第15話 「恩はいつか必ず返すわ」

 今日も延々と箒で飛び続けること6時間。尻は痛いし、頼りにしていた景色にも面白みがない。

 蜃気楼の森周辺はまだ緑が残っていたが、途中から段々と草木がまばらになっていき、最後の方はほぼ荒野と言ってよかった。ところどころに棘のある灌木と、放置された村の残骸があるばかりだ。

 だが、それもいよいよ終わる。レグザンド皇国とエフェメラルデ王国の国境が、ようやく見えてきたのだ。

 しかし、いざ国境を越えようという時になって、不意にルチアは箒の速度をゆるめた。

 元は家だったのだろう、崩れた瓦礫の中にある石の壁を眺めて、「あれ、何だろう?」と眉をひそめる。


「えっ? なに? どれ?」

「……ちょっと行ってみる」


 よっぽど気になるのかノアの言葉も聞かず、ルチアは箒を下ろすだけ下ろして走っていってしまった。箒と二人分の荷物を持って追いかけてみると、なるほど石壁の中に微妙に空間が歪んだ場所がある。

 まっすぐ石壁の中・・・・に飛び込んでいったルチアは、やがて涙目で「ノ、ノア~~!」と一人の少女を連れて戻ってきた。15歳くらいの少女が、ルチアの肩にぶら下がり、ぐったりとしている。太陽の光を束ねたような金色の髪に、血の気のない頬と唇。物の良さそうな黒いドレスが、無惨に砂埃にまみれている。


「ぅええ!? なっ、なにルチア、この子どうしたの!?」

「わっ、わかんない! ここで結界張って倒れてたの! ど、どうしよう! とりあえずお水!?」


 突然一人が二人になって戻ってきたことに仰天したノアだったが、ルチアとしてもこの展開は予想外だったらしい。

 あたふたと慌てるルチアに肩を支えられたまま、「うぅん……」と少女が呻いた。


「み、水なんかいらないわ……それより、太陽、の光に当てないで……」


 消え入りそうな声でそう言って、ルチアの肩に回した腕とは反対の腕で、少女が自らの顔を覆う。


「え? うわわわ、ごめんなさい! ノア、おねがい~~!」


 ルチアに乞われて、今にも倒れてしまいそうな少女を、ノアも逆側から支えた。いわゆるお姫様抱っこで抱えあげ、元居た少女の隠れ家に取って返す。

 ところでノアは、この手の結界には入れないことが多い。魔族の結界は、人族を対象にして張られることが多いからだ。そしてこの時も、やはり結界が発動した。石壁は見た目通りの石壁でしかなく、触れはしても入れはしない。

 あらかじめ想定していたので特に驚きもせず、後はルチアに託すつもりで、ノアは石壁の前に少女を下ろそうとした。のだが。


「あ、あのお……?」


 とりあえず足だけは下ろしたものの、どうにも少女が離れてくれない。ぷるぷると生まれたての小鹿のように震える足で踏ん張りながら、すんすん、とノアの胸元で鼻を鳴らして、少女はカッと目を見開いた。


「……人族っ!?」

「ひええっ!?」


 がばっとノアの両頬を捕んで強制的に自分の方を向かせ、じーっとノアの目を見つめて、「やっぱり、人族だわ」と確認するように少女が言う。


「魔女と一緒にいる人族なんて……もしかして、あなたが噂のフォーリナー?」

「……噂?」


 反射的に、ノアは少女の両肩を掴んで引き剥がした。今度はノアが、その瞳を覗く番だ。こんなところで不自然に行き倒れていた初対面の女の子が、自分のことを一方的に知っている。警戒して慎重になってしまうのも無理はない状況だった。そのつど誰かが庇ってくれたが、魔王の城に居た時ですら、人族への嫌悪から襲いかかってくる輩はたくさんいたのだ。まして、城を離れたここでなら。

 しかし今もじっとノアを見つめる赤い瞳は、ガラス玉のように無機質で、何を考えているかいまいち読めない。


「東の魔女のところに、フォーリナーが迷い込んできたって、聞いたこと、あるわ。今はいとたかき御方のところにいると聞いていたけど……。いえ……そんなこと、今はどうだっていいの」


