『力』を握る手

お話をしましょう 1

 そこまでを話し終えた優香は、ようやく一息つくと、目の前の幼馴染が、またぞろ目に涙を浮かべているのに気づいた。

「優香ぁぁ」

「わかったから。もう大丈夫だから」

 よしよしと、紫乃の頭を撫でながら、優香は続けた。


「私、自分の能力のこと調べて、ひょっとしたら、多重能力に見せかけることもできるんじゃないか、って思ったんです。だから、きっと亘田の多重能力者も、私みたいにあまり知られてない能力を、多重能力っぽく見せかけてるだけなんじゃないか、って思って、それなら、私にも勝ち目はあるはずだ、って。屋上とか使って、練習もいっぱいしたんです。結局、奥月先輩には手も足も出ませんでしたけど。こんなんじゃ、本物の能力者との戦闘なんて、出来っこないですよね」

 自嘲気味に言う優香に、下から返事があった。


「いやー、そうでもなかったよ、ホント。こっちもよけんのに精一杯だった」

 いつの間にか回復したらしい衛が、身を起こしながら言った。

「強いね、優香ちゃんも、紫乃っちも。俺の負けだ。さっきは悪かったよ。ごめんな」

 人懐っこい笑顔を浮かべた衛を、惚けたように、優香が見つめた。

「い、いえ、ホントのことですから……。その……あぅ」

 顔を赤らめた優香に、どうしたのかと小首を傾げる衛を、藍がジト目で睨み、紫乃がむくれ顔で見上げていた。


「あ、あの、それで!」

 何かを裁ち切るように首を振り、優香が上ずった声をあげた。

「それで、結局噂は、本当なんですか? もし本当なら、私、どうすれば――」

 その時。


 …………ぁぁぁぁああああ


 空から、悲鳴が降ってきた。


「優香ちゃん!」

「ふぇ!?」

 咄嗟に『ヴィルヘルム・テル』を発動させ、優香の両手が消える。

 風が収束し、落下してきた何かを受け止めた。

 それは、一人の男子生徒だった。

 どうやら屋上から落ちてきたらしい。恐怖のあまり、彼は白目を剥き、既に失神していた。


「あれ?」

 その顔をのぞき込んだ衛が、何かに気づく。

 だらしなく伸ばされた、一目で染色と分かる明るい茶髪に、不健康そうな色黒の、痩せぎすの体。


 それは、放課後すぐに、渡り廊下で衛達に絡んできた不良少年だった。



 そう、負けちゃったのね、あの子。

 相手は、奥月……衛君、だったわね。

 まあいいわ。ありがとう。じゃあもうしばらく――。

 え?

 もうやめたい?

 どうしたの、急に?

 生徒会長?


 ああ、そうだったわね。巽君に、いじめられちゃったんだっけ。

 ごめんなさいね、怖い思いをさせて。

 今度、お礼に、ご褒美あげるわね。

 そう。ご褒美よ。

 だから、ね?

 もう少しだけ、私のお願い、聞いてくれるかしら?


 そう。

 いい子ね。

 今、屋上よね?

 じゃあ……


 え?

 どうしたの?

 誰かに見られた?

 見られたって、そこ、屋上よね?

 まさかと思うけど――。


 ちょっと、聞こえてる?

 駄目よ、その子に手を出しちゃ。

 口封じ……って、大丈夫よ、そんなことしなくても。

 聞こえてるの?

 ねえ。

 駄目よ、その子は――



「どうかしましたか、市村先輩」


 別館、三階。三年生の教室が並ぶ廊下の端で、焦った様子で携帯に何事かを吹き込む市村杏子に、無愛想な声で、日野かずいが声をかけた。

 かずいの後ろには、所在無さげな様子でしずりが立っている。

 廊下には吹奏楽部の演奏がBGMとなって流れており、それに時折野球部のものらしき掛け声が混じる。窓から差し込む光は、廊下に長い影を落とし、白塗りの校舎の壁を、薄い橙色に染めていた。


 ぎょっとした顔でかずいを見る杏子は、しかし直ぐにそれを柔和な顔に作りかえた。

「えーっと、どこかでお会いしたかしら?」

「いいえ」

「そう? あの、ごめんなさい。私、今、急いでて――」

「一年生に妙な噂を広めたのは、あなたですね」

 杏子が何かを言い終わる前に、かずいが言葉をかぶせた。

 呆気に取られた杏子は、少し間を置いて、心外だと言わんばかりの顔を作る。

「噂って、あの、亘田中がどうこう言ってるやつかしら? どうしてそんなことを言うの? 何か証拠でもあるのかしら」

 

 かずいの表情は変わらない。

「申し訳ないんですが、俺は別に探偵でも生徒会役員でもないんです。あなたを論破するつもりはありません。ついでに言うなら、証拠もありません。その上で、話してるんですよ」

 ここで初めて、杏子の表情が変わった。目の前の無愛想な少年に、どうやら興味を惹かれたようであった。

「おかしなことを言うのね、あなた」


「柏木優香は、俺の仲間が説得してます。多分、何もしないでしょう。この件は、これで終わりにしませんか? 彼女をけしかけてどうするつもりだったのかは分かりません。けど、実際、意味なんて、、、、、なかった、、、、んじゃないですか?」


 杏子の口の端が、すうっ、と吊り上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る