生徒会のお仕事 2
「と、ところで、一つお聞きしたいんですが」
突如別の世界の扉を開けた絢香を、心配と怪訝を足した複雑な表情で伺う二人の先輩の視線を断ち切るように、この場で唯一の一年生は話を切り出した。その顔はまだほんのりと赤い。
「日野先輩、というのはどういった方なんですか?」
「日野君?」
きょとん、と、咲が小首を傾げる。その手には本日3つめのカステラの包み紙。
「はい。どうやら、二件目のいざこざにも、その方が間接的に関わっているようだったので……」
「うーん、どう、って言ってもなあ。普通の子だよ? ちょっと無愛想だけど、別にクラスで浮いてる感じじゃないし。まあ、能力者としてはかなり珍しいらしいけど……。
どっちかって言うと、いっつも隣にいる奥月君の方が、目立つタイプだよね。何であの二人が仲良いのかわからない、って、クラスの子達も噂してる」
もぐもぐと咀嚼しながら喋る咲の言葉を、絢香は拍子抜けしたような顔で聞いていたが、ふと、向かいに座る恭也が、先程までとは打って変わった深刻そうな顔をしていることに気づく。
「巽先輩?」
「恭也?」
咲もそれに気づいたか、菓子盆に伸ばしかけた手を止める。
二人の声にもしばらく恭也は反応を示さなかったが、やがて両肘をテーブルにつき口元で両手の指を組むと、おもむろに口を開いた。
「せっかくだ。二人には今のうちに話しておこう」
その真剣な声色と裏腹に、その顔には、何処か決心の付ききらないような、戸惑いと葛藤の入り交じった表情があった。
二人の女生徒の間にも静かに緊張が走る。
「俺が生徒会長としてこの学校の風紀を取り締まるにあたり、警戒している人物が三人いる。内二人は当然、久城蓮と栗原響だ。現在この学校で、単身で教員を相手取れる生徒は、俺を抜けばこの二人しかいない。そしてもう一人、俺が要注意と目している人物、それが……日野かずいだ」
「日野君がぁ?」
咲の声には、驚きよりも懐疑の色が濃い。
「そんなに、危険な人物なんですか?」
そう言う絢香も、少し疑わしげな表情だった。今日一度顔を合わせているが、彼が悪名高い『問題児』二名と肩を並べる程の人間にはとても見えなかったのだ。
どちらかと言うと内気で、面倒事は極力避けようとする、絢香のクラスにも何人かいるような生徒と同じタイプのような気がした。実際、咲の言うとおり、隣にいたイケメンの先輩(絶対受けだ)の方が絢香にとっては印象に強い。
それとも、彼にはよっぽど厄介な能力でも備わっているのだろうか。
「これは決して口外しないで欲しいんだが」
その声音を一層低くし、そう前置いた恭也は二人の少女の目を交互に見つめ、二人が頷くのを待った。
「日野は以前、一対一で栗原を打ち負かしたことがあるらしい」
二人の少女の顔に、今度こそはっきりと驚愕の色が浮かぶ。
「具体的な諍いの原因も、それがどんな内容だったのかも分からない。だが、俺は栗原の口から確かに聞いたことがある。“自分は以前、日野に負けたことがある”と」
「あの、日野君が……?」
「栗原先輩を……?」
「如月。もし今から屋上に行って栗原を捕まえて来いと言われて、君にそれが出来るか?」
絢香はぶんぶんと首を振って答えた。
「無理です。無理ですよ。というか、それが出来ないから、あの人は『問題児』なんじゃないですか。それこそ、巽先輩か久城先輩でもなきゃ……」
恭也も同じように、しかしゆっくりと首を振る。
「残念だが、たとえ俺と久城が二人がかりでも無理だ。あいつが本気で何かをやろうとしてそれを止められる奴はいないし、あいつがやりたくないことを強要できる人間もいない。しかしそれを、日野はやったんだ」
まだ信じられない、という顔で、二人の少女は恭也の言葉を待つ。
「俺も去年一年、日野とは同じクラスだったが、あいつにそんな力があるようには見えなかった。栗原のことだって、最初は栗原が偶々気まぐれを起こしただけだと思った。
しかし、時折日野は、一見無表情に見える顔で、何処か遠い場所を見ているように感じることがある。最初はあいつの能力のせいなんだろうと思っていたが、どうもそれだけじゃないような気もするんだ」
斜めに差し込む夕陽が、恭也の顔に濃い影を落とす。
その鋭い眼差しが、内心の葛藤を表すように揺れていた。
「まるで世界の終わりをじっと傍観しているような、どこまでも暗い目だ。恥を承知で言うが、俺はあいつの、あの目を見るのが怖い。きっと栗原も、あいつのあの目に負けたんじゃないかと思う。
あいつがこの先、この学校で何をするかは分からない。もしかしたら何もしないのかもしれない。けど、もしもあいつが何かをやった時、きっとそれは、俺達の予想を遥かに超えた結果になる」
恭也の言葉はそこで終わり、しばらくは誰も言葉を発することが出来なかった。
橙の光が差し込む窓。
しんとした生徒会室に、長い影が伸びている。
「それで、日野先輩の能力っていうのは……?」
気まずい沈黙にいたたまれなくなったのか、恐る恐るといった様子で口を開いた絢香に、恭也は気持ちを切り替えたように、その口調を緩めながら答えた。
「ああ、いや。能力自体はそこまで危険なものじゃない。あまり褒められたことじゃないが、日野は特に自分の能力を隠してるわけじゃないし、お前にも教えておこう。あいつの能力は――」
……。
…………。
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