 もう話すことにすら疲れたというように、ふと少女は長い睫毛を伏せて黙り込んでしまった。支えるものも無く、へなへなとその場に崩れ落ちてしまう。


「だ、大丈夫?」

「……ええい、こうなったら仕方ないわ!」


 咄嗟に支えようとしたノアの手をぱしりと払いのけ、少しだけ迷う様子を見せてから、少女はがばりと頭を下げた。


「お願いしますっ! 私にあなたの血をください!」


 あまりにも突拍子のない申し出にぽかんとして、「血?」とノアが聞き返す。何かに気付いた様子のルチアが、「あなた、もしかして……」と目をぱちくりさせた。


「ええ──お察しの通り。今はこんななりだけど、私は誇り高き吸血鬼」


 凛とした声で強がって少女は答えたが、もはや足ばかりでなく全身ぷるぷるしているのでいまいち迫力がなかった。見た目だけ見れば年下の少女なので、「早くしなさいよっ!」とキャンキャン怒鳴られても怖くないのである。スキャンダルが威嚇している姿を思いだし、むしろノアはちょっとほっこりした。


「俺のことを知ってたのは何でですか?」

「あなた、ちょっと前まで魔王様のところにいたでしょ。魔王様と私たちは繋がっているもの。知っていて当然よ」


 この城に頼らずとも一人で生きていける同胞たちが世界中にいるとリュカは言っていた。

 とてもそうは見えないが、この少女もまた、リュカの言葉を借りれば外でも一人で生きていける猛者なのだろう。

 そうして当初の疑惑さえ晴れてしまえば、ノアに躊躇う理由はなかった。


「わかりました。俺の血で良ければあげます。ちょっと待っててください」


 少女を待たせてトランクを漁り、ここに来る前にエルザから貰っていた護身用の短刀をノアが取り出す。その短刀を手首に滑らせて、ノアは一思いに手首の動脈をかっ切った。そして倒れた少女に手を差し伸べるがごとく、鮮血の溢れる手首を差し出す。


「い、いいの?」

「血は普通の人と変わらないみたいですから、大丈夫だと思います。知ってるかもしれないですけど、俺、傷がすぐ塞がっちゃうので、はやく」

「……ありがとう……」


 何か大切なものを扱うかのように恭しく、差し出された手首を両手で持って、少女はノアの傷口に唇をつけた。髪の毛を耳にかきあげながら、垂れた血をべろりと舐めあげて、傷口に直接唇を当てる。

 唇やドレスが血で汚れるのも厭わず、砂漠で乾いた旅人のように、ただ無心で少女はノアの血を啜った。

 やがて傷が塞がり血が涸れると、少女は垂れた血を追ってノアの指をしゃぶり、爪の間にまで舌を伸ばす。そして自分の唇や手についた血も丁寧にぺろぺろと舐め取り、最後に血がしみこんだドレスを名残惜しそうにじっと見た。どうしようかなーこれも舐めちゃおうかなーという逡巡が透けてみえる。

 焼きもち焼きのルチアは後ろでちょっと面白くなさそうにしていたが、その逡巡にはさすがにハッとして、「だめだめ、だめですよ!」と待ったをかけた。これ以上はなんというか、少女の威厳とか面子的にまずいものがある。

 ちなみにノアは美しい少女に指をしゃぶられるという衝撃体験にすっかり放心して使いものにならない。


「やだ、ごめんね。あんまりにもおなかがすいていたものだから、つい……」


 ルチアに声をかけられてようやく我に返ったのか、少女が掴んでいたドレスを下ろし、何事もなかったかのように取り繕う。そのやり取りで、ノアもまた正気を取り戻した。立ち上がった少女に「いらっしゃい」と手招かれて、今度はノアも一緒に、石壁の中に入る。崩れかけた部屋の一室を囲うように結界が張られており、三人で入っても狭くはない。ただ、暗いだけだ。太陽の光は、わざと遮られているようだった。部屋の中央にランプが一つ、そしてそのそばに黒いレースの日傘と、少女の武器であろう大きな鎌が置いてある。


