子供たちの戦い 2

「え、じゃあ、小学校の教科書に乗ってたことは……」

「全部嘘。今度お家でやってご覧。普通に使えるから」

 紫乃は天地が引っくり返ったような気分だった。

 確かに、自分の能力を家で試したことはない。何故って、能力は中学校でのみ使えるものだと、常識として刷りこまれてきたから。

 それが、全部嘘?

 間違いなく、今日一番の衝撃だ。


「他の学校じゃどうか知らないけど、うちじゃ、一年生に全員能力が発現してから、最初の職員会議の日にこれが発表される。勿論、先生たちには内緒でな。このことを知っているのは、本当に中学生だけなんだ。ま、やってみりゃわかる話だ。いつまでも当事者に隠しておけるわけないしな」

「部活に入ってる人は、部活の先輩に。帰宅部の人には生徒会が手を回すみたい」

「具体的には、今週末だな。本当なら、その時に、みんな一斉に教えたんだけど」

「ちょっとフライングね、紫乃ちゃん」

「は、はあ……」


 二人の二年生は、どこか楽しげだった。恐らく下級生にこの話をするのは、上級生にとって一つの娯楽なのだろう。そんなことを感じた紫乃だったが、しかし、疑問を挟まずにはいられなかった。

「あの、でも、どうしてそんな秘密が、今でも続いているんでしょう」

 本当に、二十六年もの間、誰も秘密を漏らさなかったのだろうか。それに、当時中学生だった人達は、もう四十歳近いはずだ(その中には、紫乃の両親だって含まれている)。つまり『彼ら』が敵と見定めた存在に、『彼ら』自身がなってしまったことになる。その彼らが、一人も秘密を漏らさないだなんて、そんなことがあるのだろうか。


「そのために、全中連がある」

「なんです、それ? さっきもちらっと言ってましたけど」

 紫乃にとっては、初めて聞く単語だった。授業で教わった記憶もない。

「正式名称は、知られてない。多分、全中学生なんたら連盟とか、そんな名前なんだろうけど。要は自警団さ。能力者を抱える全部の中学校を見張る、風紀委員みたいなもんさ」

「でも、そんなの、聞いたことないです!」

「だからこれも、内緒の話。非合法組織なのよ」

「非合法……って」


 その穏やかならぬ単語に顔を青ざめさせる紫乃に、出来るだけ不安を与えまいと、衛も藍も努めて明るい口調で言った。

「さっき、話の中に出て来た噂ね。一つだけ、本当のことを言ってたの。能力者を使った、治安維持ってやつね。でもそれをやってるのは、亘田中の生徒会じゃなくて、全中連の執行部なのよ」

「構成も指揮系統も詳細は全く不明だけど、全中連は各校の生徒会と緩く結びついてて、それを媒介に全部の中学校の情報を握ってるんだ」

「え……? それ、大丈夫なんですか?」


「ああ。別に悪の秘密結社ってわけじゃないわよ。むしろ私たちにとっては良い面の方が多いくらい。なんてったって、私たちが休日普通に外に遊びに行けるのは、ほとんどその人たちのおかげみたいなものなんだから」

「そう……なんですか?」

「そりゃあね。私たちが、どうして校内なら自由に能力が使えるのか、考えたことある? 能力を使って何をしたって、先生たちの『白い石』があれば何の問題もないからよ。『中学生は先生には勝てない』。これが、中学校のルール。私たちは学校にいる間中、先生たちに監視されてるの」


「あ……。だから」

「そう。だから、私たちは、先生の監視のない場所では能力を使っちゃいけないの。『自分たちは無害だから、外では監視は要りません』って、アピールしなきゃいけない。これが、中学生、、、のルールってこと。で、このルールを作ったのが……」

「……全中連」


 呆然と呟いた紫乃に、衛が説明の後を継いで言った。

「そういうこと。んで、そいつらの中に卒業生への記憶の対処を仕事にしてる部署、ってのがあるんだけど、そっちはとりあえず後回し。問題はここからなんだ」

「問題、ですか」

 ここで初めて、藍と衛が声のトーンを落とした。

「全中連は、自分達の作ったルールが破られることをひどく嫌ってるの。二十六年もの間、こんな秘密が続いてるのは、そのおかげ」

「勿論、普通に生活してれば、関わることなんてない連中だ。それこそ、卒業式の時くらいだな。だけど、もし街中で大っぴらに能力を使ったりすると、ちょっと厄介なことになるんだ」

「…………」

 紫乃がごくりと生唾を飲む。


「あいつらは、国の法律よりも中学生のルールを尊重する。だから、あいつらが守り通してきた秘密をばらすような真似をすれば、すぐに鎮圧されて、拘束される。通報を受けて警察が来た頃には、現場は蛻の空さ。その後どうなるかは、誰にも分からない」

 紫乃の顔が、いよいよ蒼白になった。

「じゃ、じゃあ、優香が、もし……」

「わからない。今までにも学校外の小競り合いが全くなかったわけじゃないからな。学校付近で少しやりあうくらいならお目こぼしがあるかもしれない。ただ、あいつらの基準はあいつらだけのものだ。もし優香ちゃんがそれに抵触したとき、どんな制裁がくだされるか……」


 紫乃の脳裏に、いかにも怪しげな黒服の男たちに連れ去られる親友の姿イメージが思い浮かぶ。

 目隠しをされて、車の中へ入れられて、どこかへ連れていかれて。次の日の朝になって、『柏木さんはお家の事情で急遽引っ越すことになりました』なんて連絡が……。


「そんな、そんなの……」

 震える紫乃の肩を、力強く衛が掴む。

 その眼に、強い光を点して。


「だから、俺たちで優香ちゃんを止めないといけない。今日中に、必ずだ」

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