セカンド・ラット
ギンギツネ
ファースト・ラットの運命
とある科学者の実験で実証されたことがあるそうだ。
実験用ネズミは目の前が自分の限界の高さもある崖であれば生物の本能的に止まる、それはどんな動物でも飛べなければ同じであろう。
エサを前にして興奮するネズミもそれは同じ、しかし、これらをとある実験ケージに入れる。
エサに繋がるネズミ1匹分しかない狭い通路を覚え込ませ、さらにエサを見て興奮するネズミとそうでないネズミを交互に通らせる。
エサはその時、遥か下、1mほど下にあって、かろうじて匂いや記憶からネズミは手前まで誘導される。
しかし、崖となったその場所で立ち止まり、引き返そうとするのだ。
だが、その引き返そうとするネズミもいざ知らず、後ろのネズミ、つまり2番ネズミはぐいぐいと押してくる。
すると、1番目のネズミは当然のように落ちる。
これが、ファーストペンギンならぬ、ファーストラットの運命となるのである。
朝のバス通勤は何かと辛い、いや、電車に比べればいくらか楽になる所もあるかもしれないが、そんなこともないと思う。
とりあえず座りたいのは同じなんだ、だからそのバスの前の時間のバスが行く直後にバス停へ着くように家を出ている。
そうやってバス停に着く、するとバスが出ていく瞬間にも関わらず、バス停でずうっと待っている老人が待っていた。
もしかして、次のバスへ最初に乗りたいから断ったのかな、そう思いながら僕はその後ろへ並ぶ。
10分もしないぐらいで次のバスが来る。
それまでに後ろには僕と同じようなサラリーマンが4、5人ぐらい並んでいた。
バスが目の前で止まってプシューっと音を立ててドアを開ける。
後ろにある降車口から人が出てきて、少し後に乗車口がプシューっと音を立てて開き始める。
僕は前に出ようとする。
だが、目の前の老人は動かない。
僕は少し焦る。
これに乗るために来たんだ、じゃないと早く来た意味もなく遅刻する。
後ろの人は前が進まないこの状況に疑問を感じて体を傾けて前の人の前を見ようとする。
早く。
なぜこの老人は動かないのか、なんでなんだ。
運転手も疑問を感じて声をかけてくる。
「あのォー....バス出るんですけどォ」
僕はどうすればいいかわからない。
だが、運転手の声で勇気がついた、思い切って前の老人の肩をトントンと叩く。
「あの、乗らないんですか?」
すると老人はとてもゆっくりとこちらを振り返りながら
「わしはもっと後のバスのためにこれには乗らないんじゃ、あんたはわしを抜かしたいんか?」
そう言って強く僕を睨みつける。
僕はどうしていいか分からず、その場に立ちすくんでしまっていた。
後ろの数人がそれを見かねて僕の横を素早く抜けていく。
どうすれば良かったんだ、僕もさっきの人みたいに抜かせば良かったのか?
というかこの人のせいで僕は遅刻することが決まってしまった。
あぁ、今思うとすごく腹が立ってきた。
バスがドアを閉めて出発する。
老人と僕は結局、乗らずに並んだまんまであった。
後ろに並んでいた何人かはほとんどさっきのバスに乗ったようだったが、何人かは残ったままであった。
数分後、また次のバスが来る。
僕は次のバスの時には必ずこの老人を抜かそうと考えていた。
いや、それ以上のことを考えていた。
バスが止まる手前、まだ乗車口が来る予定の場所の1m程度手前のところで僕は思い立った。
前の
老人の肩、いや背中を
どんっ
と
強く押した。
老人は体勢を崩して前のめりに倒れ込む。
その先はもちろん、
道路とバスの影が待っていた。
殺人によって僕は逮捕された。
僕が最初に乗ろうとして乗れなかったバスはすぐ見れば分かるほどにタイヤの空気が抜けていたらしく、坂道でパンクして乗員が全て死んだらしい。
僕は間違ったことをしてしまったのだろう。
老人は最初のバスで何かを知っていたのか。
それを僕に教えてくれていたのかもしれない。
だが僕は気持ちが先に出てしまい、その老人への憤りのままに、彼を殺したのだ。
でも、僕が次に同じように一番前に立っていたとするなら
果たして次は誰が死んでいたのだろうか。
セカンド・ラット ギンギツネ @7740_kuroneko
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