「本当に、助かっちゃった。ありがとう、ノア。それにルチア。改めて自己紹介するわね!」


 すっかり血色の戻った唇を自信満々につりあげて、「私はメイリー。よろしくね」と声も高らかに少女は名乗った。


「えっ。どうしてあたしたちの名前、知ってるんですか?」

「お互いに呼び合ってたじゃない。私たちの中には、相手の名前ひとつ呼ぶだけで人を操れる子もいるんだから、油断しちゃダメよ。私が言えたことじゃないけど、二人とも危機感が無さすぎるわ。私がもし敵だったらどうするのよ」


 この頃にはノアもルチアも、少女が自分たちよりどうやら年上らしいということになんとなく気付いていた。だから、というわけではないが、メイリーの忠告を聞いて素直に二人が頷く。


「せっかく二人でいるんだから、離れないようにしなさい。背中を預け合えば、大抵のことはなんとかなるはずよ」


 落ち込んでしまった二人に、ちょっとお説教が過ぎたかと恥じて、せめてもの有益な助言をメイリーは渡した。


「ありがとうございます。ところで、メイリーはどうしてここに?」

「多分あなたたちと同じよ。エフェメラルデに渡りたかったの。ずっと探してるものがあってね、レグザンドでは見つからなかったから」


 訪ねたノアに簡潔に理由を話し、「見通しが甘かったわ」とメイリーはため息をついた。


「50年くらい前までは、ここだってもうちょっとマシな森だったのよ。ここには村もあったしね。まさかここまで荒れ地になっていたなんて。花のひとつも咲いてないんだから」

「花?」

「ええ、そう。吸血鬼は花も食べるの。正確には、精気を少し分けて貰うのよ。お腹はあんまり膨れないけど、時々食べたくなるのよね」

「それは……ご先祖様の血、ですかね」


 ノアの言葉に、「あなた、異世界人フォーリナーなのに詳しいじゃない。すごいわ」と目を丸くしてメイリーは褒めてくれた。


 この世界の吸血鬼は、元を辿れば妖精族のいち種族である。動物や植物の精気を分けてもらいながら、ひっそりと平和に暮らしてきた。

 彼らを最初に吸血鬼と呼んだのはフォーリナーだ。フォーリナーは、その恐ろしい求心力で、たちまち吸血鬼の恐ろしいイメージをこの世界に広げてしまった。たちまちのうちに故郷は焼かれ、動物や植物たちも命をらした。食べる物はすぐになくなり、彼らは仕方なく襲撃者たちを返り討ちにして、精気を奪うことにした。彼らを本当の意味で吸血鬼にしたのは、奇しくも人族だったのだ。

 しかしその在り方を、他の妖精族は良しとしなかった。初代魔王に拾われなかったら、放逐された彼らは、今日まで血を繋いでこれなかっただろうと言われている。進化の過程で今は名前通り血を吸う鬼となり、竜神族に勝るとも劣らぬ力を身に付けたけれど、元はそれくらい弱い種族だったのだ。

 この世界の種族は、フォーリナーによって細かく分類され、名付けられたものが多い。もしかしたら彼らの世界に、似たような種族がいたのかもしれない。

 吸血鬼のように、無辜の怪物として在り方を歪められた種族が他にもいたのかもしれないと思うと、何だか同じフォーリナーとして申し訳なくなってしまう。

 フォーリナーとは、何なのだろう。どうして、この世界にやってくるのだろう。


「太陽が懐かしいのも……ご先祖様の血なのかしらね。あたたかくてまばゆい太陽の光。もう戻れない……私たちの故郷」


 これも血のせいと考えれば納得がいくのかもしれないと、日頃から抱いている不思議な感覚を、膝を抱いてふとメイリーは口にした。


「時々、考えるのよ。思いっきり全身で太陽の光を浴びたら、気持ちいいだろうなって。実際に試したら、丸焦げだってわかってるのにね」


 現実と理想のギャップに苦しんだ日々も、ご先祖様の名残と思えば受け入れられるかもしれないと、声には出さずノアに感謝する。


「あなたたちに会えて良かったわ。それじゃあ、私はそろそろ行くから」

「えっ、もう行っちゃうんですか?」


 もう夜なのに? という疑問の声を、寸でのところでノアは飲み込んだ。メイリーたちに取っては、人の寝静まる夜こそが活動時間なのだ。けれどそれは、決して本人たちが望んだわけではない。


