お話をしましょう 2
「どうしてそう思うの?」
面白そうな顔でそう問う杏子に、かずいはあくまでも無表情に答えを返す。
「どこをどう見ても、綿密な計画とは思えないからです。それに、意味のある計画にも思えない。本当に彼女に亘田を攻撃させるつもりなら、情報操作も、心理誘導も、もっと丁寧にやるはずだ。
それに、万一彼女の行動が、まあ実際にはそんなことにはならなかったでしょうけど、もし万が一にでも全中連を動かすような事になったとしても、得をする人間は誰もいません。恐らく、あなたの目的は――」
「あら、私まだ、何も認めてないわ。決めつけるのはよくないわよ」
「……あまりこの言葉は使いたくないんですが、では、犯人の目的は――」
「目的は?」
「一年生全員の能力を把握することだったんでしょう」
杏子の口が、さらに吊り上がる。
「聞けば柏木優香は、一人の友達を除いて、誰にも能力のことを話していないそうです。それを調べるには、かなり念入りで、徹底した調査が必要だったはずだ。それこそ、一年生に噂を流すなんてことに比べれば、遥かに大変で、手間がかかるはず。
もしこれが、一年の誰かに亘田を襲わせることが目的なんだとしたら、ウェイトの置き方が明らかにおかしい。多分、彼女で最後だったんじゃないですか? だから犯人にとっては、柏木優香の能力が判明した時点で既に目的は終えていた」
ここでかずいは、一度言葉を置いた。杏子の反応を待つ。
しばし、沈黙が流れた。
かずいの表情は変わらない。
杏子の表情も、変わらなかった。しかし。
「まあ、いいか」
やがて、ぽつりと、杏子が呟いた。
「こっち、来てくれる?」
そう言って、杏子は今しがた自分が出てきたばかりの空き教室の戸を開いた。
かずいの方を見もせずに、中に入る。
かずいはやはり表情の読めぬ顔で、しずりは何処か不安げな表情を浮かべて、それに続く。
教室の中は、無人だった。
「今日は部活、休みなのよ」
散在する机の一つには何かの参考書とノートが広げられている。どうやら杏子は、放課後の教室を貸し切って勉強をしていたらしい。
杏子は、机の上に腰を乗せると、長い足を組んだ。
「柏木さんってね、読書の趣味がいいの」
そして、唐突にそんなことを言った。
「ばったり本屋で会ってね。これは本当、偶然だったの。あの子には手間がかかったわ。交友関係も薄くていっつも一人でいるし、能力が発現するのも、とっても遅かったし。意趣返し、って訳じゃないけど、ちょっとからかってあげようかしら、なんて思って、お茶に誘ったのよ。そしたら、意外と趣味が合っちゃってね。今どき織田作なんて読んでる子、私以外にいるのね。話してるうちに、だんだん可愛くなってきちゃって、ついつい、その……
はにかみながら微笑む杏子は、中学生らしからぬ艶然とした瞳で、かずいを見る。
あっさりと自白めいたことを漏らした杏子だったが、悪びれた様子はまるでなかった。
かずいの半歩後ろでそれを見たしずりが、眉を顰める。
「つまり、この事件は……」
「ただの
しずりの声に被せるように、杏子が言った。
「事件だなんて、ムキになられても困るわ。実際、何も起きてないし、何も起きないもの。まあ、あの子があんなにお友達思いだったのは、ちょっと意外だったけど」
「そんな言い方――」
「ひょっとして」
何か言いかけたしずりの言葉を、今度はかずいが遮った。
「他にも候補にしてた人がいたんですか?」
「「え?」」
その突飛な問いに、しずりと杏子が揃って目を見開く。
「そうでなきゃ、順番がおかしい。金曜日の時点で、既に噂は流れてた。あなたが柏木優香に追加の噂を吹き込んだのは、日曜日のはずだ」
杏子は意外そうな顔を見せる。
「それ、柏木さんに聞いたの?」
「そんなところです」
「ふうん。ま、いいわ。折角だから教えてあげる。元々この事はね、
「妹さんでしょう。一年生の」
「よく知ってるわね。そうよ。ま、そもそもデータ集めは私の……仕事っていうわけじゃないんだけど、まあそんなようなものかしら。それをあの子にも手伝って貰っちゃったからね。何か
その時かずいの後ろで、しずりが、かずいのブレザーの袖を掴んだ。
杏子が目敏くそれを見る。
「そっち子は、君の彼女? ふふ、可愛いわね」
「「違います」」
「あらあら」
異口同音に答えた二人の様子にくすくすと笑う杏子を、かずいは無表情を保ったまま見据えた。
「話を戻しましょう。あなたがどうして一年生の能力のデータを集めていたか、追求するつもりはありません。後は恭也に任せます。だから今日のところは、これで手打ちにしませんか。柏木優香には、もう手を出さないでください」
杏子は、そこで、初めて悩むような振りを見せた。しかし、かずいには、それがあくまで振りでしかないことが分かった。
「そう言われても、困っちゃうのよ。あ、柏木さんのことは、もういいわ。後で謝っておかないとね。でもね、私、どうにもお喋り好きでね。本当は今言ったこと、全部秘密なの。聞かれちゃったからには、このままって訳にはいかないわ。それに、巽君には今は動いてほしくないの」
「なら、どうするつもりですか?」
「そうねぇ。じゃあこうしない?」
意味ありげに溜めを作って、杏子が言う。
かずいが、しずりを隠すように、後ろに下げた。
「あなた、私とお付き合いしましょう」
「はい?」
空気が、凍りついた。
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