渡り廊下にご用心 2

 三分後。


「くそ、取れない。これ、氷か?」

「わけわかんねえ、何だったんだあいつら」


 白煙の中、身動きが取れずにもがき続ける二人の少年に、近づいてくる声があった。

「何だこれは。全く、奥月の奴、余計な仕事を増やしてくれる」

 不機嫌そうな、それでいて良く通る男の声。

「いやー、何も見えないねぇ」

 甲高い少女の声。

「これは、霧でしょうか」

 落ち着いた調子の、別の少女の声。

「如月、頼めるか」

「はい」

 次の瞬間、渡り廊下に風が通り抜け、充満していた白煙が流された。

 這い蹲る二人の少年が見たものは、こちらを見下ろす、三人組の男女だった。


 腕組みをしてこちらを見下ろしているのは、短く切りそろえられた髪に、端正な顔立ちを不機嫌そうに歪めた、鋭く、冷たい目をした少年。

 その後ろには、ふわふわのボブカットにくりくりとした丸い目の、どこか小動物を思わせる小柄な少女と、背中までの髪を頭の後ろで一つに束ねた、すらりとした長身のメガネ姿の少女。

 メガネの少女は、その両手に自分の胸程の高さの、薄っぺらい板のようなものを抱えていた。薄いピンク色をしたそれは、隅に可愛らしいイラストが描かれている。

 どうやらあれで扇いで煙を吹き飛ばしたらしい。


「大丈夫か、君たち」

 目の前の男子生徒から急にかけられた言葉は、その鋭い眼光と裏腹に、意外にも気遣わしげな温かみを帯びていた。

「その足は……凍らされているのか。丁度良かった。相羽」

「はいはーい」

 男子生徒に声をかけられ、小柄の少女がぱたぱたと駆け寄る。少女が痩せぎすの少年の左足に右手をかざすと、その五本の指の爪が鮮やかなオレンジ色に光り出した。

「ちょっと待っててねー、一年生君」

 少年の足に、緩やかな温感が生じる。やがて左足の氷が溶けきると、少女は同じように右足の氷を溶かしだした。痩せぎすの少年を完全に解放すると、次に巨漢の少年へ。同じようにオレンジ色に光る指先で、氷の束縛を解いていく。


 その間、二人の不良少年はあの無表情男とイケメン野郎に報復するため、口角泡を飛ばしながら、畳み掛けるように事情を説明していた。

「に、二年生の奴にやられたんだ。あいつら、急に突っかかってきて、暴力振るったり、人の頭ん中読んだり、煙幕張ったり、足凍らしたり――」「まだ遠くには行ってないはずだ。すぐ教師に連絡して――」「なあ、あんたも二年生だろ、誰だか知らねえけど、あいつらを――」「一人でいくつも能力を使うんだ、調べればすぐに分かるだろ!」


(何されたのかはさっぱり分かんねえが、能力使って下級生に暴力振るったとなりゃ、教員からの制裁が入るはずだ。能力の使用禁止期間にもう一度襲えば……)


 不埒なことを考える二人は、しかし、それを聞く三人組の視線が徐々に冷めていくことに気づかない。

 そしてその表情が次第に、呆れ顔へと変わっていくのにも。

「……言いたいことはいくつかあるが」

 放っておけば何処までエスカレートするか分からない不良生徒達の言葉を、鋭い目つきの少年が、低い声で遮る。


「まず君達、授業はちゃんと受けていたか? 一人の中学生につき、持ち得る能力は一つだ」

「じゃあ……! あいつはどうやって――」

「その答えを俺は知っているが、本人の了解なしに他人の能力を明かすのはマナー違反だ」

 低く響く冷たい声に、不良少年達は不穏な響きを感じ始めた。

「次に君達、本当に俺が誰だか分からないのか? 一応、全校生徒の前で自己紹介をしたはずだが……」

「「??」」


 ぷすす、と、小柄な少女が小さく笑うのが聞こえる。

「まだまだ知名度が足りないねえ」

「黙れ。……まあいい。では最後になるが、君達。俺は君達の言うその二人組から、“渡り廊下で一年生にカツアゲされそうになった。一人は内ポケットにナイフを隠し持っている”、と言われてここに来たんだが」

「「……は??」」

 唖然とする二人の不良少年。


「取り敢えず、指導室まで来てもらおうか」


 混乱。

 葛藤。

 計算。

 しばしの沈黙の後、二人が取った行動は簡潔だった。


「ざけんなやごらぁ!」

「てめぇぶっ殺して二年生全員ぶちのめしてやらぁ!」

 彼らはまたしても、理性を放棄することを選んだのだ。

「君達は、学習というものをしないのか……?」

「こっちは喧嘩じゃ負けなしなんだよ!」

「舐めてんじゃねえぞ、俺の能力は――」


 ぐるり。


 自分の視界が反転したことに痩せぎすの少年が気づいたのは、自分の体が鈍い衝撃と共にコンクリートの床に叩きつけられてからだった。

 背中の感覚がなくなる。

 肺から息が無理矢理絞り出される。

 胃袋がせり上がる。

「ぐ、が……」


 ぎん。


 次に少年が感じたのは、耳元に響く、何か硬くて重いものがコンクリートに突き刺さる音と、首筋に走るひやりとした感触。

「君の能力になど興味はないが……」

 自分を見下ろす剣の如き眼。

「あ、う」


「それは、首を斬り落とされても使えるものなんだろうな」


 その瞳に宿る鈍い光に、痩せぎすの少年は自分の身に何が起きたのかも分からぬまま、あっさりと意識を手放した。



 巨漢の少年は見ていた。

 自分たちの氷を溶かした少女に相方が手を伸ばした瞬間、目にも留まらぬ速さでその手を掴んだ冷たい目の少年。

 流れるような動きで相方はコンクリートに押し倒され、次の瞬間、いつの間にか現れた西洋風の剣が、その首の横に突き刺さっていた。

 そしてそれと同じ形をした剣が三本、今、自分の喉に切っ先を押し付けて空中に静止している。

 今ぴくりとでも動けば、3本のうちのどれかが確実に突き刺さる。

 自分の命が、今正に吹き消されようとしている。

 ひゅー、ひゅーと、自分の口から漏れる、引き攣るような呼吸の音を聞いた。


「『サイン・オブ・フォー』」


 ぞっとする程冷たい声が静まり返った渡り廊下に響く。


「君達は今後この学校で暮らすにあたり、覚えなければならないことが非常に多いようだが、まずは俺と、俺の能力の名前から覚えておけ」


 鈍い輝きを放つ四本の剣。

 それを写し取ったかのような、怜悧な眼光。

 巨漢の少年の脳裏に、遅刻して登校した彼に興奮しながら語りかけてきた級友の言葉が蘇る。

 体中から火を噴き空を自在に駆ける男と、その男に膝をつかせた、四本の剣を操る凄腕の能力使い。



「俺は巽恭也。生徒会長だ」




覚えておこう、中学生のルール!


1.中学生はみんな入学式から一月以内に特別な能力を授かるぞ!

2.現れる能力は、一人につき一つ。欲張りはダメ!

3.中学校の敷地を離れると、能力は使えなくなるぞ。気を付けよう!

4.卒業と同時に能力はなくなる。能力に頼り切りにならないようにしよう!

5.先生たちの持つ『白い石』は能力を打ち消すぞ。先生の言うことを良く聞こう!


さあ、今日から君も中学生だ!

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