変わってしまった友達 3

「え、ええっと……」

 さっきまでは紫乃を安心させようと、どこか和やかな空気を保ってくれていた(かずい以外の)先輩たちが急に雰囲気を変えたのを見て、紫乃は狼狽した。


(私、何かまずいことを言ってしまったんだろうか?)


「今日何日だっけ」

「二十五だよ」

「総会は――」

「今週末」

「どうする、巽君に――」

「駄目。生徒会が動いちゃう」

「全中連よりマシなんじゃ」

「だから、生徒会からそっちに情報が流れるって」

「ばれたら、どうなるのかな」

「やっぱり記憶操作?」

「いや、それならまだマシだ。最悪――」

「ちょっと!」


 急にざわついた二年生のテーブルを周囲の部員も怪訝そうに見ていたが、紫乃はその中で泣きそうになっていた。

(どうしよう。軽い気持ちで噂のことを確かめようとしただけなのに……)

 助けを求めるように、一人だけその会話に混じっていないかずいの方を見た紫乃は、ひっ、と息を詰まらせた。


 そこにいたのは、人間の形をした何か、、だった。

 かずいの目は、半眼に開かれていた。

 その顔に、表情はなかった。

 能面のような、蝋人形のような、無機質の顔。

 半分しか見えない眼球は、机の上の花瓶を見ているようで、しかし、この世のどこをも見ていないように、虚ろだった。

 闇だ。

 濃茶の虹彩の奥、瞳孔の形をした闇が、世界を覗いている。


(この人は、一体……)


 紫乃の背に、冷たい悪寒が走った。


「今」

 それまで瞬き一つしなかったかずいの瞳が、初めて紫乃の姿を捉えた。相変わらず視線は合わせなかったが、体はしっかりと向き合わされている。

「その友達がどこにいるか、わかるか?」

 かずいの見たこともない表情に怯えながらも、紫乃は懸命に問いに答える。

「は、い。優香は書道部なんですけど、今日は、図書委員会があるから、きっとそっちに行ってると、思います」

「その子に前に会ったときは、まだ能力が発現してなかったんだな。その時、何か違和感は感じなかったか?」

「いえ、全然、普通、でした。……だったと思います」

「それはいつ頃?」

「え、っと、先週の日曜日、です。家の近くで、たまたま」

 とぎれとぎれに搾り出されたその声を、かずいは僅かに顎を引いて飲み込むと、机に両肘をつき、顔の前で手を組んだ。


 そこに、衛の声がかかる。

「かずい」

「ああ」

 三人の二年生が、かずいに視線をやった。衛の口調は、普段と変わらない、穏やかさを取り戻していた。

「ちょっと行ってくる」

「衛。場合によっては――」

「分かってる」

 少し逡巡した後、かずいは、衛の目を正面から見た。

「頼めるか」

「聞くな、友よ」

 軽く頷き合う。


「藍。何かあったら、携帯にかけろ」

「りょーかい」

「深山は残ってくれ」

「うん」

 てきぱきと指示を出すかずいと、先程まで散々からかっていた彼の言葉に素直に従う三人を、紫乃はおろおろと見つめることしかできない。


「よし。行くよ、紫乃っち」

 衛が紫乃の肩に手を置き、立ち上がった。

「え、あの、えぇ?」 

 急な展開についていけず、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


 その時、つかつかと、衛達に歩み寄る人物がいた。部長の太刀川夕だ。

「何だ、お前ら、今日はあがりか?」

「はい。事情はかずいに聞いてください」

 一瞬だけ、かずいが衛を睨みつけた。

「わかった。言っておくが、間柴に危ない真似をさせたら……わかっているだろうな」

「だ、大丈夫っすよぅ」

「間柴」

「は、はいっ」

 長身の夕から鋭い目で射すくめられ、紫乃の体が硬直する。


「事情は知らんが、この馬鹿共は、厄介ごとではそこそこ役に立つ。せいぜい利用してやることだ」

「はぁ、その。はい……」

 どうやら自分は心配されているらしい、と、どうに頭が理解した時には、紫乃は藍に手を握られていた。

 その横で、衛がおどけるように敬礼を作る。

「では部長、奥月衛、以下三名、本日はこれで上がらせていただきます」

「うむ」 

「え、うえぇぇ?」

 そうして衛と藍、紫乃の三人は、美術室を飛び出して行ったのだった。


 ◇


 バタバタとした衛達のやり取りに、にわかにざわつく美術部。

「私、ついて行かなくてよかったのかな」

 三人の背中を見送ると、しずりがかずいに問いかけた。

 その表情は、どこか楽しげだった。笑顔が溢れそうになるのを、なんとか堪えているような。

 かずいはちらりとしずりを見やったが、すぐに視線を逸らす。

「ああ、危なくなるかもしれないからな」

「ふふ。日野くんは優しいなあ」

「……」

「それで、私達はどうするの?」

「話を整理したい。聞いてくれ」

「はーい」

 そう言って、しずりはテーブルを回り、かずいの隣の席に座る。


「まずは――」

「噂の広がり方を操作した人、だよね」

「……ああ」

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