第19話 「廃棄処分ですって?」
獣の特徴を色濃く残す
今現在、大陸で奴隷制度を認めている国は、表向き無い。しかしその裏で獣人は、
クロエは猫の
レグザンドの右隣にあるイグルート王国では、表向き奴隷制度を禁止しているが、既得した奴隷の解放義務はなく、基本的に主人がどう扱おうと自由である。つまり飼っていた奴隷が、勝手に子どもを生んでしまいました──そういう言い訳が通用する。そのため、イグルートでは今も繁殖や売買が頻繁に裏で行われており、貴族の間では、
お嬢様が仔猫の
二番目の主人は、悪名高い暗殺者だった。獣人は、それぞれ獣の特性を持つが、猫の獣人の特性はその俊敏性にある。しなやかで機動力があり、足音がしないため隠密性が高い。どちらも暗殺に不可欠な能力である。彼に必要な技術を叩き込まれ、クロエは暗殺者として生きるようになった。
身体能力で、獣人にかなう人間はいない。やがて暗殺者は現役を退き、クロエを使って、世界を股にかけた仕事をするようになった。
エフェメラルデ王国での初めての仕事。それは暗殺者の評判を聞き及んだ国王直々の依頼だった。失敗など許されない仕事だ。しかし、クロエは失敗してしまった。国王は怒り、暗殺者はクロエを鞭で打った。仕事の失敗は仕事で取り戻せ──そう言い、一週間以内に仕留めてこいと有無を言わさず叩き出された。失敗は許さないと、あの爆弾を持たせて。
とまあ、ここまでのことを、ノアはあらかじめ既に知っていた。知らなかったら初めて見る
暗殺未遂の犯人は、ノアとルチアでは見つけられなかったが、シャーリーの追跡魔法なら話は別だ。シャーリーは、植物と会話できる世界で唯一の魔女で、翌日にはその犯人を挙げていた。今日まで待ったのは、複雑な事情があって、単独でクロエを回収する必要があったからだ。
「まさか、まだこんな子どもだったなんて。聞いてませんでしたよ」
「言ってないからね」
駆けつけたシャーリーはノアの恨みごとを飄々と聞き流して、屋敷の食堂にみんなを集めると、事の次第を説明した。ここで言うみんなとは、ウィリアムとドリアード、それからメイドたちである。話を聞き終わったみんなの間に、長い沈黙が落ちる。
「ぜ、全部知ってたの……?」
「まあね」
「レオ……レオは?」
呆然とした顔で話を聞いていた少女は、その静寂で我に返ったらしい。ふらふらとシャーリーの元に歩みより、ぺたんと床に座って、そのスカートをわし掴む。
「おねがいします! レオを……レオを助けて! 私のことを知ってたんなら、レオのことも知ってるでしょ! 私を助けたんなら、レオも助けてよ!!」
「クロエ」
身を切るような声で叫び、けれど答えを聞くのを恐れて、クロエは乳飲み子のようにイヤイヤと頭を振った。その肩を掴んで、「聞きなさい、クロエ」とシャーリーが言い聞かせる。
「あの子なら、今私の家にいる。クロエ、クロエってあんまりうるさかったもんだから鎮静剤を打って寝かせているけど、命に別状はないよ」
シャーリーの言葉を聞いたクロエの瞳に、みるみるうちに涙が盛り上がった。それはすぐに滂沱の涙となり、クロエの顎や鼻先に溜まっては次々に流れ落ちる。シャーリーのスカートにとりすがって、繰り返し「良かった」と泣く少女を、シャーリーも今は振り払わない。ノアもまた、クロエとレオを同時に回収するという作戦が成功したことに、ほっとして胸を撫で下ろした。
「……どういうことですか?」
「……つまり、暗殺者が買った猫の
いまいち話の展開がわからないメイド長が、恐る恐るみんなを代表して切り出した。クロエが仕事を失敗できなかった、逃げ出せなかった理由を、答えないシャーリーの代わりに仕方なくノアが説明する。
「男の子の方は、クロエの先輩に当たります。でも、病気を患って、働けなくなった。廃棄処分になるところを、クロエが自分がその分働くからと止めていたそうです。今回のことも、失敗したり、逃げ出したりすればレオを殺すと盾に取られていたようで」
「おお、何てこと」
ふらふらとよろめいて、顔を覆うメイド長を、そばにいたウィリアムが咄嗟に支えた。
「交配? 廃棄処分ですって? そんなこと許されるはずがないわ……なんて……なんて罪深い」
ウィリアムに椅子に座らされるのを拒んで、メイド長が震えながらクロエに歩み寄る。クロエのそばで膝をつき、地に頭をこすりつけて、「ごめんなさい」と涙ながらにメイド長は謝罪した。
「おお、クロエ。何も知らなかった私たちを、どうか、どうか許してね。まさか同じ人間がそんなことをしていたなんて、私たち──」
謝罪の途中で、「やめてくださいっ」とクロエは伸ばされたメイド長の手を払いのけた。
自分の体を守るように抱き締めて、「人間が私に触らないで!」とクロエがメイド長を睨む。
「人間はいつもそう! 自分たちが一番神に近く、美しく、優しく、賢くなければならないと思ってるんだから! あなたは私の苦しみなんて見ちゃいないわ! ただ、人間の汚いところを見たくないだけよ! 排他的で、自分たちの考え以外認めようともしない! だから何百年経っても、私たちはわかりあえないんだわ!」
フーフーと毛を逆立てて全身で威嚇しながら、クロエは全員の顔を一人ずつ睨み付けた。
「知ってる? 私たちはね、年頃になると、薬を打たれて大きなベッドがある檻の中に入れられるの。周りには観客席があって、まるで見世物みたいにまぐわうのよ。そういうショーがあってね。一度だけ連れていかれて見たことがあるの。私はあんなの、絶対にイヤ! レオと私は、友達よ。あんな
そのときのことを思い出すのか、口元を押さえてクロエが嗚咽する。やがてしゃくりあげながら「ごめんなさい」とクロエは自ら身を引いた。
「ごめんなさい、あなたに関係ないのはわかってるの」
わかっていても、やりきれない思いがあるのだろう。喉を押さえて、クロエはやるせなく首を横に振った。誰も声をかけられないまま、時間だけが過ぎていく。
「……ひとつだけ、聞かせてくれないか」
長い沈黙を破ったのは、やはりウィリアムだった。この騒動には、もうひとつ問題が絡んでいる。
「私の父親は、どうして今更、私を殺そうとしているのか。きみは知っているかい?」
「……国王様は、あなたが自分の子ではないのではないかと疑っているの」
「バカな! 私が父上の子でなくて、何だというのだ! 母上が
憤るウィリアムの横合いから、「その通りだ」という答えが返る。いつでも周りをひっかき回さずにはいられない、四季の森の魔女シャーリーだ。
「アンタには半分、妖精の血が流れている」
「……は?」
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