『力』を握る手
お話をしましょう 1
そこまでを話し終えた優香は、ようやく一息つくと、目の前の幼馴染が、またぞろ目に涙を浮かべているのに気づいた。
「優香ぁぁ」
「わかったから。もう大丈夫だから」
よしよしと、紫乃の頭を撫でながら、優香は続けた。
「私、自分の能力のこと調べて、ひょっとしたら、多重能力に見せかけることもできるんじゃないか、って思ったんです。だから、きっと亘田の多重能力者も、私みたいにあまり知られてない能力を、多重能力っぽく見せかけてるだけなんじゃないか、って思って、それなら、私にも勝ち目はあるはずだ、って。屋上とか使って、練習もいっぱいしたんです。結局、奥月先輩には手も足も出ませんでしたけど。こんなんじゃ、本物の能力者との戦闘なんて、出来っこないですよね」
自嘲気味に言う優香に、下から返事があった。
「いやー、そうでもなかったよ、ホント。こっちもよけんのに精一杯だった」
いつの間にか回復したらしい衛が、身を起こしながら言った。
「強いね、優香ちゃんも、紫乃っちも。俺の負けだ。さっきは悪かったよ。ごめんな」
人懐っこい笑顔を浮かべた衛を、惚けたように、優香が見つめた。
「い、いえ、ホントのことですから……。その……あぅ」
顔を赤らめた優香に、どうしたのかと小首を傾げる衛を、藍がジト目で睨み、紫乃がむくれ顔で見上げていた。
「あ、あの、それで!」
何かを裁ち切るように首を振り、優香が上ずった声をあげた。
「それで、結局噂は、本当なんですか? もし本当なら、私、どうすれば――」
その時。
…………ぁぁぁぁああああ
空から、悲鳴が降ってきた。
「優香ちゃん!」
「ふぇ!?」
咄嗟に『ヴィルヘルム・テル』を発動させ、優香の両手が消える。
風が収束し、落下してきた何かを受け止めた。
それは、一人の男子生徒だった。
どうやら屋上から落ちてきたらしい。恐怖のあまり、彼は白目を剥き、既に失神していた。
「あれ?」
その顔をのぞき込んだ衛が、何かに気づく。
だらしなく伸ばされた、一目で染色と分かる明るい茶髪に、不健康そうな色黒の、痩せぎすの体。
それは、放課後すぐに、渡り廊下で衛達に絡んできた不良少年だった。
◇
そう、負けちゃったのね、あの子。
相手は、奥月……衛君、だったわね。
まあいいわ。ありがとう。じゃあもうしばらく――。
え?
もうやめたい?
どうしたの、急に?
生徒会長?
ああ、そうだったわね。巽君に、いじめられちゃったんだっけ。
ごめんなさいね、怖い思いをさせて。
今度、お礼に、ご褒美あげるわね。
そう。ご褒美よ。
だから、ね?
もう少しだけ、私のお願い、聞いてくれるかしら?
そう。
いい子ね。
今、屋上よね?
じゃあ……
え?
どうしたの?
誰かに見られた?
見られたって、そこ、屋上よね?
まさかと思うけど――。
ちょっと、聞こえてる?
駄目よ、その子に手を出しちゃ。
口封じ……って、大丈夫よ、そんなことしなくても。
聞こえてるの?
ねえ。
駄目よ、その子は――
◇
「どうかしましたか、市村先輩」
別館、三階。三年生の教室が並ぶ廊下の端で、焦った様子で携帯に何事かを吹き込む市村杏子に、無愛想な声で、日野かずいが声をかけた。
かずいの後ろには、所在無さげな様子でしずりが立っている。
廊下には吹奏楽部の演奏がBGMとなって流れており、それに時折野球部のものらしき掛け声が混じる。窓から差し込む光は、廊下に長い影を落とし、白塗りの校舎の壁を、薄い橙色に染めていた。
ぎょっとした顔でかずいを見る杏子は、しかし直ぐにそれを柔和な顔に作りかえた。
「えーっと、どこかでお会いしたかしら?」
「いいえ」
「そう? あの、ごめんなさい。私、今、急いでて――」
「一年生に妙な噂を広めたのは、あなたですね」
杏子が何かを言い終わる前に、かずいが言葉をかぶせた。
呆気に取られた杏子は、少し間を置いて、心外だと言わんばかりの顔を作る。
「噂って、あの、亘田中がどうこう言ってるやつかしら? どうしてそんなことを言うの? 何か証拠でもあるのかしら」
かずいの表情は変わらない。
「申し訳ないんですが、俺は別に探偵でも生徒会役員でもないんです。あなたを論破するつもりはありません。ついでに言うなら、証拠もありません。その上で、話してるんですよ」
ここで初めて、杏子の表情が変わった。目の前の無愛想な少年に、どうやら興味を惹かれたようであった。
「おかしなことを言うのね、あなた」
「柏木優香は、俺の仲間が説得してます。多分、何もしないでしょう。この件は、これで終わりにしませんか? 彼女をけしかけてどうするつもりだったのかは分かりません。けど、実際、
杏子の口の端が、すうっ、と吊り上がった。
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