「そのランプはあげるわ。この結界は、私たち魔族がセーフティゾーンとして利用している隠れ家の一つ。全部同じ人が作って放置しているみたいで、あちこちにあるわ。見つけたら利用するといいわよ。私も、今回これを見つけられて助かっちゃった。今さっき結界の対象を上書きしたから、今度からあなたも入れるわよ。自由に使って構わないけど汚すのは無し。使い終わったら現状復帰。よろしくね」


 本当にこのまま行く気のようで、口早に隠れ家の説明をして、多くはない荷物をメイリーがまとめる。

 出発するメイリーを追って、二人はすっかり日の落ちた外に見送りに出た。


「ありがとう、二人とも。恩はいつか必ず返すわ。困った夜には、絶対駆けつけてあげるから」


 ***


 岩山を抜けると、森があった。どこを見回しても、緑、緑、緑。したたるように濃密な緑の森だ。肌が濡れるほどの湿度があるが、ヒンヤリと爽快な空気である。思わずノアは胸いっぱい深呼吸した。土と、草の匂いが濃い。

 四季の森は、大きな岩山の向こうにあった。実際には、魔法で外側を岩山に見せているだけで、その岩山に実体はない。蜃気楼の森と同じように、近付こうとしても近付けないまじないを、更にその上からかけているらしい。あらかじめエルザが話を通してくれていたのだろう、ルチアと一緒に、ノアもすんなりと結界を抜けることができた。


「研究を邪魔されたくないからね。いつもそうしているのさ」


 森をさ迷った末に食人植物に食べられそうになっているところを助けに来てくれた魔女は、そう言ってテーブルに山葡萄のジュースを出してくれた。救出された時には二人とも粘液で全身ねちゃねちゃのねばねばになっており、既にシャワーを借りて新しい服に着替えている。


「すいません、何から何まで……」

「……不思議な家……」


 恐縮して謝るノアを尻目に、ルチアはすっかりこの不思議な家に心を奪われてしまったようだ。さっきからきょろきょろと辺りを見回している。

 苔むす岩場の中に建てられたこの家は、まるで木々の間に菌糸体を張り巡らせたきのこのような球体をしている。家具家財の全てが木で作られており、部屋の中央に丸いテーブル、そしてそれを囲むようなU字型の木のベンチ。部屋の壁一面に引き出しがあり、梯子はしごを上がった先にロフトとベッド。木のうろの中のように、葉っぱや木の枝がところどころ飛び出している。研究施設はまた別にあるようで、寝るために作りましたと言わんばかりのシンプルさだ。

 しかしその実、シンプルなようでいて、この家にはあちこちにギミックが仕込まれていた。例えば家のそこかしこにある、いくつもの蛇口。山葡萄のジュースは、さっき確かにそこから出てきたものだが、別の蛇口から魔女が自分のコップに注いだのは香り高いコーヒーだった。近くにあるレバーを上げたり下げたりすることで出てくるらしい。壁をぐるりと囲む引き出しには取っ手はなく、叩きかた一つで、出てくる引き出しが変わる。


