生徒会のお仕事 1

「怪我はないか、相羽」


 すっかり顔を青褪めさせた巨漢の不良生徒から剣を引き、その低い声音をほんの少しだけ緩めた恭也が、目をぱちくりさせる小柄な女生徒に声をかけた。

「うん。だいじょぶだよん。ありがとね」

「すまん。手を封じてから、氷を溶かすべきだった」

「いーって、いーって。何ともなかったし」

 手をぱたぱたと振りながら、小柄な少女は立ち上がった。

 そのやり取りの最中にも、恭也は手早く巨漢の少年の懐からナイフを回収している。彼に抵抗の意思は残っていないようで、されるがままにそれを差し出していた。


「お疲れ様です、巽先輩」

 そう言いながら恭也に歩み寄るメガネの女生徒の手には、いつの間にか通常の5倍はあろうかという、巨大なセロハンテープが握られていた。巨漢の不良を拘束しようとした少女を、恭也は手で制した。

「先輩?」

 恭也は、床に倒れたまま動かない痩せぎすの不良生徒と、その床に広がる水溜まりを指差す。

「せっかくだ。危険物所持の罰として、こいつにはこの場の清掃をしてもらおう。俺はこっちの一年を保健室に連れていく。相羽、如月。済まないがこいつを監督していてくれるか。終わったら指導室に連れてきてくれ」


 そう言われたメガネの少女には、戸惑いの色がありありと浮かんだ。

「清掃、ですか? 私は構いませんけど、罰としては軽すぎるのでは?」

 痩せぎすの少年を背負いながら、恭也が答える。

「まあ、彼らも、慣れない環境で不安定な部分も多いだろう。まだ一回目だし、今日はそのぐらいで済ますさ。先生には、彼がナイフを所持していたことは、伏せておいてくれ」

「い、いいんですか?」

「まーまー、生徒会長がいいって言ってるんだからいいじゃない」

 陽気な声で、小柄な少女がメガネの少女の肩を叩く。そして、くるりと向き直ると、僅かに声を低くして、巨漢の少年の顔を覗き込んだ。


「君もこれに懲りたら、不用意に生徒にちょっかいかけないこと。今回はこんな程度で済んだけど、、、、、、、、、、、日野君とか恭也みたいに、優しい人ばっかじゃないんだからね?」

「は、はい……」

 彼の目はうるうると涙が滲んでいた。

 それを冷たい目で見下ろしながら、如月、と呼ばれた女生徒はなおも不満そうな顔を浮かべている。


「私は、少し甘すぎる気がしますが……」

「厳しく接するだけなら、先生方に依存するのと変わらない。生徒と教員の橋渡しをするのが、俺たちの役目だ」

「はあ……」

「よっ。生徒会長!」

「相羽。無駄口を叩くな。俺は行くぞ」

「照れるな照れるなー、さっきの、かっこよかったよん」

「………」

「ちょっと恭也? 何で人一人抱えてそんなに早く歩けるの!? ち、ちょっと、ちょっと待ってったら、ねえ!」


 ◇


 河咲市立橋町中学校には、三つの校舎がある。

 一つは一年生から二年生までの教室が並ぶ、本館。

 次に、三年生のクラスと、職員室や応接室などのある、別館。

 最後に、美術室や音楽室などが集められた特別教室棟、通称三館。

 そのうち別館の最上階に、生徒会室はあった。

 その日の業務を終え、生徒会自体は既に解散となっていたが、そこにはまだ三名の生徒が残っていた。


 短く切りそろえられた髪、整った顔立ちに鋭い眦の男子生徒。

 生徒会長――巽恭也。

 ふわふわのボブカットをした小柄な少女。

 副会長――相羽咲。

 すらりとした長身に、背中まで届くポニーテールとメガネ姿の少女。

 書記――如月絢香。


 三人はくっつけられた二脚の長机を囲み、茶菓子を広げ、湯呑をすすっていた。恭也の手元には黒い表紙の薄いファイルがある。彼は時折それを捲り、別の書類と見比べてペンを入れながら、湯呑に口を付ける。

「今日はお疲れだったねえ、恭也」

 だらしなく机に突っ伏しながら、咲が口を開いた。

 恭也は黙々と、ファイルを眺めている。

「昼間、久城先輩と決闘したばかりだったのに、放課後は揉め事が二件連続、、、、でしたからね」

 一口カステラの包み紙を破りながら喋る絢香の声色は、どこか楽しげだった。


 あの後、指導室に連れてこられた巨漢の少年は、顔を泣き腫らしながら、もう馬鹿なことはしない、と固く恭也に誓いを立てた。痩せぎすの少年と含め、明日の放課後に、職員用トイレの清掃を命じられた先輩がいるから、彼に指示を仰ぐようにと伝えてある。

 二人ともすっかり消沈した様子で、反抗する様子も見せずに項垂れたまま生徒指導室を出て行った。

 そしてその後、教員への申し送りを終え、しばらく経った頃、またしても生徒間でのトラブルが発生したという連絡が入ったのだ。幸いにも既に問題は解決しており、事情聴取だけで片はついたのだが、二件続けてイレギュラーな事件が起きたおかげで通常業務がすっかり滞ってしまい、やっと生徒会を解散した時には、既に空が薄い橙に染まっていた。

 自分はもう少しやることがある、という恭也に付き合う口実で、二人の少女は遅めのティータイムを満喫しているのである。


「あやりんは大袈裟だねー、『決闘』なんて。あんなのただの喧嘩でしょ、ねえ恭也?」

 話を振られた恭也はファイルを手元に置くと、迷惑そうな顔で湯呑を口に運んだ。

「確かに『決闘』と言われると少し口幅ったいが、お前の言い方は癪に触るな」

 咲はにやにやと笑いながら、カステラを頬張る。

「なぁに言ってんの。いつものことじゃない」

「うるさい。大体何なんだあいつは。今思い出しても腹が立つ。どうして俺があいつの明日の昼飯を用意してやらなきゃいけないんだ」


 ガタッ。

 絢香の椅子が音を立てた。

「巽先輩が久城先輩に手作りお弁当を!?」

「て、手作り弁当とまでは言ってないぞ、如月。あいつが俺のせいで今日の昼飯がなくなったと喚くから仕方なく……」

「………」

「それについては、恭也だって悪かったと思ってるんでしょ? それに久城君、負けた時はちゃんとこっちの言うこと聞いてくれるじゃない。たまにはお昼ぐらいご馳走して、ちょっとは仲良くしてみたら? ……って、あやりん? どしたの、顔赤くして?」

「な、何でもないです……」


「『生徒会長』が『問題児』と仲良く出来るはずがないだろう。大体それでなくともあいつは気に入らないんだ。あいつのせいでどれだけ俺の時間が無駄に浪費されて来たか……」

「でも、今日の一年生君の罰掃除、久城君に任せたじゃん。信頼してる証拠でしょ?」

「あいつは勝負に負けて約束したことだけは律儀に守るからな。生徒会だって人手が余ってる訳じゃない。体よく利用させてもらっただけだ。勘違いするな」

「ぶふぅっ」

「あやりん!?」

「お、おい、如月。鼻血が出てるぞ。大丈夫か?」

「大丈夫です無邪気攻め×ツンデレ受けありがとうございます!」

「あやりん、君が何を言っているのかわからないよ?」


 如月綾香。生徒会書記。

 中学一年の春。

 薔薇いろを知る年であった。

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