第21話 「最初から全部わかってた?」

 レオとクロエの傷が癒え、旅立つ日が来た。まだ行き先は決めてないけれど、当てがあるにはあるらしい。レオは、食料の入った重たそうな背負い袋を貰っても、何とかグラつかず立てるくらいまでに回復している。

 シャーロットは、「これでようやく家が静かになる」と悪態をついていたが、その手の中には餞別せんべつがあった。


「これ、何ですか?」


 コルクで栓をした木筒を差し出され、とりあえず受け取ったものの意味がわからずに、クロエが首を傾げる。


「これはね。最近作った新薬だよ。ひとつあんたらを実験台にしてやろうと思ってね」

「シャーリー。ダメだよ、そうやってまた意地悪して」

「それはね、動物の耳と尻尾を生やす薬だよ。最近作ったのは本当だけど、臨床実験は済んでるから安心して」


 憎まれ口をたたくシャーロットが誤解を受けないように、ルチアとノアで代わる代わる説明する。


「それって……」

「フン。気まぐれで作った、何の役にも立たない薬さ。人族の領地で使ったときの命の保証はしないよ。もし海を渡って仲間に会えたら、その時に使ったらいいんじゃないか」


 二人にフォローされて、すっかりばつが悪そうに、シャーロットは唇を尖らせた。


「ありがとうございます」

「ありがとう、シャーリー」


 シャーロットを交互に抱き締めて、口々に二人が礼を言う。シャーロットは顔を真っ赤に染めて、「よしとくれ」と声を荒げた。


「アンタたち、あんだけ好き勝手されて、何だって私に懐くんだいっ。湿っぽいのは嫌いだよ。さっさと行っとくれ」


 なおも抱きつこうとする二人を引き離し、「せいぜい達者で暮らしなよ」とシャーロットが別れの言葉を口にする。

 手を振って二人は、ゆっくりと外の世界へ踏み出していった。


「さてと。アンタたちも早くしな。さっきの二人みたいにしみったれた挨拶なんていらないからね」


 見えなくなるまで手を振り続けた二人にとうとう手を振り返すことなく、それでも最後まで見送って、シャーロットが振り返る。

 同じ今日この日を、ノアとルチアも出発の日と決めていた。


 準備を済ませたルチアは、深い紫色の杖をたずさええている。ルチアの身長ほどもある、美しい杖だ。

 ルチアの血を少しだけ混ぜたニスを塗り終わったあと、月の力を得るため、月の光に三日三晩晒し、昼の間は夜露をあつめた水鏡に映した。削り出しからずっと、ルチアの魔力を込めながら丁寧に丁寧に作り上げられた魔女の杖だ。


「フン。まあまあ、いい杖になったじゃないか」


 ルチアの杖を眺めて、満足そうにシャーロットが頷く。


「シャーリーのおかげだよ」

「大雑把で見てらんなかったんだよ。自分で手が出せない分、

 余計にイライラさせられた」

「怖かったなあ。その角度でいくと削りすぎる! とか、アンタの目は節穴か! とか、横でしょっちゅう怒鳴るんだもん」

「それだけアンタが阿呆だったということだ。反省しろ」

「うん、シャーリー、ありがとう」

「だからやめろと言ってるだろ」

「ねえ、シャーリー。あなたもしかして最初から全部わかってた?」


 そっぽを向くシャーロットの前に回り込み、首を傾げながらルチアは訊ねた。


「ウィルの血筋や、暗殺未遂のこと、クロエとレオのことも……あなたは全部わかってて、あらかじめあの薬を作ってたように見えた」

「あの人工耳や義足だって、一日やそこらで作れるとは思えません。そうなんですよね? シャーリー」


 ルチアが同じ疑問を抱いていたことを知って、ノアも一緒に口を添える。


「……仮に、もしそうだったとして、それがアンタたちに何か関係あるのかい?」


 しかしひねくれもののシャーロットが、正攻法で素直に答えるはずもない。

 それならあえて嫌がることをしてやろうと、「いいじゃん、教えてよ~」とルチアはシャーロットの腕を捕まえてやわらかい頬に頬擦りした。


「ぎゃー!」


 ピャッと肩を跳ねさせて、絶叫したシャーロットが、「言えばいいんだろ! 言えば! 教えてやるから離せ!」とルチアの手を振り払う。


「私は四季の森の魔女だぞ! 木々の葉ひとつ、路傍の草ひとつが私の耳! 耳もとでいつまでも泣かれると面倒だろう。だからタイミング良く来ることになっていたアンタたちを利用しただけ。ただ、それだけのことだ!」