「さて。通名、南の魔女のシャーロットだ。気軽にシャーリーと呼んでくれてかまわないよ」

「シャーリー……あなたが、四季の森の魔女?」

「そうだよ。この森は私が管理している。そういうアンタは、エルザの孫だね。フン、東の魔女も全く面倒くさい案件を持ち込んでくれたものさ」


 老獪な語り口だが、テーブルの反対側に座ったシャーリーの外見はまるで子どもだ。二日前に会ったメイリーよりもまだ小さい。

 瓶底のような分厚い眼鏡をかけて、ぶかぶかな白衣を引きずり、ぼさぼさの黒髪を両側で三つ編みにしている。


「シャーリー。いえ、シャーロット。あたし、あなたの試験を受けに来たの。あたしに試験を受けさせてください!」

「やだよ」

「そっ、そんなあ!」


 フン、とそっぽを向かれて、涙目でルチアがテーブルの上に身を乗り出した。「うるさいねえ」と顔をしかめて、シャーロットがコーヒーを一口すする。


「アンタ、私が裏でどう呼ばれてるか知ってるのかい?」

「知ってるよ。陰険メガネの偏屈ババア! でしょ」

「アーハッハッハッ! その通りだよ!」


 ルチアの言葉に、何故かシャーロットは腹を抱えて大笑いした。伝聞とはいえあまりに失礼な言葉を見かねて、止めに入ろうとしていたノアも、これには驚いて何も言えなくなってしまう。


「驚いたねえ。知ってて来たんだ、アンタ。そんな魔女が、ほいほいと試験を受けさせてくれると思ってたのかい」

「思ってないです。だから何日でも、何十日でも、粘るつもりで来ました」


 本気でその覚悟を決めてきたルチアが、両手を広げてにっこりと笑う。


「何年でも、あたしは困りませんよ。でも、シャーリー、あなたは困りますよね」

「……さすがエルザの孫といったところか。決めたことは曲げない、そっくりだよアンタたち」


 ずずずとまたコーヒーを啜って、「ああ、もう」とシャーロットは苛立って髪の毛をかきむしった。


「確かに、アンタみたいなガキに、いつまでも私の縄張りをうろちょろされるのはごめんだよ。エルザに言われて、一応試験内容ももう考えてある。ドリアードの種を持ってくるんだ」


 シャーロットの言葉に顔を見合わせて、二人がぱっと表情を明るくする。はしゃいでいるルチアにニヤニヤしながら、「ただし、普通に取ってくるんじゃあダメだよ」とシャーロットは念押しした。


「私が欲しいのは、ある男が持っている種だ。ここいらの領地の、偉い偉い領主様さ」

「えっ……それって、人族の領地に行くってこと? ど、どうしよう、ノア」


 言葉の意味を正しく理解して、ルチアがさあっと顔を青くする。そして椅子に座ったままのノアを見下ろして、彼女には珍しい弱音を吐いた。


「人族は魔女を見つけると、裁判にかけて火炙りにしちゃうんだよね?」

「ルチアも昔やったじゃん。俺に」

「あ~~! また言った! ノアのいじわる!」


 幼い頃に強制されたフェニックスごっこは、持ち出す度にルチアが大人しくなるので、口喧嘩の時などは今でもノアの切り札だ。

 とはいえ人族の領地に足を踏み入れたことがないのはノアも同じで、不安がっているルチアに、助言してやれることは何もない。


「これがあたしの試験だよ。やるのかい、やらないのかい」


 ルチアが迷っているのをわかっていて、意地悪くシャーロットが畳み掛けてくる。覚悟などまるきり決まっていないが、さりとてここで引くわけにもいかず、「や、やります! やります!」とルチアは答えた。


「いい度胸だね。ああ、そういえばさっきから黙ってるフォーリナー。アンタだよ、アンタ」


 行儀悪くテーブルに肘をついて、シャーロットが気だるげにノアを指差す。


「エルザから聞いてるよ。アンタ、人族見に行きたいんだって? もちろんアンタも行くんだろ?」

「えっ、でも、魔女試験は一人でやるものだって聞いてます。俺がついていったら、試験の意味がないんじゃ……」


 ノアの言葉に嫌そうに顔をしかめ、「おいおい、よしとくれよ」とシャーロットが首を振る。


「ルチアがいなくなっても、アンタがいるんじゃ意味がない。私は今大事な研究の途中なんだ。頼むから一緒に行っておくれ、他の魔女たちにゃうまく言っとくからさ」


 本心から追い出したがって言っているのはわかったが、今のノアたちに取ってはこの上ない光明だ。一人で人族の領地に行くのが心細いのは、ノアだって一緒である。ここはありがたくその言葉に乗ることにして、二人は翌日その領地へと向かうことにした。

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