたのは、わずか百五十人弱。また、発動する能力はてんでばらばらで、共通項が少ない。そして、これが最も大きな原因とされているのだが、『星』の能力を発動させた中学生は、かなりの確立で在学中に死亡してしまうのだ。
死因の半分は、能力の暴走による事故死。残りの半分は、自殺である。このことは正式なデータとしては残されていない。しかし実際のところ、教員の間ではほぼ常識といっていい知識だった。
昨年の春、日野かずいが自らの能力――『オーバージョイド』の登録申請に現れたとき、職員室は騒然となった。予知能力は記録上、過去五人の中学生が発現させているが、その五人全てが、能力の発現から三ヶ月以内に自殺していたからだ。
校長は直ぐ様市に申請し、優秀なスクールカウンセラーを派遣させた。
かずいは翌日から度々指導室に呼び出され、カウンセリングを受けることとなった。ただただ優しそうな顔をした中年女性とあれやこれやと他愛のない話をさせられただけだったのだが、かずいは特に不満を訴えたりはしなかった。
二週間後、カウンセラーの女性は、校長にこう言い残して学校を去った。
「あの子は正気です。それはもう、恐ろしい程に正気ですわ。幸か不幸か存じませんが、あの子が自殺することはないでしょう」
彼女は、そのまま職を辞した。
◇
「ねえ、運命ってあると思う?」
ある時、かずいはこんな質問を投げかけられた。
それは紫乃と優香、そして市村杏子を巡る騒動から、一週間が経った日のことだった。
結局水曜日になっても何かの事件が起こることはなく、やはり噂は噂だったのだ、と、紫乃は次の日の部活の集会でようやく憑き物が落ちたように、すっきりとした笑顔を浮かべた。
生徒会長――巽恭也には火曜日に声をかけられた。話は聞いた、市村杏子のことはこちらで処理しておく、と、そんなようなことを、何故かトイレで小用を足している時に横から言われた。
彼女に関してどのような措置が取られたのかは分からなかったが、杏子とはそれ以来、廊下ですれ違う度に挨拶を交わす程度の仲になった。彼女とすれ違うのは、偶然そばにしずりがいない時だけだった。
時は進んで、週末。
かずい、衛、藍、しずりの四人は、しずりが賭博で儲けたお金を使って、駅前のスイーツ食べ放題へと乗り込んだ。
『乗り込んだ』、というのは、少し婉曲的な表現だ。より正確に言うなら、藍としずりは、『襲撃した』、衛とかずいが、『お邪魔した』、というのが正しいだろう。四人の平均を取ると、それが『乗り込んだ』、という言い回しになるのである。
女子二人は、前日、絶食をしていた。
当日の朝には蒟蒻ゼリーで胃を慣らし、いざや示さん乙女の本懐を、と、呼吸は荒く、目は暗く、口元をぎりりと噛み締め、二人は集合場所に現れた。
それまでは楽しみにしていた衛はそれを見てドン引きし、元から乗り気でなかったかずいは踵を返したところで三人に拘束された。
その後一時間以内の記憶を、かずいは消し去ることにした。
翌日、しずりと藍は口数が少なく、衛とかずいは不必要なほど二人に気を使い、クラスメイトや部活の先輩後輩に怪しまれた。
そして、その日の夜。
夕食を終え、三つ上の兄から借りた小説を読んでいたかずいを、携帯の着信音が呼ばわった。そして開口一番、電話越しに藍が放った一言が、冒頭の質問なのだった。
かずいは一、二秒逡巡した後、いつも通りの無愛想な声で答える。
「衛のことか」
「遠回しに言ってんだから気ぃ使いなさいよ!」
スピーカーから放たれた怒声に顔を顰めたかずいは慎重に言葉を探し、次のセリフを口にする。
「なぁ、藍。俺は自慢じゃないが、恋愛には疎い」
「そうね、知ってるわ」
「その上で、この件に関しては不見識なのを重々承知で、敢えて言わせてもらうんだが」
「な、なによ」
携帯の先で、藍が警戒したのが伝わる。
しかしかずいにも、言わねばならないことがあるのだった。
「あれはねぇよ。マジビビッたよ」
「う……」
「衛のヤツ、完全に引いてたぞ。あいつがからかいの一つも口にしないって、相当だと思う」
「うぅぅ……」
「ことわざ辞典を見ても、俺はそれがどういうものなのか今いちピンと来なかったんだけど、これで分かったよ。長年の疑問が解消された。あれが、『百年の恋も冷める』ってことなんだな」
「うるさいわよ、馬鹿ぁ!」
かなり乱暴に携帯が切られると、窓の外で、がっしゃん、と、こちらもかなり乱暴な音が響いた。
かずいがカーテンを開いてみれば、窓の外に、泣きながらこちらを睨んでいる藍の顔が見えた。
かずいと藍の家は隣通し。自室も向かい合わせなのだった。
藍は向こうの窓から身を乗り出し、身振り手振りで何かを伝えている。自分とこちらを交互に指さしたり、右手を左に伸ばして横に引くように空をかいたり。
つまりは今からそちらに行くので窓を開けろ、ということらしい。
かずいは、無言でカーテンを閉めた。
――無視してんじゃないわよ!
脳髄に直接響く大音声に、かずいがつんのめって倒れる。ふらふらしながら何とか窓を開けると、まず最初に黄色のクッションが飛び込んできた。顔面に食らいもんどりうった所に、藍本人が乗り込んでくる。
仰向けに倒れるかずいに、藍は歩み寄り、胸ぐらを掴んで引き起こした。
「違うの! 違うのよ!」
「何が」
「違うんだってば!」
「だから何……ってちょっと待て落ち着け分かった悪かった俺が悪かったから」
がっくんがっくんと揺さぶられ、かずいの意識に靄がかかる。
「そうよ全部あんたが悪いのよ!」
唾を撒き散らしながら、藍はかずいに平手を叩きつけた。
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