世界の秘密と、商店街の例の店のタルト

子供たちの戦い 1

 美術室を出た三人が向かったのは、何故か本館の屋上だった。衛に先導される形で、藍と紫乃は最上階の階段を上に昇る。


「あの、どこに行くんですか?」

「優香ちゃんを助けるために、まず紫乃ちゃんに話しておかなきゃならないことがあるの」

 藍が紫乃の手を握りながら言った。

「話、ですか」

「そう、内緒の話。あそこじゃ、他の一年の子がいたからね」

 訳が分からない紫乃をよそに、衛は階段を上りきると、屋上への扉に手をかけた。


「え、でも、鍵――」

 ぱき。

 紫乃が何かを言いかけたが、それが終わる前に、扉にかけられていた南京錠が外れる。

「えぇ!?」

 衛はブレザーのポケットに南京錠をしまうと、扉を開けて外に出た。藍が紫乃の手を引き、それに続く。

 日差しが直にあたる屋上は、コンクリートの照り返しもあって、少し暑い。ただ、僅かにそよぐ風は、まだいくらかの冷たさを残していた。

「奥月先輩、なんで屋上の鍵なんか持ってるんですか?」

 先程から驚きの連続で、紫乃は息を吐く暇もない。


「ここの鍵はダミーなんだよ。ほら」

 そういってポケットから南京錠を取り出す衛。取り出された南京錠は、掛け金が止められている。鍵は刺さっていなかった。普通の南京錠であれば、ロックされている状態である。しかし衛は、U字の掛け金をつまむと、無造作に引っ張った。

 ぱき、と音を立て、掛け金が外れる。

「な。錠の形してるし、職員室の鍵を入れれば回るけど、別にそんなもんなくったって外せるのさ」

「ちなみにこれも、内緒の話。上級生は大体知ってるけどね」

「ふええ」


 その時、ふと紫乃が屋上を見渡すと、貯水タンクの上に人影が見えた。顔は分からないが、男子生徒らしい。どうやらタンクの上に寝っ転がっているようであった。

「あ、あの。あそこに人が」

「あー、あれは気にしなくて平気」

 衛は貯水タンクを見上げると、珍しく苦笑いを浮かべた。

「それより、紫乃ちゃん。今から、とっても大事な話するから、よく聞いてね」

「あ、はい」

 紫乃はまだ貯水タンクの人影が気になるようだったが、二人の真剣な顔に、気を引き締めた。


「中学生の能力は、学校の敷地から出ると、効果が薄れる。小学校の頃から、散々習ったから、常識よね?」

「はい。でも、優香は……」

「それ、嘘なの」

「……はぃ?」

 紫乃の口か、ぽかんと開けられる。


「中学生の能力に、場所の制約なんて、本当は関係ないのよ」

「……………え?」


 ◇


 話は、二十六年前に遡る。


 中学生達に不思議な特殊能力が発現するようになって、数週間。

 日本全国の治安は、正に地獄絵図だった。

 暴力、窃盗、強姦、放火。

 能力を得た中学生達は、その欲望を思う存分に発揮した。しかし、世の中学生達が、皆そのような悪徳に身を染めたかといえば、そうではなかった。

 ひとつの力があれば、必ずそれに対抗する力がある。

 人の善性を信奉する中学生達は能力者による自警団を組織し、自称自由主義の中学生達と戦った。


 それは当事者達からすれば、清い戦いだったのかもしれない。尊い戦いだったのかもしれない。青春だったのかもしれない。

 しかし、それはあくまで、当事者にとっての話だ。

 大人達は、それらの一切を『子供の遊び』と断じた。


 様々な思想が混じり合った色とりどりのキャンバスは、無機質な大人たちの正義によって白一色に塗り固められた。

 勿論、抵抗がなかったわけではない。しかし、大人達が下した『子供の遊び』という判断は、あながち間違っていたわけでもなかったのだ。いたずら以外に戦術など知らない子供達は、大人達の物量と経験知に徐々に追い込まれていった。


 そんなある日。

 元々中学生達は学校をテリトリーに活動していたため、自然、制圧活動も学校が戦場となることが多かったのだが、その日、たまたま商店街の一角で能力者を鎮圧した警官は、彼らがほとんど能力を使えなくなっていることに気がついた。

 そしてその日以降、何故か学校の敷地から離れた場所では中学生の超能力が発動しなくなった、という報告が多数挙げられるようになったのだ。


 学校の敷地から離れば離れるほど、中学生の超能力は減衰する。

 数度の検証を経て、この仮説は実証された。この現象が発現した当初は場所に関係なく能力は使えていたはずなのに、何故今になって場所の制約が出来たのか、という疑問に関しては、結局明確な原因は判明しなかったが、発生から数ヶ月が経ったことでこの現象そのものが弱まってきたのではないか、という仮説が今でも有力説として採られている。この事実(として認識されたもの)は後の青少年保護条例の中で大きな役割を果たすことになるのだが、大人達は、ついに気づくことはなかった。


 中学生の能力は、場所によって影響を受けない。


 最初にこの仮説のきっかけを与えた中学生が捕縛された場所には、ある鉱石があったのだ。

 それは、隕石の欠片。

 あの大災害をもたらした隕石の、直径五十センチ程の欠片を密かに蒐集していた人物がいたのだ。

 後に『白い石』として世の中学校の教職員が必ず身に付けることになる鉱石――わずか五グラムの破片で中学生の能力を完全に封じる護石が、この時彼らの能力の発動を阻害していたのである。

 それを知らずに初めてこの仮説が打ち出された時、世の中学生達は一つの決断を下した。


 大人は敵だ。

 今は、中学生同士で争っている場合ではない。

 彼らは結託したのだ。


 果たして、大人達は気づくことはなかった。

 中学生は、学校の敷地外に出ると能力が減衰する。

 これは、中学生が自分達に課した、、、、、、、、、、、ルールだったのだ。

 彼らは、検証と称した実験において、わざと能力を発動させなかった。

 正面からの力比べでは大人たちに敵わないと判断した彼らは、自らに枷を付けることで、敵方から付けられる枷を僅かでも少なくしようとしたのである。


 初めは一部の学校に端を発したこのルールは、地区を超え、県を超え、全ての能力者達に浸透した。

 驚くべき事に、あれだけ抗争を繰り広げていた中学生たちは、この理念に置いて、見事に団結した。誰一人、この壮大な嘘をバラすものはいなかったのだ。

 実際、現状では、中学生は校内においてこそ厳重な監視下に置かれるものの、学校外においては殆ど制約を受けることはない。もしも校外においてさえ能力を自由に振るえることを大人たちが知れば、こうはならなかったに違いない。


 彼らは、自由を勝ち取ったのだ。

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