ある美術部の活動 2
「おーら、お前ら! 日野いじりも構わないけど、手が止まってるよ!」
長い黒髪を後頭部で丁寧に結った長身の女生徒が、手を叩きながら、その少しハスキーな声を張り上げた。
つかつかと、かずい達の作業台に歩み寄る長身の女生徒。
美術部の女帝、太刀川夕である。
「深山は……大分色使いが大胆になってきたな。それが終わったら、頑張ってもう一枚描いてみなさい」
「はい、部長」
「御子柴はもっと下書きを丁寧にやりなさい。明らかにパースがおかしいでしょう」
「えぇっ。そ、そんなにおかしい、で、……ですよねーすいません」
「日野! お前に妄想癖のあることぐらい皆知っている! いつまでもいじけてないで一作ぐらい仕上げなさい!」
「うっ……アイ・マム……」
「そして奥月。お前は私の作品を乾かしなさい」
一通り部員の作品を
「ちょっと、部長! だから俺をドライヤー替わりに使うの止めてくださいってば!」
長身の衛がずるずると引き摺られていく。
「黙れ、愚か者。この所連続で集会をサボった罰だ。きりきり働け」
「締まってる! 締まってます、部長! サボったっつったって家の手伝いなんだから仕方ないじゃないですか!?」
「あ、夕、次こっちにも貸してちょうだい」
「こっちもお願いしまーす」
「まもちゃん、それ終わったら水貼りお願いしていい?」
「お前ら、順番決めとけ。最初は私だ」
「まさか俺が今日来るの分かってたから課題を水彩に!? ていうか南野先輩、そんなでかい水貼りして何に使うんですか!?」
この部活においては、男子が女子に逆らうことは出来ない。衛はげんなりしながらも、なされるがまま、ヒエラルキーのトップに君臨する女生徒のいる作業台に引き立てられて行った。
台には青いチェックのクロスが敷かれ、白磁の皿とワインボトル、皿の上にはレプリカの果実が置かれている。どうやらその台で描き終わっているのは部長の夕だけのようだった。その、まだしっとりと湿った絵の上に、衛が手をかざす。
みるみると、紙が乾いていった。
「うむ。ご苦労」
「お力になれて光栄です。部長」
「奥月くーん、次こっちねー」
「少々お待ちください、お嬢様」
慇懃なセリフを、まるで敗戦奴隷のような声で口にしながら、衛は次の作業台へと向かった。
◇
しばらくはがやがやと、あるいは黙々と、各人作業に没頭する時間が続いたが、それが一段落すると、全体に弛緩した空気が満ちてきた。ノルマは一人一作なので、それを仕上げてしまえば、あとはいつも通りの自由時間だ。
ようやく解放された衛が自分の席にどっと倒れ込むと、そこでまだ絵筆を握っているのは既にしずりだけだった。そのしずりにしても、あまり熱心な様子は見えず、おしゃべりの合間に手を動かしているような感じである。
「お疲れー、大変だったわね、奥月。絵、出しといたわよ」
藍がにこにこと衛を迎え入れた。
「さんきゅー。全く、ドライヤーくらい部費で買っとけよなあ。……うぉっ。かずい? 何だそれ?」
自分の向かいの席に広げられた絵を見た衛が、ぎょっとした声を上げる。
そこに、暗黒が広がっていた。
ニゲラとスズランで作られた淡い色合いの素朴なアレンジは、何故か紙の上ではセピアとチャコールグレイの色に染められ、テーブルに落とす陰鬱な影はとぐろを巻いてのさばっている。
見ただけで、その日にあった幸せを全て忘れてしまいそうな絵であった。
「衛。ついでに頼む」
「お、おお」
力なく差し出されたその絵に恐る恐る手を伸ばす衛を尻目に、かずいは机に突っ伏すと、それきりぴくりとも動かなくなった。
「全く、呆れるわよね。何で透明水彩でこんな絵が描けるのかしら」
心底不思議そうな顔で、藍がそれを見下ろす。
「ま、まあまあ。別に写実画とは言われなかったし。何ていうか、その、個性的というか……、ええっと、た、頽廃的?」
「しず、無理にフォローしようとしなくていいから」
「何がやばいって、技術だけ見れば俺らの中で一番上手いってとこだよな」
口々に吐かれる自分の絵の批評にも反応することなく、かずいはひたすら静止した時間に埋没している。
そこに、おっかなびっくり近づく人物がいた。
「あのぅ……ちょっといいです……ひぃっ」
テーブルを覗き込んだ瞬間悲鳴を上げたその小さな女生徒を見て、しずりが慌てて絵を裏返し、衛がそれをテーブルの隅に押しのけた。
「え。何ですか、今の絵……?」
「あああ。気にしなくていいから。ウチは明るく楽しい健全な部活だから」
「な、なにか用かな、紫乃ちゃん」
怯えた表情を浮かべる少女は、今年からの新入部員の一人――真柴紫乃。
入部早々に一年生からのイメージを悪くさせるわけにはいかないと、藍としずりが二人でかずいとその絵を隠し、にこやかに椅子を勧める。
「や。あの、ちょっとご相談に乗って頂きたいことがありまして」
「相談? いいよいいよ、何でも聞いて? なんなら男子はどかすから――」
「あ、いいんです、いいんです。むしろお二人にも聞いてもらいてくて……」
かずいの首根っこを掴んで腰を浮かしかけた藍を、紫乃はぱたぱたと手を振って止める。
「ええっと、その。
「こういうこと?」
きょとんと首を傾げたしずりと藍に、紫乃は視線を伏せたまま、おずおずと切り出した。
「みなさんは、『多重能力者』の噂って、聞いた事ありますか?」
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