お話をしましょう 3
机の上に行儀悪く腰掛け、見せつけるように長い足を組む杏子が、艶めいた目つきでかずいに問う。
「だからね、あなた、私と仲良くなりましょうよ。別に私、暴力主義者じゃないわ。争わないで済むなら、それでいいじゃない。私、頭のいい子って、好きよ。私のこと、誰にも言わないでくれたら、サービスしてあげる」
「いや、その……」
ここに来て、初めてかずいが狼狽えた顔を見せた。
初めて引き出したその後輩の表情に、杏子は満足そうに微笑む。
「そっちの小さな彼女さんじゃ、想像も出来ないようなこと、色々知ってるわ」
「はい?」
「…………」
かずいのブレザーの袖を掴むしずりの掌が、いつの間にかその中のかずいの腕の肉を抓み上げていた。
「深山、痛い」
「そうだ! よかったら、あなたも一緒にどう?」
「…………」
「痛いって、深山!」
「ねえ、日野くん」
かずいの悲鳴を無視し、その小さな唇から発された声は、いつものしずりと変わらない、おっとりとしたものだった。
「もう、いいんじゃないかな」
「み、深山?」
「早く、巽くんのとこ行こうよ」
しずりはそう言って、かずいの手を引き(肉を強めに抓みながら)、廊下へ出ようとする。
「いや、ちょっと、深山?」
かずいはなされるがまま、ずるずると引きずられていく。
しかし。
「そういう訳には、いかないんだってば」
がらり、と音を立て、教室のドアがひとりでに閉まった。
しずりの足が止まる。
よく見れば、ドアの端に、大学ノートの切れ端が貼り付いているのが分かる。
それはぶるぶると震えると、風に吹かれるように舞い上がった。
次の瞬間、しずりの体が後ろに跳ねた。
「え?」
かずいがブレザーの襟ごと引っ張ったのだ。
先程までしずりがいた場所を、ノートの切れ端が通り抜けていった。
再びふわふわと、宙に浮く。
かずいの頭が下がる。
その上を、紙が飛翔する。
振り返ったかずいは、そこに、白い竜巻を見た。
机の上で足を組む杏子を中心に、どこにこれだけの量があったのかと思うほどの紙の群れが、渦を巻いて浮かび上がっている。
「流石ね、日野かずいくん」
それは、先程までの茶目っ気のある、何処か人をはぐらかすような女生徒の顔ではなかった。
捕食者の顔。
吊り上がった口元も、細められた目も、今は素直に、彼女の獰猛さを伝えている。
そのセリフに、違和感を覚えたのはしずりだった。
苗字で呼ぶなら分かる。さっきから、自分が何度か彼を苗字で呼んでいるからだ。
しかし何故、彼女が彼の下の名前を知っている?
「ふふ。ごめんなさいね。あの巽くんが、『問題児』以外に気にかけてる子が二年生にいるっていうから、ついでに調べてみたのよ。それにしても、柏木さんの唯一のお友達が、あなたたちの後輩だったなんてね。ついてないわ」
かずいの表情は変わらない。
しかし、すぐそばにいたしずりには、彼の呼吸が僅かにテンポを上げたことが分かった。
「ひょっとしてあの一年生は、あなたの差し金だったんですか? でかい方のやつは感知系の能力者で、一年生を見張らせていた?」
「もー、ホントに頭がいいわね。ねえ、やっぱりこんなことやめない? ここ、誰も来ないわ。三人で仲良くしましょうよ」
「………」
「深山、抓るな。大丈夫だから!」
「ふふふ。そういう訳にいかないのは、そっちも同じみたいね」
杏子の周りを取り巻く紙の群れが、いくつかの塊に分離していった。
「かずいくん、あなた、読心能力者なのでしょう? さっきあの子達をあしらってたの、見てたわ。本当は私の後輩があなたのこと知っていれば良かったんだけど、生憎良く知らないっていうから、ちょっと試してみたの。すごいわね。あの子達、すっかり手玉に取られちゃって。でも、一つだけ分からないの。どうして隣の奥月君に頼らなかったの? 彼、強いのでしょう?」
「俺が平和主義だからですよ」
「それはちょっと、つまらないわね。男の子には、大胆さも必要よ?」
杏子はそう言うと、軽やかに机から飛び降りた。ふわりと、スカートが揺れる。
その周りには、四つの影があった。
それは、紙で出来た人形だった。縒り合わされ、木の枝のようになった紙が、くねくねと不安定に揺れ動きながら、人の形を作っている。大きさは、しずりの身長程。
「『ラブ・アクチュアリ』。私の紙人形には、最初に下した命令以外、私の意思は反映されないの。当然この子達にも、思考なんてないわ。ただ自然現象のように、私の命令を遂行する。これなら、あなたにも動きは読めないでしょう? 折角だから、可愛い彼女のために、見せ場を作ってあげるわ。狙いはあなたに絞ってあげる」
そう言うと、杏子は、すっと右手を前に掲げ、言い放った。
「潰せ」
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