「そっか。シャーリーはやっぱり、優しくていい人だね」


 納得してシャーリーから離れ、ノアと並んで、深々とルチアが頭を下げる。


「「ありがとうございました」」


 もはや何を言う気力もなく、頬を押さえながら、シャーロットは軽く返事がわりに肩をすくめた。

 ルチアが箒を放り投げる。地につく前に、箒はポンッと弾けて、ふわふわと漂う紫色の絨毯になった。


「魔女の箒は変幻自在。長距離の旅になるからね。これならお尻、痛くないでしょ」


 よっぽど箒の旅が辛かったのか、ちょっと恥ずかしそうに頬を染め、隠者レルミトの水を吹き掛けながらルチアが説明する。


「私のところに来たってことは、次は西か、北の魔女のところかい」

「北に向かおうと思っています。水晶宮の魔女は、おばあちゃんの知り合いみたいだし、それに何かあった時、魔道具はいくらあっても足りないと思うので」

「知り合い、ね……何だってアンタは困難な道を選んでしまうのか」


 何だか含みのありそうなことを言って、「アンタたちにも、餞別だよ」とシャーロットが背負い袋をくれる。中には、器に入った日持ちのしそうなパンと干し肉、ドライフルーツ。レオたちと同じものだ。それから地厚のコートが二人分と、カボチャがひとつ、入っていた。目と口が切り抜かれていて、ニンマリと笑った口が、少しシャーロットに似ている。


「シャーリー! このカボチャくれるの?」

「ああ。これから寒くなるからね」


 ノアが首を傾げるより先に、ルチアが喜色満面でシャーロットに訊ねた。シャーロットに改めて了承を得ると、「やったあ!」と飛び上がって喜ぶ。


「このカボチャね、膨らませると家になるの。温度調節魔法と隠蔽魔法がかかっててあったかいし、人族の目には見えないんだよ。キッチンもシャワーもベッドもあるし、これがあれば野宿しなくて済む優れものなの!」


 キラキラとルチアが目を輝かせて説明してくれた。女子ルチアには、よっぽど野宿がこたえたようだ。しかしそんな浪漫アイテム、男子ノアとて決して嫌いではない。


「へ~! どうやって大きくするの?」

「平らな場所に置いて呪文を唱えるの! 大きくなーれ、大きくなーれってね!」

「旅の快適度がどんどん上がっていくな~夜が楽しみ」

「ほらほら、無駄口叩いてないで、行った行った。こんな調子じゃあすぐ夜中になっちまう」


 いつまでも会話の終わらなさそうな二人を、その尻をはたいて、シャーロットが急かす。「はーい」といい子の返事をして、二人が絨毯に乗り込んだ。


「じゃあ、行くね」

「シャーリー、お元気で。お世話になりましま」

「また帰りに三日くらい寄るからねー!」

「今度は実験、俺にも見せてくださいねー!」


 シャーロットが嫌がることはわかっていて、笑いながら口々に声をかけ、二人が手を振る。シャーロットは嫌そうに顔をしかめたまま、手を振り返さない。両手はポケットに入れたまま、白衣だけを風に遊ばせている。


「行ってきます!」

「気を付けてな」


 絨毯が浮かび上がるその瞬間、最後にかけられた声だけが、シャーロットと過ごしたひと月のすべてだった。

 こうして、四季の森を統べる南の魔女シャーロットとの邂逅は終わりを告げた。陰険メガネの偏屈ババアと呼ばれながら、そのじつひどく優しい魔女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る